第18話

「教師になりたいの?」


「はい。これからは女性の社会進出もあり得ると思いまして……」


私が相談したのは、学園で教師をしているスミス夫人。そうこの学園唯一の女性の教師だ。

スミス先生は元々王族に嫁ぐご令嬢のマナーや社交を教えていた方で、学園でもそれらの講師をしている。


私の言葉に驚いた様に目を丸くするスミス先生の勢いに私の声がどんどんと小さく尻窄みになっていく。


「まぁ、まぁ、まぁ……確かに女性にもそういう選択がある事は認めて差し上げますけど……。そうね……では、この学園でのお話で良いかしら?」


驚きながらもスミス先生は私に教師になる為の条件を話してくれた。概ね私が調べた通りの答えが聞けたが、一つだけ……。


「推薦状ですか……」


「ええ。貴族を教えるのですもの。その為人が保証されていなければ難しいの。一番は王族ですけど、公爵家、侯爵家の推薦状があれば大丈夫でしょう」


スミス先生にそう言われた私は、推薦状の件はアイーダ様に相談しようと心に決めた。


彼女と仲良くならなければ、アマリリス様の家庭教師をする事も、教師を目指そうと思う事もなかっただろう。

本を読んでいるだけでは世界は決して広がらないのだと、今の私は実感していた。

本の中にはたくさんの魅力的な世界があるけれど、それは所詮本の中だけだ。


「社交って……大切なのね」


スミス先生の所へ寄っていた為、いつもより図書館へと行く時間が遅れてしまった私は少し早歩きになりがらポツリと呟く。

社交が苦手な私に、侯爵家のフェリックス様の妻が務まる訳がない。

そう思うと教師になる方が、よっぽど自分に合っているのではないかと思うようになって来た。



「おや?マーガレットじゃないか。今から図書館かい?」


「サーフィス様?今日は司書のお仕事はお休みですか?」


図書館への道すがら、私はサーフィス様にばったりと出会した。


「あぁ。今日はね。一応私には司書とは別の仕事があるから、そっちの帰りだ」


図書館でサーフィス様と知り合って随分と経つが、私は殆ど彼の事を知らない。長い銀色の髪を一つに結び眼鏡を掛けた彼は、何となく年齢不詳だ。


「別のお仕事ですか……。私、そう言えばサーフィス様の事を殆ど知りません……」


「そうだね。私はあまり自分の話をしないから……。実は私も少しデービス殿と境遇が似ているんだ。私は元々他の国の貴族の息子でね。うちの場合は事業に失敗して、すっかり没落してしまった。父と母は離縁して、兄は父、私は母に引き取られた。母はこの国の出身だ。そしてこちらで再婚した。再婚相手にも息子が居たから、必然的に私は自分の生きる道を貴族以外で考えるしかなくてね。図書館の司書と……他に出版社で働いている」


「出版社?!」


「ああ。午前中はそっちで働いて、午後は図書館だ。今日は珍しく取材が入っていたから図書館の仕事は休んだんだ」


「……知りませんでした……」


「私も君と同じ『本の虫』だからね。本に囲まれてれば幸せって事さ」


サーフィス様はそう言って柔らかく微笑んだ。



図書館の前でサーフィス様と別れ、私は彼の背中を見送った。


サーフィス様にも過去に色々あった様だ。様々な思いを抱えていたのかもしれないが、貴族としてではなく、自分の好きな事を仕事にしてちゃんと自立している。そんな人が私だけじゃない事に勇気を貰った。


そう考えると、ちょっとワクワクしてきた。今まで灰色の結婚生活しかないのだと思っていた私の未来が、色付いていく感覚だ。

もうここまでくると結婚なんかせずに、自分にとって幸せだと思える未来を選び取る方が良いように思えてきた。

フェリックス様は、ステファニー様の側で生きていく事が出来る、私は自分の力で仕事をしてお金を貯めて世界を見て廻る。……うん!一石二鳥だ。

私は決意も新たに、図書館の扉を潜った。



「今日の授業も面白かった!!」

アマリリス様の明るい笑顔にホッとする。

今日はアマリリス様の家庭教師の日だ。

どんな風に工夫すれば、楽しく、分かりやすく歴史を伝える事が出来るのか考え抜いた成果が現れている様で嬉しい。


「もし分かりにくい所とかあったら、ちゃんと指摘してね。遠慮しないで今後のためにも」


「全然そんな事ない!時間が経つのがあっと言う間に感じるし。前に歴史を教えてくれた先生はとにかく『暗記しろ!歴史は暗記だ!』って繰り返してたから、本当に苦痛だったし」


アマリリス様はそう言って眉を顰めた。


「確かに暗記も大切だけど、どうしてそうなったのか、時代や人物の背景を考えるととても面白いし、一度覚えた事を忘れにくくなるわ。ただ……一つの時代に時間がかかり過ぎるのが難点ね」

と私は苦笑した。


「これだと、学園での授業には向いていないわよね……」

と続けて呟いた私の言葉にアマリリス様は素早く反応した。


「え??学園で授業するの?」


「あ!そうじゃないの。実は私、教師を目指していて……。勉強全般の成績が良いわけではないから、歴史の先生になりたいと思っているの」


「じゃ、じゃあ私が学園に入学したら、マーガレット先生が歴史を教えてくれるって事?」


「ま、待って!!目指しているってだけで、まだまだ先の話よ?教師になる為には試験もあるし、面接もある。それに推薦状だって……」


「えーっ!楽しみだなって思ったのに。でも絶対マーガレット先生は良い教師になれるわ!私、応援してるから。頑張って!」


小さくガッツポーズをしてくれたアマリリス様に私は笑顔になった。

皆が背中を押してくれる。私は一人じゃないと心からそう思えた。


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