第7話 魂の焔

「――失礼、其処な君」



 前振りも何も無く。


 廻照かえではすぐさま、目の前の少女へと声を掛けた。



「……へっ? わ、わたしですか!?」



 自身へ掛けられた声が、信じられなかったのか。


 一瞬、呆けるように辺りを見回してから視線を寄越した彼女は、その潤みを帯びた大きな双眸に戸惑いの色を宿していた。


 エレスィが豪奢ごうしゃならば、彼女は瀟洒しょうしゃ。それも交じりっけ無し、天然素材のそれであろう。


 華奢な体躯は廻照の相棒と同じなれども、それは生まれ出でたそのままの魅力として、ある種の完成を帯びでいるのだ。


 隣で無駄に偉そうに佇む上位者然とした堕天使少女が、天上の職人が丹精込めて拵えた白銀の薔薇細工とすれば。


 視線の先で小動物のようにその身を縮こませた彼女は、自然界が生み出した金色のぎょくに等しい。


 緊張で赤みを帯びた頬に、掘り出したままに輝きを放つ翠玉の双眸。


 ぷっくりとした口唇からして、整ったそのかんばせは、綺麗というよりも可憐という形容が当て嵌まる。


 花開く前の蕾のような肢体を制服に纏い、磨けば磨くほど光り玉の如き――輝く資質をありありと纏っていよう。


 何より、そのふわふわとした綿菓子のような金糸の髪と艶やかなまなこには、小さくとも確固たる熱を帯びた紅蓮の焔が廻照には見えるのだった。


 エレスィと同じく――彼女もまた、研磨次第で天へと届くに違いない、と。


 彼女には悪いが、今だけは下馬評も大いに結構。


 これほどの逸材であればすぐに芽を出し、至る所から勧誘の嵐に遭う未来だって遠くない話なのだから。


 周囲の見る目が無い内に、確実にこの人材は確保しておきたいものである。


 故に挨拶も省き、即座に本題を切り出すのだ。



「俺は今期入学した、吾勾あかぎ廻照という者だ。単刀直入に言わせて貰う――俺のチームに入って貰えないだろうか」


「えっ、ええっ!? い、良いんですか!? ほ、本当に……この私、を?」


「君が良い。いや――君でなくては、嫌だ」


「わ、私じゃなくちゃ……ダメなん、ですか……?」


「何度だって言ってやる。俺は、君が欲しいんだ」


「ひゃうっ……! ほ、欲しいんですか……そんなに……」


「あぁ、君の今後の(競技)人生――俺に託して欲しいんだ!」


「あ、ああっ……! そんなっ……今後のふれんど生を託せだなんて……! 初対面の殿方ヒトから言われるなんて、初めてですっ……!」



 真摯に向き合えば、きっと解ってくれるだろう。


 廻照はそのまま、ますますその可愛らしい顔を紅潮させる少女へと歩み寄り――彼女のほっそりとした両の手を包み込むように握った。 


 小さく可憐な白魚のような指は、緊張しているのか僅かに震えを帯びている。



「俺が、(選手としての)君の面倒を見る。だから、俺に着いて来てくれないだろうか」


「――はいっ! 一生っ、着いて往きます! わ、私はネリティス・ハリト――ネリィって呼んでくださいね監督っ」


「ありがとう、ネリィ。楽なことばかりじゃないけれど、これから輝かしい未来に向けて一緒に頑張って往こう」



 目には涙を受けべながらも頷き、ネリティスはその華奢な手で力強く廻照の手を握り返して答えた。


 しかし、勧誘の返答に一生とは中々気合が入った子じゃないだろうか。


 何より、廻照の目には狂いも無かったようであり――文字通り、決意を固めた彼女の全身からは紅蓮のオーラが噴出している。


 綺麗な金色の髪は赤色と混じり輝きを増し、その双眸の涙も瞬く間に蒸発してしまったかのような熱量すらも感じるのだから。


 こんなにもやる気に満ち溢れた選手を見過ごすだなんて、意外と同期のプレイヤーたちの見る目は無いのかもしれない。


 リカに引き続き、これまた将来有望な良い選手を確保出来た、と。


 エレスィへと成功の意を伝えようと背後を振り返ると、其処には些か湿り気を帯びた不満気な視線を送る彼女が居るでは無いか。


 はてさて。如何したことやらと首を傾げると、呆れたように溜息一つ。


 その後、何やら物騒な言葉を寄越すのだ。



「……わたくし、予言とかって信じないけれど、貴方に一つ預言を授けてあげるわ。遠くない未来、そのままだと滅多刺しに遭って命を落とすことになるわよ」


「ははっ、急に何言ってるんだよ。何のことか解らないけど、これから君たちと競技の世界で頂点を目指すってのに、そんな目に遭って堪るものか」


「そ……ヒトって自分のことは中々客観視出来ないものだし、いっそその時が来るまで解らないものよねぇ」



 何処か他人事のように意味深なエレスィの言葉は気になるが、今はまた新たな仲間を得られたことを喜ぶのが最上ではないだろうか。


 ――果たして。


 これで、最低限の頭数は揃ったのだ。


 後は、必要に応じてチームメンバーを補強しながら、各々の強みを鍛え上げて往くだけである。


 本格的なプレイヤーとしての活動へ目途が立ち、廻照もますます気分の高揚すらをも感じているのであった。




        *




 ――學苑がくえんにおける授業は、凡そ座学と実技の二つに分かれる。


 それ以外の実習も当然存在するが、平時においてはその繰り返しだ。


 但し、學苑側の教育方針としては、まず自主的に学ぶ姿勢を重視していたりする。


 つまりは、判らないことは誰かに聞いたり調べたりして、探求と交流の中での成長を促しているのだ。


 その結果により、教師がついての授業の時間は廻照の知る教育機関に比べて短い物であり――故に一日の大半が、学生が自ら進んで学ぶために割り振られているのであった。


 より具体的に表現するならば。卒業までの単位を粗方取り終わっている為、あとはゼミと卒論だけという時間的な状況が、入学以来全ての学生にすぐさま訪れているようなものであろうか。


 自身の必要だと思った授業を選択し、後は期内の大半を野外活動に費やし出ずっぱりであった先輩も珍しくないと聞いた。


 したがって、極端な話だが受講義務の生じる基礎講義と期末のテストさえクリアすれば、あとは好きに飛び回っていて宜しいとのことであった。


 と、なれば――廻照にとっても、実に渡りに船な状況である。


 オンライン対戦において、世界中の猛者たちと散々激闘を繰り広げて来た身としては、ふれんずの属性相性やら基本的な戦術の話など、はっきり言って今更聞くまでも無いレベルである。


 無論、この世界が現実故にゲームでは見えなかったことは数多に存在しているし、実際に目の前でドンパチやらかす試合でしか得られないものも数多く存在している。


 しかしながら、そうしたことを除けば。


 少なくとも最低限以上の基本的な知識は既に有している為、他の駆け出しの学生が学習に費やさざるを得ないその分の時間を廻照は自由に使うことが出来るとの次第であった。


 己が最も懸念していた――近くでの生の戦闘に怯えが出ないかとの不安要素も、競技とはこういうものであるのだと割り切ってしまえば、超常飛び交うその迫力ですらすぐに慣れてしまえたのだ。


 ――故に。



「ま……、手始めに割かし近場から攻めてみるか」



 自主学習の一環として――廻照は仲間ふれんずだけを伴い、一人學苑から離れた山林を訪れているのであった。

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