第17話

私より先にアイーダ様が怒ってくれている分、私は逆に冷静になれる。

フェリックス様の本当の気持ちを、知ることが出来た。……本人の口からでは無かったが。

いや、その事は子どもの頃から分かっていた事じゃないか。今更だ。


私はアイーダ様の拳を両手で包み込み、


「私の為に怒って下さってありがとうございます。本当は分かっていたんです。子どもの頃、フェリックス様に言われました『将来は近衛騎士になって、ステファニー様を守る』と。何となく結論を先延ばしにしてきましたが、こうなる事はずっと前から分かっていたんです」


この歳で婚約解消か……そう思うともっと早くにフェリックス様と話し合うべきだったと、今更ながらに後悔した。そんな私に、


「ねぇ……貴女、家庭教師で生計を立てたら?」

とアイーダ様がそう言った。


「そんな!無理です!」


「どうして?実際、今はアマリリスの家庭教師じゃない」


「歴史だけです。上級貴族のご令嬢の家庭教師となれば、勉強も然ることながら、マナーも社交も教える事が出来る人物でなければ務まりませんよ」


「確かにそうよ?でも貴女、前に『女性が自立出来る手段があればフェリックス様を自由にさせてあげられる』って言っていたわよね?

フェリックス様を自由に……ってのは、私にとってはどうでも良い事だけど、家庭教師で自立している女性はちゃんと存在してる。

まぁ……実際はどこかの夫人だったりで、それだけで生活をしている人はほんの一握りかもしれないけど、少なくてもちゃんと居るわ。

そうだ!家庭教師が難しいなら、学園の教師はどう?あれなら、歴史だけでも大丈夫だし」


「で、でも………」


「あら?貴女が自立を望んだのって口だけ?」


アイーダ様にそう言われて、私はハッとした。


結婚をしたくない……訳ではない。

だが、いつも何処かで『このままで良いの?』という思いがあった。

フェリックス様のステファニー様への想いを知っているのに、親に決められた結婚だからと、諦めて良いのかと。

フェリックス様とステファニー様が結ばれる事は残念ながらない。王太子殿下とステファニー様の婚約が白紙になるなんて事は天地がひっくり返ってもないだろう事は明白だ。

それでもフェリックス様がステファニー様の側に居たいと思う気持ちを止める事も出来ない。

……ならば、私が彼を解放してあげよう。そう思っていた気持ちに嘘はないが、どこかで『無理だ』とも思っていた。

やる前から決めつけていた自分に活を入れる。


「………私、やってみます。両親には反対されるかもしれませんが、やる前から諦めるのは違いますよね。うん!アイーダ様の言葉で目が覚めました!」


「そうよ!あんな男など必要ないと証明してみせましょう!」


アイーダ様はそう言って、自分の拳を包んでいた、私の両手の上にもう片方の自分の手を乗せて、


「私も力になるわ」

と微笑んだ。


「アイーダ様が居て下されば、百人力です」

私の言葉にアイーダ様は満足そうに頷いた。


それからというもの、私は教師になる為に必要な条件を調べたり、その為の勉強を始めたりと、何だか忙しくなって来た。


「教師?」


図書館でアマリリス様の為の教材を作りながら、デービス様に私は今後の自分の身の振り方について話をした。


「はい。今まで漠然と『自立出来たら良いのに』とは思っていたのですが、この前フェリックス様のお気持ちを聞く事が出来て……」

私がそう言うと、デービス様は言葉を被せる様に、


「え?!フェリックス殿が君にそう言ったの?『婚約解消する』って?」

と驚いた様にそう言った。思わず大きい声が出てしまった様で、周りから少し非難の目が向く。デービス様は慌てて自分の口を手で塞いで、周りの皆にペコリと頭を下げて謝罪した。

そして、改めて声のトーンを下げると、


「結婚しないって……そう言われたの?」

と私に尋ねた。

私はそれに頭を横に振って、


「いいえ。直接そう言われた訳ではありません。でもこの前学園でステファニー様が『フェリックス様が自分の専属騎士になりたがっている』とお話しているのを聞きまして」


「でも……近衛は王族を守るもの。そういう意味で言ったとは考えられない?」


「それだと『専属騎士』という言葉は使わないようです。護衛といっても担当はある様で『王太子妃担当』とか『王太子殿下担当』とか……。でも専属騎士は騎士の誓いを立てて、主を一人に決めてしまう事を指します」


「それって……本当にフェリックス殿がそう言ったのかな?」


「ステファニー様が嘘をつく理由が分かりません。ステファニー様が大切になさっているアクセサリーは全てフェリックス様から贈られた物です。お二人の気持ちは通じ合っていらっしゃるのに、私が邪魔をしているのは明白で……」


「うーん……。本当にそうかなぁ?」


「実は……フェリックス様から子どもの頃にそう言われたのです。『ステファニー様を守れる様になると。だからステファニー様を優先する』と。ある意味フェリックス様は有言実行。私が婚約者というものに囚われていただけだと気付きまして」

私がそう言って微笑むと、


「君は本当にそれで良いの?君の言い分だとずっと向こうの言いなりだけど。だってそれだと結婚するもしないもフェリックス殿次第って事だろ?」

とデービス様は眉をひそめた。


「だから、教師になろうと思って。今度はこちらから、フェリックス様にはっきりと言うつもりです『婚約解消いたしましょう』と。せめて、それぐらいは私から」


「………まぁ、仕方ないな。フェリックス殿に愛想が尽きたとしても、彼の自業自得だ」


「愛想が尽きた……」

私はその言葉を聞いて、何となく腑に落ちた。

そうか……私はいつの日からか、フェリックス様に期待をする事を止めていた。期待をすればその分失望も大きい。初めて本をプレゼントされた時……私はフェリックス様に少しだけ期待をしたのだ。この人はちょっと偉そうだけど、婚約者として上手くやっていけそうだ……と。しかし、それが全て尽く裏切られてその度に失望して。そしていつしか私はフェリックス様に期待もせず、意見も言わず。……もうそれで良いと思っていた。政略結婚なんてそんなものだから……と。

それを表す言葉は『愛想が尽きた』だ。それに尽きる。


「じゃあ、メグは教師になるのか。残念だな、一緒に旅が出来ると思ったのに」


「前にも言った様に旅をするなら、自分で稼いで貯めたお金でって思っています。デービス様はそれまでにたくさんの国を巡っていて下さい。私、追いかけますから」


「そっか。じゃあその日を楽しみにしてるよ」

笑顔のデービス様に私も笑顔で頷いた。

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