第10話 死神君様
その流れるような動きは、まるで流水のようで、少しも目が離せなかった。
「やっぱり、ちゃんと回旋してますよね」
彼はそう言って死霊骸骨の手首をつかんで捻り、軽やかに投げ飛ばしていた。
「君は回外さんですね」
まるでお医者様のように、診断するみたいにして、一体ずつ骸骨を相手にしていた。
海鮮とか海外とか、何の関係があるのかわからないけど、人類の敵、死霊骸骨達は面白いように関節を外されバラバラになっていく。
「はは、足と膝の位置がおかしいです。生前は腰痛に悩まされてたんじゃないですか。主君を守れずさぞ無念だったことでしょう。知りませんけど」
神くんは、そんなことを呟きながら、次々と骨を外して捥いでいく。
「君は肩の位置がおかしい。矢でも受けましたか? 58歳まで忠義を尽くしたことはご立派。ただ肩と腰はね、構造上同じ動きしか出来ないんですよ」
そう言っては、死霊骸骨の関節を外してインベントリに投げ入れていく。
「だからこそ骨身なのに無理して捻ってまさに削ってます。つまり逆らわず捻ればもっと動けるのが道理。そうです。それで10は若返りました。ほら相手はあの若造です。おそらくイキってすぐ死んだのかなと。母泣かせですね。戦場の作法を教えてやってください。そうそういい感じで若者VS老人での同士討ちとか…アホですね。それただの分断工作です。黒幕が僕なだけ」
そんなことを呑気に呟きながら、死霊骸骨の猛攻を足運びだけで難なく躱して、時には同士討ちさせたりしながら、一対一の状況を作り出していた。
「というか腱と筋肉が無いのにどうやって動いているのか…。それでいて可動範囲に制限が掛かってるとか、謎に意味不明なんですが。キモ」
そもそも襲ってくること自体おかしいなんて突っ込めないくらい、骸骨達は面白いようにバラバラになっていく。
「あ、君はこっち。女の子を襲うなんてそれでも戦士ですかねぇ。まあ、大陸では略奪品扱いなのでしょうが、婦女子はまさに宝ですよ。あなた方が堅牢な城塞を築く理由もそれでしょうに」
わたしに迫る骸骨には、地面に骨を転がし転かせたり、関節の隙間に骨を投げ入れてロックをかけて動けないようにして、近づかせないようにしてくれていた。
「骨格的には人類っぽいですけど、違うのも混ざってますよね…。はぁ…。まあ、普通に二足歩行だし骨だし助かりました」
そんな意味のわからないことを呟きながら、さっきまで絶望しかなかったボス部屋で舞うようにして戦っていた。
いや、これ戦ってるのかな…?
そんな彼の名前は
他県から越境入学してきた、ずっと同じクラスの男の子。
顎に掛かるくらい長めの黒い猫っ毛と何を考えてるのかわかり辛いって評価の無表情の狐目は中性的な顔立ちによく似合っていた。
背格好は男子平均より少し高くて、お手入れしているのかすべすべした白い肌に長い手足と指が、少し色っぽいなとは思っていた。
業の深いキラキラネームのせいか、性格は大人しくて誰とも関わろうとせず、体育祭、文化祭と協調性がないって男子達は言っていた。
去年の秋頃、同じ班になって仲良くなって、普通におしゃべりしたり挨拶するような仲になっていた。
でもこの戦いが始まってからは、他のクラスメイトと同様にまるでわたしの存在を忘れたかのようにして、離れていった。
現実世界では命題に関わること全てが抹消される。いくら心を尽くしても何にも伝わらない。
それからの日々は、ただただ悪夢で、クラスのことなんて気にもしてられなかった。
だけど、二日前、あの残酷天使からまた告知があった。
『お前たちは先導者になるのです。よく導くのですよ』
わたし達が減り過ぎたのか、最前線が性欲に塗れて討伐が捗らないからか、セカンドを投入するとあった。
討伐が遅れていたわたし達にとって、それは恐ろしい宣告だった。この戦いが始まった頃を思い出したのだ。
それがわたし達が無理をした原因で、屍体になった理由だった。
屋上にいたあの三年生がまさにそれで、レベルアップの高揚感に振り回されて猛っていた。おそらく学園での輪姦屍体遊びに興じて他のプレイヤーから唆されたんだと思う。
神くんもセカンドだった。ガチャによる引きはあり得ないと思ってたし、大量のニビルを手に入れた実力に、助かった反面、怖さ半分だった。
屍体を好きに出来るのはニビルによる購入かガチャだけだから。
だから今日は身構えていたのに、彼はいつものように素早く帰ろうとしていた。
先生に屋上の件で呼ばれたから仕方なかったけど、無視されるとは思わなかった。
意味はあんまりよくわからないけど、釣って餌をやらない男は死刑って心愛ちゃんも萌音ちゃんも言っていたし、男性不審のギルメンに会わせるなら最初が肝心だからって呼び止めたのに、わたしの攻略階層に巻き込んでしまった。
ここは四層にあるボス部屋だ。
レベル1しかないのは、商店街の発言で間違いないと思うけど、でも、レベル4の骸骨を何なく躱して骨を捥いでいた。
背後から襲いかかる骸骨は背負い投げの要領で軽やかに投げ飛ばし、それと同時に掴んでいた腕を当然のように捥ぐ。
すると肘から先はその場に崩れ落ち、すかさずインベントリを投げて掬うようにして収納する。
まるでゴミ箱みたいに使っているけど、そんな戦い方ってあるの?
それに前線の人達がよく言う安全マージンって呼んでる敵との距離があるけど、神くんは全然近いし気にもしてないように見える。
「な、なんで…? なんでそんなことができるの…?」
「え? ああ、ヨハ……ただの虫の便りですよっと」
余波? 虫の便り?
風の便りと虫の知らせが混ざってない?
つまりどっち?
でも嘘だ。今も背後なんて見ていないし、まるで攻撃がわかってるみたいにしか見えない。
「しかし、このインベントリですか? 思った通りとはいえ、何でも入るんですけど…。みんな持ってるんですよね? 最強じゃん。こわ」
「…」
全然怖そうに見えないし、そんな風にゴミ箱みたいに使ってる人はいない。インベントリはあくまで武器やアイテムを出し入れするための便利な召喚ボックスだ。
「こいつら、もしかして心臓が好物ですか?」
「そ、そんなの知らない…」
「そうですか」
そんなこと考えたこともなかった。考察班が運営する攻略掲示板には骸骨の倒し方しか書いてなかったし、敵の好物なんて誰も気にしてなかったし、同士討ちだって聞いたことはなかった。
「狙いがわかるともっと楽なんですけど。はぁ…。面倒くさ」
「…」
そんな事をブツクサ言いながら、彼はただただ、その恐るべき骸骨達を事も無げに分解していった。
もう何体倒したんだろう。
「黒川さん。これ、いつ終わるんですかね…。僕早く帰ってオナ…んんッ」
「おな…?」
「い、いや、僕のお生意気な新自由的な主義が猛りそうで、あ、いや、命の洗濯物的な心の汚れ溜まってるんで早く帰りたいんですけど。今日の汚れは今日のうちに。汚れ物的なものが溜まるのはよくないと思うんですよね」
「は、早口でよくわからないけど、たぶん、100体倒せば終わると思うっ…!」
「そうですか…100人組手とか汗臭くてやだなぁ…。僕青春したいんですけど。例えば100人斬…んんッ」
「…?」
「いえ、なんでも。しかし、個体差が随分とありますね。やっぱりゲームではないんですかね。ちょっと期待したのに。はぁ……」
ゲーム。
それは初心者が陥る油断の認識。
恐怖は身を守るための自己防衛システムだ。
だからゲームの世界と勘違いした人は真っ先に死んで、オドを無くし強者の糧になっていく。
そしてゲームより酷く醜い、
それが嫌なら、現実と同じように、いち早く世界のルールを理解し、支配者側に回るのが心を一息で壊さずに済む方法だけど、でも神くんからは、そんな空気が全然ない。
骸骨に個体差なんてわからなかったし、それはまるで発掘作業してる恐竜学者みたいで、その骨の一本ずつを丁寧に見比べながらインベントリに放っていた。
絶望が、とてものんびりとした空気に染まっていく。
死出への恐怖が、とても薄れて和らいでいく。
これは、何…?
「ほんと、多人数で烏合の衆ってふざけてるんですかね。古来より集団はまとまるから強いわけですが。面白いように分断されてまぁ。脳が無いのに脳筋とか哲学ですかね。いやいや、これが初心者救済ってやつでしょうね」
ううん、そんなモノはなかった。
ここには絶望しかなかったよ。
「為政者煽って国ぶっ壊すことしかしてこなかった血腥い大陸出身天使様なのに慈悲あざーす。虫ごときにあざーす。ほら黒川さんも、せーの、あざーす」
「…」
「くっ! 無視ですか、そうですか」
違うの。
アットホームだと書いたのは願望だったの。
かつてあった日常を取り戻したいと願い書いていたの。
それが今ね、この千切られて殺された部屋でね、割と意地悪い冗談からようやく始まろうとしていて、この状況がね、まだよくわからなくって、言葉に詰まって声が出なかったの。
「…つまりヒーローじゃなくて、ご主人様は…ダークヒーローだった…?」
「ちょっとそれやめてくれません?」
だって、骸骨達と遊んで踊っているようにしか見えないんだもん。
「…じゃあ神くん様は…死神くん様だったのね…?」
「だから、それ、やめてくれ、ませんかねぇ」
わたしの、わたし達の希望は、すごく嫌そうな顔をしながら、最後に捥いだ頭蓋骨を持って、腹話術みたいに高い声でそう答えた。
「割と自信あったんですけど…スベりました?」
「…」
「くっ…! 僕の唯一の特技が…! ま、まあ、なんです、女の子が泣いてるんだから普通に助け………ん? あ」
そう言いながら、最後はとても綺麗な足運びから繰り出した掌底で──
「助けますに決まってるじゃないですか黒川さん」
── 早口でそう捲し立てながら、頭蓋骨をインベントリに打ち込んだ。
お昼のことを思い出したのか、焦ったような態度で視線を逸らす彼の表情は、半年前──七月までに見ていたその日常の頃のまま重なって──だからそれをやっと思い出したわたしはつい、昔みたいにくすりと笑ってしまった。
「…ふふ。ありがとう」
そしてポーンと間抜けな音がどこかから聞こえて、どこかホッとしたような、どこか照れたような表情の神くんを見つめながら──わたしの意識はログアウトした。
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