2時間目 葛藤!性欲に負けるな魔王!

エルメフス王国王城、ノアの自室にてゼノは限界に達していた。


「これを…こうか…?」


「あっ♡そうです♡」


「これは…こうか?」


「あっ♡すごい♡もうこんなに♡」


「イける…!イける!」


「あぁ♡すごっ♡ゼノ…様♡」


「あぁああああああああああ!!!」








「って、何やってんだ俺はぁぁぁあああああ!」


ゼノは怒りのあまり、机の上に広げられた教科書達を宙にばら撒いた。


「あらあら。折角良い感じに問題が解けていましたのに」


「どうして俺が勉強など…!」


「言ったではありませんか。教鞭をとるにはまず、教員採用試験に合格する必要がありますと」


「地道すぎる!勉強は嫌いなんだ俺は!」


ゼノはペンを机に投げ放り、椅子の背もたれに浅く座り天井を見上げる。


視界は豪勢で煌びやかな天井。


その視界に可愛らしい女の子がひょっこり顔を覗く。


「努力は地道にするものです。そこに近道など存在しません」


ノアは優しくゼノの顔を撫でた。


「ノアはこの国の王女なんだから、あの手この手で俺を教師にしてくれよ。わざわざ試験なんて面倒くさいことしなくていいだろ」


「ズルはだめですよ。教師たる者、生徒の模範となるべく行動しなければいけません♡」


「俺はまだ教師じゃないんだが…」


「ほらほら、手が止まってますよ」


ノアは落ちた教材達を拾い上げ、再び机に広げた。


(どうしてこんな事に…)


———

——


時は遡り、前日。


「ゼノ様には教鞭を執っていただきます♡」


景色の良い岬の上で、ノアは頬を赤らめながら元気に可愛くゼノに告げた。


「待て待て!俺が教師だと!?冗談はよせ!」


「いいえ、冗談ではありませんよ♡」


ノアは冗談っぽくニコッと笑みを見せた後、真剣な顔に戻る。


「これは、エルメフス王国だけの問題ではありません。この世界全てに関わる危機です」


「なんの話だ?」


「話は5千年前に戻ります」


(——また5千年前か)


「人族と魔族の間で100年以上続いた種族戦争は、たった一人の魔王の死によってすぐに終結を迎えました」


「そうか。まぁ、確かに今は戦争をしてるようには見えないな」


「しかし、平和になったからと言って"全て解決"とはなりませんでした。戦争によって今でも残されたものがあります。それは人族の腐敗と両種族の間にある消えぬ遺恨です」


「ほう」


「種族戦争に勝った人族達は降伏した魔族達に対し容赦はなく、領土の侵攻や差別的扱いを繰り返し、今や魔族という種族の存続すら危うい状態です」


「酷い話だ」


「全くその通りです。私たち人族の非人道的な行いが種族を腐敗させ、遺恨を残し続ける原因となっています。この遺恨はなんらかの形でまた戦争の引き金となるでしょう」


ノアは少し悲しそうに話した。


「しかし、戦争とはそういうものだ。勝った者が肯定され、負けた者が否定される。故に遺恨は消えぬ」


「消す事は出来なくても、断ち切る事は出来ると私は思います。人族と魔族がお互いを尊重し、助け合えば、いつか明るい未来があると信じています」


ノアはゼナの手をぎゅっと握った。


「そんな夢物語のような事、出来るわけがない」


「いいえ、私とゼノ様ならきっと出来ます」


「どうやって?」


ノアはフフンと鼻を鳴らし、大きな胸を張った。


「魔族に対する人族の認識を変えるのです」


「というと?」


「実際に戦争があったとは言え、5千年前の話です。今の時代に戦争を経験している人など一人もいません。ですが何故、人族は魔族を悪と認識し格差を生み出すと思いますか?」


「なるほど、教育機関か」


「その通りです。今を生きる若者達に魔族が悪という認識を与え続けている学園と、そうやって教育されてきた、頭の凝り固まった大人達や王族による統制が問題なのです」


「だから俺に教鞭を取らせたいのか」


「はい♡」


ノアは可愛く微笑んだ。


「私はエルメフス王国の王女として、王族達にその認識を変えさせようと思います。ですので、ゼノ様は若者達の認識を変え、魔族と人族を繋ぐ架け橋となってもらいたいのです!」


「簡単に言ってくれるな。しかし、そんな面倒な事俺は——」


「ゼノ様に選択の余地はありませんよ」


「え」


「賭けに勝ったのは私です。勝者は肯定され、敗者は否定される。先程ゼノ様がおっしゃられた言葉です♡」


「ぬぁ!?」


(くそ!カッコつけてあんな事言わなければよかった…!)


「——はっ!もしかして…あれは嘘だったのですか…!?」


ノアは演技っぽくその場に崩れた。


そして口に手を当てて嘘泣きを始めた。


「うぅっ。私の知っているゼノ様は決して嘘を吐かず、カッコよくて、素敵で——」


「あーあ!もう分かった分かった!やるよ!やってやるよ!」


その言葉を聞くと、ノアは立ち上がり鼻を鳴らす。


「ふふん♡さすがゼノ様です♡」


ゼノは大きくため息をついた。


「どーなっても知らねーぞ」


ノアは嬉しそうに笑う。


「そして、もう一つのお願いは——」




——何があっても、私の味方で居てください——



———

——


時は進み、現在。


あれから数時間程ゼノに勉強を教えた後、ノアは後ろにある豪勢なベッドの上でスヤスヤと寝ていた。


黒の下着姿で無警戒に寝ているノアを尻目に、ゼノは目を充血させながら、息を荒げ勉強していた。


(後ろに女。黒下着。隙だらけ。イケル。イマナラ)


変態魔王は最早勉強などしている場合ではなかった。


集中の糸がはち切れ、ゼノは静かに席を立つ。


何も言わずノアの元へ行き、何も言わずノアの姿を見下ろした。


そして、下衆な含み笑いが漏れ出た。


(クフフフフ!フハハハハハハハハハハハ!人の子よ!貴様が悪いのだ!俺の目の前でそんな卑猥な姿で寝ているのが!)


ゼノは舐め回すようにノアを見た。


すらっとした体に、ふくよかで大きな胸。


そして、見るもの全てを虜にしてしまうほどの美尻。


(やはり、上物だ!今夜は最高のディナーになりそうだ!フハハハハハハハハハハハ!)


ゼノは鼻血を垂れ流しベッドへ潜入を試みようとした瞬間、ノアは寝返りをうった。


寝息が感じられる程に、ノアの美貌がゼノの眼前へ来る。


(もう誰にも俺を止められない。イタタギマスッ!)


ゼノの手がノアの胸に触れようとした時——


——とう様…お母様。


ノアは寝言と共に、目尻から一粒の涙を流した。


ゼノの手は完全に止まった。


(亡き親の夢でも見ているのか)


そしてゼノの脳裏で、ゼノの姿をした天使と悪魔が戦いを始める。


(フハハハ!亡き親だと!?お前には関係ないだろ?自分の欲に生きろゼノ・バアルゴス!楽園はそこにある!いけ!胸を触れ!ケツを揉め!)


(フン!下賤な変態め!お前はこの女を裏切るのか?お前はそこまで地に堕ちるのか!?)


(我は大魔王だぞ?天も地も関係ない!非道こそ魔王の性だ!)


天使は悪魔をぶん殴った。


(だまらっしゃいこの変態!)


(くそ!この変態天使、殴りやがった!)


(誰が変態だ!)


(お前だ!変態!)


(変態はお前だろ!)


(あーー!変態変態うるせぇ!)


自分の化身である天使と悪魔にツッコミ、二人をかき消すようにゼノは自分の頭をむしゃくしゃと搔いた。


そして胸を触ろうとした手は、ノアの頬を伝った涙を優しく拭う。


(物心つく頃に魔族達の襲撃を受けて両親を亡くしたと言っておったな)


ゼノは悲壮な目を向ける。


(結局俺は自分の性欲の為に魔王となり、勝手に死んで気づいたら先の未来に転生していた。配下を死なせ、後世に残したものは癒えぬ痛みと消えぬ遺恨だけだった)


ゼノはそっとノアに布団を被せ、再び頬を優しく触った。


——この涙は俺の罪だ。



性欲は完全になくなり、ゼノは教材と睨めっこを始めた。

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転生魔王の学級日誌〜3年S組ゼノ先生! 駄犬 @daken-7

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