転生魔王の学級日誌〜3年S組ゼノ先生!

駄犬

1時間目 転生した変態


終わりの時代。


1万年以上も長きに渡った人族と魔族の戦争は、たった1人の魔人の誕生により、終わりを迎えようとしていた。


その魔人の肉体は鋼よりも硬く、身に宿した魔力は無尽蔵と言われ、彼が歩いた道の後には何も残らないとまで言われた。


彼が腕を振るうと一国が滅び、彼が足を鳴らすと天変地異が起きた。


そんな冷酷非道にして最強最悪の魔人は、人族だけでなく魔族にまで酷く恐れられ、いつしか魔王と呼ばれるようになった。



その名も、魔王——ゼノ・バアルゴス。


これはまだ彼の逸話の一片に過ぎない。




———魔族領国。デスライト城。


時間は夜。


魔王ゼノが一夜にして作り上げた、天にも届きそうな程巨大な王城にて、大事な会議が開かれていた。


その薄暗い部屋には大きなテーブルがあり、10名の重役魔族が座っていた。


「あと一歩だ!あと一歩なのだぞ!何故、人族は落ちないのだ!」


重役の1人が声を荒げ机を激しく叩いた。


「そうだ!長きに渡る戦争の歴史に早く終止符を打つべきだ!これは人族の為でもあるのだぞ!」


別の重役も先の声に続いた。


他の重役魔人達も同意するように、ザワザワと声を出し始める。



——パンパン!


テーブルの奥、禍々しいオーラを放ち玉座に座る魔王ゼノの隣から、手を叩く音がした。


「お静かに。ゼノ様の前で無駄な私語は謹んで下さい」


ツンと冷たい声を発し、その場を静寂に返した魔人、フラン・トベルニペス。


彼女は魔王ゼノの側近として選任され、これまで幾つも彼の無理難題の要望にも応えてきた、エリート中のエリート魔族。


普段は魔王ゼノのお世話係として仕事を務めているが、彼女の力も強大であり、ここに集まった重役魔人達よりも遥かに強い。


そして彼女は、魔王ゼノの事を心から慕っていた。


「ゼノ様には、ゼノ様のお考えがあるのです。ですから——」


フランの言葉を遮るように、魔王ゼノは玉座から立ち上がり、会議部屋を出ようとした。


「ゼノ様、どちらへ行かれるのですか?」


重役に投げかける冷たい声のトーンとは裏腹に、フランは甘く優しい言葉をゼノに浴びせる。


「人族の領地へ行く」


魔王ゼノが発した少ない言葉は、部屋の空気を禍々しいオーラで満ち溢れさせた。


重役魔人達は冷や汗を掻き、固唾を飲む事しかできなかった。


「では、私もご一緒に——」


「構うな。俺1人で十分だ」


またしてもフランの言葉を遮り、魔王ゼノは部屋を後にした。


同行を断られたフランは、悲しげな表情をするかと思いきや、手を頬に当て顔を赤らめて、おっとりしていた。


「ゼノ様、カッコ良過ぎます…あぁ…スキ…」





———人族領地、ユークトファルト。


最南東に位置する世界最高峰の秘湯。


ユークトファルトは雲よりも高い場所にあり、行くことすら困難とされているが、天上にあるこじんまりとした秘湯に浸かった者は永久の美を手にすると言われており、人族の間では有名な観光スポットとされていた。


そして魔王ゼノは、その秘湯から少し離れた岩陰に魔法を使って転移した。


「——フッ。フハハ。フハハハハハハハハハハハ!」


魔王ゼノは天に向かって吠えるように笑った。


「バカな野郎共め!人族を落とす?終止符を打つ?そんな事してたまるか!そんな事をすれば——」


魔王ゼノは岩陰からこっそり秘湯を覗いた。




そして魔王ゼノの目に映ったのは——。


秘湯に浸かり永久の美を手にしようと集まってきた全裸の美少女達だった。


小さな露天風呂だが、その秘湯に収まりきれない程の女性達がおり、キャッキャと楽しそうにしていた。


ここは変態思考の魔王ゼノにとってはまさに楽園であった。


「フハハ!いい眺めだ!いいぞいいぞ!」


そう、魔王ゼノが人族を滅ぼさない理由は、これにあったのだ。


「フン。万が一魔族が人族に勝ってでもしてみろ。俺のこのオアシスがいつ壊れるか分からんからな。——おっ!あの娘、なかなかカワイイじゃないか!」


魔王ゼノは覗く事に必死になり、体をモジモジとさせる。


その後ろ姿は何と情けない事か。


「くっ!何だあの湯気は!大事な所を隠しやがって!あっ、湯気が消え——んぁ!?何だあの謎の光は!どっから照らしているのだ!何も見えないじゃないか!ええい!くそっ!かくなる上は…!」


魔王ゼノは、もっとよく見える場所に移動しようと、断崖絶壁を慎重に這いながら渡る。


落ちれば谷底。


(フハハ!困難を乗り越えて見える景色は格別だからな!待ってろよ人族の女共!お前らの美貌をこの目に刻んで——)


——ヌルンッ!


「ありゃ?」


魔王ゼノは情けない声を出し、足元の岩に塗られた純度100パーセントローションに勢いよく足を滑らせた。


「なんでこんな所にローションが!?」


魔王ゼノは空中で一回転し、頭を強く地面に打ちつけ気絶した。


そしてそのまま、ユークトファルトの暗い谷底へ落ちていった。






——

———



時間は昼。


ゼノはうつらうつらと目を開けた。


「——ん…」


ゼノは家の裏にある細い路地裏のゴミ溜まり場で、鳥達に頭を突っつかれながら目を覚ました。


「何処だここ…」


ゼノは怠そうにゴミ溜まり場から立ち上がり、光が差す路地裏の出口へゆっくりと歩いた。


出た先は——



「はぁ…!?」


ゼノは唖然とした。


路地裏を出ると、そこには人族がごった返して歩く大通りだった。


そこはとても栄えており、道端には様々な出店が出て賑わっている。


(確か俺はユークトファルトで女湯を覗いて、ローションで足を滑らせて崖から落ちたはずだよな。ユークトファルトの谷底は何も無い森の中だったような…)




「きゃーーーー!!!!!!!!!!変態よ!!!!」


道を歩く女性がゼノを見て大声を上げた。


「あぁ!?誰が変態だ!?俺はまだ何もして——」


他の人達も声を上げた女性に続き悲鳴を上げ始め、辺りは騒然する。


「何事だ!?」


堅牢な銀の鎧を纏い、腰に剣を差した男兵士2人組が事態に駆けつけゼノを見て一言。


「こいつ変態だ!変態な上に魔族だぞ!」


「絶対前科持ちだ!すぐに連行する!」


ゼノは状況もよく分からないまま、鎧を纏う男兵士2人に拘束魔法を掛けられた。


「おい!俺はなにもやってねぇって!」


「フン!まずは自分のその姿を見てから言うんだな!」


ゼノは自分の身なりを確認した。


「ぬぉ!?何で裸なんだ!?」


そう、ゼノは素っ裸だった。


「シラを切るつもりだぞこの魔族!」


「許せん!」


「本当だ!俺は何も知らないんだって!気づいたらゴミ溜めの中にいて裸だったんだ!」


「まだ言うか!服もなければ記憶も無いってか!」


「こいつ恥も無いみたいだぞ!一生牢屋に閉じ込めて、外を歩けなくしてやる!」



その後、ゼノの言い分は全て無視され、男兵士の言葉通りパイカトラズの地下牢に入れられた。


——

———


ラッテンメルン国、パイカトラズ地下牢獄。



「よし、今日もいい仕事したな!」


「俺たちパイパイブラザーズにかかれば、あんな変態魔族なんてイチコロよ!」


『ハハハハハハハハハ!』


布切れ一枚着せられたゼノを牢に入れた男兵士達は、満足そうにパイカトラズ牢獄を後にした。


ゼノは頭に多数の怒筋を浮かせ、ギリギリと牢獄の鉄格子を握った。


(アイツら絶対コロス!この俺にこんなマネしやがって!こんなカス牢獄直ぐに出て——)


「よぉ」


ゼノの後ろから呼びかける声がする。


そこに居たのは、顔に複数の傷跡を残し、牢獄の隅でクールに座り込む中年魔人のオッサンだった。


「アンタ新入りか、名前は?」


「何故お前みたいなオッサンに、俺の名前を教えなきゃならんのだ」


「分かってねーな。ここはパイカトラズ。生きてこの牢から出た者は1人もいない。つまり、俺とお前はこれから同じ牢で一生を暮らす牢メイトだって事なんだ。どうせならお互い仲良くした方がいいだろう?」


ゼノは少し考え、ため息を吐いた後答えた。


「俺は、ゼノ・バア——」


中年魔人はゼノの言葉を遮った。


「バーカ。こう言う時は番号で言うんだよ」


「んだよ番号って?」


「ここに入る時、パイパイブラザーズに番号を貰っただろう。その番号はこの牢獄に入れられた順番。そしてこれからお前の名前となる番号だ」


「あぁ、そう言いえばなんか言ってたなあいつら。確か147番だ」


「俺は146番だ」


「お前も新入りじゃねーか」


「まぁ、細かい事は気にすんな」


「全然細かくねーよ!」


ゼノはさらに怒筋を増やした。


「それで、新入りはどうしてここに入れられたんだ?」


「いや、番号で呼べよ!名前のやり取りは何だったんだよ!」


「名前なんてどうでもいいんだ。それより新入りは何したんだ?」


「お前なんか腹立つな…!」


(クソ。なんだこのクソ魔人。言動といい何から何までムカつくな。俺の事知らないのかコイツは?まぁ、所詮田舎の弱小種族なんだろうけど、何かムカつく!)


ゼノは沸々と静かに怒り、中年魔人のオッサンはそんな事も気にせず話をする。


「俺はな、町を歩いてたらそりゃもうドエロい下着が外に干してあったもんで、ちょっと触ってたら捕まったんだ」


(ダメだこの中年魔人。ただの変態だ。早くここからで出よう)


ゼノは呆れたように大きなため息を吐き、屈伸を始めた。


「何してんだ新入り?」


「デスライト城に戻るんだよ」


「デスライト?何言ってんだ新入り。そんな過去の遺物、残ってる訳無いだろ」


「は?」


「デスライトって言えば、5千年前の種族戦争で無くなっているはずだぞ」


ゼノは絶句した。


(こいつ…何言っているんだ…!?)


「あ、分かった。パイカトラズの牢獄に入れられて精神的にショックだったんだな。それで現実逃避を———」


中年魔人はケラケラと笑いバカにした。


そしてゼノは中年魔人の胸ぐらを掴み、静かな怒りが爆発した。


「愚弄するな!この俺を誰だと思っているんだ?世界を統べるゼノ・バアルゴスだぞ。それ以上無駄口を叩くなら貴様を殺す!ついでにこの国も焼き払う」


「お、おい。そんな怒るなって。新入りが神話の魔王を信仰してようが俺は構わないが、人族に聞かれたら殺されちまうぞ」


「信仰も何も俺がゼノ———」


「ゼノ・バアルゴスは5千年前の種族戦争で人族に敗北して死んだ」


「はぁ!?」


言葉の理解が出来ず、掴んだ胸ぐらから手を離し唖然茫然した。


中年魔人はゼノの両肩を掴み語る。


「気をしっかりしろ新入り!何か悩み事でもあんのか?俺でよければ話を聞くぞ」


ゼノはグラグラと中年魔人に揺らされる。


(俺が死んだ…?5千年前…?歴史が変わってる…。いや、歴史が進んでる…!?)


「落ち着いたか?」


ゼノは深呼吸し、冷静になった。


「あぁ」






(いやいやいやいやいや!分からん分からん!何で!?何が起きてんの!?え、俺谷底に落ちて5千年も寝てたの!?いや違う!死んだ?俺が!?この俺様が!?まぁ確かに、目覚めた時は知らない街だったし?人族が魔王であるこの俺の姿を見ても驚く事もなかったし?いやまぁ、驚いてたんだけど別の意味だったし!?それにしてもだろ!信じられん!確証を得ねば——)




「オッサンのおかげで目が覚めたよ」


「おぉ。良かった新入り。——って、なんでまた屈伸始めてんだよ」


「ここは地下か?」


「あ、あぁ。ここは地下牢獄だからな。初めに言った通りここは最強の要さ——」


ゼノは天井に向けて手を伸ばした。


「情報料だ。脱獄させてやる」


ゼノはデコピンで空を弾いた。


ドゴォォォォオーーーーーーーン!


ゴロゴロゴロゴロ!!!


ガッシャーーーーーーーン!!!!


ズッシャ!ブシャ!


ギャーーーーーー!!


ニャオーン!


弾いた指は轟音を鳴らし、暴風を発生させ、天井を破壊した。


何十層にも渡る地下をいとも簡単に破壊し、遂には地上へ風穴を開けた。


中年魔人はその光景に腰を抜かし、驚愕した。


「お、お、おい…。なんてこった…!たった一発のデコピンで…。てかなんか最後の方、変な音が聞こえたんだが…?」


「まぁ、細かい事は気にするな。んじゃ、俺は先に行くからな」


ゼノはそう言うって、天井に開けた穴から軽々とジャンプして地上へ上がった。


中年魔人は何十層も高い場所から光差す風穴を呆然と眺めて言った。


「おいおい…脱獄ってこりゃ、どうやって地上に行けばいいんだよ…」



——


ラッテンメルン国王城、庭園。


広大な庭敷地では堅牢な銀の鎧を纏った兵士たちが、昼稽古に汗を流していた。


「よぉぉおし!そこまで!休憩だ!」


パイパイブラザーズ兄が後輩達に小休憩の連絡をバカでかい声で知らせる。


『はい!』


後輩達はそれに呼応し、声を揃えて返事をする。


「兄者、俺達パイトラ騎士団もサマになってきた気がするな!」


「そうであろう!弟者!もはやこの国では俺達パイトラ騎士団に敵うものなど存在しない!」


「流石兄者!兄者の指導のおかげだな!」


「何を言うか弟者!弟者考案のトレーニングメニューが効いているのだ!」


パイパイブラザーズは互いを褒め合い、高らかに笑った。


———ゴゴゴゴゴゴゴ!


「ん?何か物凄い音がしないか弟者?」


「ん?気のせいでは無いか兄者?」


そう言って、2人は音がする地面に目を向けた。




ズゴォォォォオオオーーーーーーーン!!!!!



突如、パイパイブラザーズの足元の地面が崩壊し、2人は町の方へ勢いよく飛んで行った。


『だんちょぉぉぉぉー!!!』


後輩達は飛ばされた兄弟を見て大声を上げた。




「ふぅー」


崩壊した地面が風穴となり、そこからスタッと地上へ着地したゼノが一息ついた。


「何だ貴様は!?」


小休憩を取っていた後輩騎士達が一斉に剣を構えた。


「ははーん。知っているだろう俺の事くらい?」


「貴様のような変態魔人知るか!」


「へ、変態ってお前…うぉっ!?」


ゼノは自分の身なりを確認した。


「また裸じゃねーか!」


(くそ!天井を壊した勢いで服も飛ばされたか!)


「魔族の上に変態とは救いようの無いやつだ!ここで斬り捨ててくれるわ!」


「だぁぁぁああ!めんどくせー!!!」


ゼノは股間を隠しながらそそくさと逃走した。


「待て逃げるな!!!」


王城を出て町の方へ逃げたゼノを、パイトラ騎士団達が大所帯を作って追いかける。


そして再び町からは、「変態!」という叫び声が次々と上がった。



(くそ!やっぱりだ!俺の顔を見ても知ってる奴はいなさそうだ!てかここに来てから変態しか言われてねぇ!)


ゼノは家と家の路地を走り、闇雲に進む。


しかし、ゼノが生きた5千年前の世界とはうって変わり、知らない土地勘に右往左往する。


(ぐぬぬ!こうなったら瞬間移動して一か八か——)


「——こっちです!」


路地裏から出てきたフードを深く被った謎の人影が、右往左往するゼノに声をかけて手を引く。


ゼノはその人影に連れられるまま後ろを走る。


(ん!?もしかしてこの手の感触……女!?)


ゼノは鼻の下を伸ばした。


2人は路地裏を全力で走り、騎士団を振り切ろうとする。


「いたぞ!こっちだ捕まえろ!」




暫く走ってゼノはフードを被った女性の様子がおかしい事に気づいた。


「ハァハァハァハァ…」


ゼノは言うか言うまいか迷った末、言った。


「助けてもらってる所悪いんだが、アンタの足のスピードじゃ掴まっちまうぞ?」


「えぇ!?もう走れな…」


フードを被った女性はすぐに息を切らし徐々に失速した。


「掴まってろ」


ゼノはフードを被った女性を抱き抱え、地面が抉れるほど助走をつけてジャンプした。


ゼノとその女性は瞬く間にラッテンメルン国の雲上まで飛び、そのまま国を脱出した。


騎士団達はその様子を見て呆然とし、すぐに足を止めた。





「どっちへ行けばいい?」


ゼノが女性に問う。


その時、強風で靡いたフードが外れ、女性の顔が露わになる。


透き通った銀白色の髪に、瞳はまるで綺麗な宝石で、世界中の女性が嫉妬するほど綺麗に整った顔立ちをしていた。


その女性の顔を見た瞬間、ゼノは脳裏に電流が走った。


(むっちゃかわええやん…!)


ゼノは鼻の下を伸ばし、その女性に見惚れた。


「あちらの岬に着地を——」


「よし分かった。」


ゼノは指定された場所へすぐに着地した。


そこには人1人いない、空と海を割く地平線が綺麗に見える景色のいい岬だった。


ゼノはその女性を地へ降ろすと、女性は一歩下がり頭を下げた。


「危ない所を助けて頂きありがとうございました」


その女性は気品があり、丁寧な話し方だった。


「い、いやー、俺の方こそ助けてもらったっていうか、助けたっていうか…得したっていうか…ハハハ」


ゼノは照れくさそうにポロポロと頭を掻いた。


(この人族の女、顔のレベルは言うまでもないが、胸もかなりある。抱き抱えた時の体の感触も程よい肉付きだった。くっ!この女…エロい…!)


「申し遅れました。私はエルメフス王国女王、ノア・ヴィクトリアスです」


鼻の下を下品に伸ばすゼノに、ノアは上品にドレスの裾を掴んで自己紹介をした。


「俺はゼ——」


ゼノは自分の名前を言う事に躊躇した。


(いや、どうせここで本当の名前を言っても、信じてもらえる筈がない、か——)


「ゼノ・バアルゴス様ですよね?」


「あ、そうそう。俺はゼノ・バぁ……ファッ!?」


(何故俺を知っている!?)


「フフン。何故知ってるのか?って顔をしてますね」


ノアは微笑みながら話す。


「俺を知っているのか…?」


「勿論です!ゼノ様は有名なんですよ。神話のおとぎ話とか、子供達に読み聞かせる絵本では必ずと言っていい程登場します。5千年前、魔族の筆頭に立ち、種族戦争に参加した。僅か数年で人族の領地、人間、あらゆるものを悉く滅ぼした、最強で最悪の魔王。それがゼノ様です!」


「おとぎ話ってお前…。やっぱり信じてないだろ?」


「えぇ。にわかに信じ難い事です」


「じゃあ何で俺の事をゼノと言ったんだ?」


ノアは振り返り海を見渡した。


「私、魔力のオーラが見えるんですよ」


「オーラ?」


「はい。生まれつきの潜在的な力です。魔力の流れや色、大きさで相手が何を考えているのか、分かってしまうんです」


ゼノは半信半疑で話を聞いていた。


ノアは再び振り返り、ジト目でゼノを見た。


「疑ってますね〜?」


「いやー、それこそにわかに信じ難いような…」


「証明しましょうか?ん〜そうですねぇ…——ゼノ様は私の体に触れて、まず最初に如何わしい事を考えたでしょう?例えば、胸が大きい…とか?」


ノアは自分の胸に手を当ててゼノに問いかけた。


ゼノはギクっとした。


(ぬぉ!?当たってやがる…)


「図星のようですね」


ノアはフフンと笑った。


「ゼノ様の噂は、強ち嘘じゃ無いようですね」


「噂?」


「はい。ゼノ様の死因です。最強最悪と言われ命を絶つ事すら不可能とまで言われたあのゼノ様が何故5千年前、種族戦争で死んでしまったのか。諸説は様々ありますが、一番有力視された説は——」


ゼノはゴクリと固唾を飲んだ。


「ノゾキです」


「ぐはぁぁぁあ!」


ゼノは吐血した。


(俺の死因がダサすぎる…!てかそんな話、後世にまで語り継がせんなよ!)


「旧名ユークトファルト。そこには、こじんまりとした秘湯があり、その湯に浸かると永久の美を手に入れることが出来ると噂され、数々の女性が訪れた。変態思考であるゼノ様は、その秘湯へノゾキに行った後、不運な事に地面に塗られたローションに足を滑らせ断崖絶壁から落ち、谷底で死体として発見された。これが一番有力視されている噂です」


(くそ!少しでも間違っていたら全否定してやろうと思ったが、全部当たってやがる!何から何まで当たりすぎて最早コワイ!)


「その反応からするに、この説も当たりみたいですね」


「…ったく、お前は一体何が言いたいんだ…?」


「あぁ、そうでした!」


ノアは手をパチンと叩いた。


「話が脱線してしまい申し訳ございません」


謝罪をした後、ノアの顔から笑顔が消え真剣な眼差しをゼノに向けた。




「私は知りたいのです。ゼノ様がゼノ様である証拠を」



「俺が…俺である証拠…?」


「はい。5千年の時を経てここに来たゼノ様が、本当のゼノ様なのかどうか」


「証拠っつっても、何すりゃ信じてくれんだ?」


「私に、ゼノ様の真のお姿をお見せください」


「し、真の姿…」


「はい。ただの都市伝説程度の話ですが、ゼノ様には真のお姿が隠されているとかなんとか」


「と、都市伝説だろそれ。知らないなぁ俺…ハハ」


ゼノは額に冷や汗をかいた。


「嘘は通用しませんよ?私には見えます。卑猥なオーラの中に一点、決して触れてはいけない禍々しいオーラがある事を。魔法で留めているようですが、漏れ出てしまっています」


「だ、ダメだ!」


「少しだけ…ほんの少しだけでいいのです!力の片鱗を私に——」


ノアはゼノに近づいた。


鼻息や吐息が感じられるほどに。


「見せてくださるなら、ゼノ様の思いのまま——」


ノアは自分の胸を揉むように掴んだ。


「この胸も——」


ノアは自分のお尻を揉むように掴んだ。


「お尻も——」


そして最後に、ゼノの手を両手で握りしめた。


「好きにしてください♡」


ゼノは目を赤く充血させ、鼻血を出してフンガフンガと興奮させる。





そして暫く考えたゼノは答えを出した。



「2秒だ」


「嬉しいですわ」


「だが先に警告しておく。おそらく、この姿をお前が見たら死ぬだろう。濃すぎる魔力は体に毒だからな。それでも良いんだな?」


ノアは顎に手を当てて何かを少し考え、すぐに答えを導き出した。


「では、賭けをしましょう」


「賭け?」


「はい。私がゼノ様の魔力に毒され死亡した場合は、私の死体を好きに扱ってください」


「俺が蘇生魔法でお前を蘇らせ、従順魔法で一生俺のオモチャにしても良いってことか?」


「はい」


(おっしゃ!!)


ゼノは心の中でガッツポーズをした。


「しかし、私がゼノ様の真のお姿を見て生きていた場合、私の言う事を2つ程、聞いてくださいますでしょうか?」


「勿論だとも!このゼノに二言はない!」


(そうさ!俺の真の姿を見て生きていたものなど居ないのだ。だからこそ都市伝説程度のしれた話になっているのだ!これは賭けでも何でもない!フハハハハハハハハハハハ!)


「交渉成立ですね!では早速、ゼノ様の真のお姿を私に見せてくださいな!」


ノアは死を恐れず、いやそれどころかワクワクしていた。


(フッ!変わった女だが、顔と体さえあれば俺には関係のない話だ!)



ゼノは深く深呼吸をした。




吐いた息が宙に消えると、世界の空気が一気に張り詰める。


先程まで快晴だった空に暗雲が立ち込める。


忽ち暗雲から激しい落雷が連続して奥の海に落ちた。


ゼノの赤目が真紅色に発光し、頭から巨大な2本の角をメキメキと生やした。


180センチ程の身長が、筋肉増加と体の膨張で3メートル程に大きくなった。


真の姿を現すと、世界の至る所で天災が起きた。


地震、噴火、異常気象。


世界は変貌の瞬間を見せた。


「はうっ…!」


ノアは耐えきれず、ヘナヘナとその場にお尻をついて座り込んだ。


息を荒げ、手足をモジモジとさせる。


(終わったな)


ゼノの声は先程と打って変わって、禍々しい声色になっていた。


たかが2秒、されど2秒。


死を目前とした1秒には悠久すら感じる。




「2秒だ」


ゼノは直ぐに元の体へ戻した。


立ちこめた暗雲はすぐに消え、再び快晴の空が広がった。


そして世界はすぐに元の状態へと戻った。


まるで何事も無かったかのように。





(死んだな…)


ゼノは座り込んだノアを見て悲壮な目を向けた。





「ハァハァ…ハァハァ…」


しかしノアは手を股に置き、息を荒げ俯いていた。


(い、生きているだと!?)


ゼノは顎が外れるほど口を開けて驚愕した。


「ゼノしゃま…」


ノアの目はトロンとし、顔は赤く火照り、呂律が回っていなかった。


(何故…生きている…!?)


ノアはドレスの上から股の中に手を置き、モジモジとまさぐっていた。


「はぁ…。とっても気持ちよ——…いえ、すごい魔力でしたわ…!」


ノアはフラフラと立ち上がった。


「さすがゼノ様です…!濡れてしまいましたわ」


「ぬ!ぬれ…!?」


「はい。体中汗でびっしょりです」


「あぁ、何だ汗か…」


(あ、汗かそれ!?なんか色々すごい事になってるんだが!?特に下半身が…!)


ノアは汚れたドレスを払い、何事も無かったかのように再び姿勢正しく立った。


「賭けは私の勝ちのようですね」


顔は火照り、甘い声色になるノア。


ゼノは少し興奮しつつも、少しがっかりしていた。


自分のオモチャになるかもしれない女性をみすみす逃してしまったからだ。


ゼノは小さくため息を吐いた。


「望みは何だ?」


ノアはウフフと微笑んだ。





「——我が国、エルメフス王国が運営するアルベスタ魔法学園で教鞭を執ってください♡」




「はぁ!!!!?????」


今度こそ本当に顎が外れた。

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