第16話

「最初から難しい歴史の教科書を読むのは止めましょう」

家庭教師初日、私は最初にそう言った。


そして私が取り出したのは、


「わぁ……挿絵がたくさん!」


「文字で読むことも大切だけど、視覚的に印象に残る事も大事よ。本には挿絵も重要なの」


私の言葉にアマリリス様は笑顔になった。


「これなら、読めそう」


「歴史だと思わずに、物語だと思うのはどう?覚えるのではなく、物語を堪能しましょう?今回の主人公はマキシマス三世よ」


私は難しい用語を分かりやすい言葉に置き換えながら、わが国の歴史をアマリリス様に話して聞かせる。


「楽しかった!」

授業が終わる頃には、アマリリス様は笑顔でそう言ってくれる様になった。

初日という事で緊張していた私も、その笑顔にホッとする。

せっかくジェフリー様にこういう機会をいただいのだ。期待に応えたいと思う気持ちで色々と準備してきたが、アマリリス様の笑顔で全てが報われた気持ちになった。


「では、また来週」


「来週が待ち遠しいわ」


アマリリス様は名残惜しそうに私に手を振って見送ってくれた。私も同じ様な気持ちを抱えて手を振り返し帰路に着いたのだった。





「今日もまた学園がざわついているわね……」


私は学園の昼休みに急いで昼食を平らげると、次の家庭教師の授業の準備の時間に当てていた。

自分が理解していても、他人に教えるというのはとても難しい。

ああでもない、こうでもないと頭を悩ませている私にも生徒たちがざわついているのが、伝わってきた。……という事は……


「ねぇ!ステファニー様のネックレス見た?凄く素敵だったわよね!」


廊下から女生徒の会話が聞こえてきた。やはり今日はステファニー様が学園に来ているようだ。


「学園にそんな豪華なネックレスを着けてくるなんて場違いだと思うけど」


廊下からの声に答えるようにそう言ったのは、


「アイーダ様。皆に聞こえてしまいますよ」

いつの間にか私の机の側に来ていたアイーダ様だった。


「別に聞こえたって構わないわよ。本心なんだもの」


相変わらずアイーダ様はステファニー様が苦手なようだ。

私はそれにははっきり答えず、曖昧に微笑むだけにした。同意してしまうと、私の場合はフェリックス様を盗られた腹いせに陰口を言っていると思われかねない。


私の手元を見たアイーダ様は、


「アマリリスの為に?この前の授業はとても楽しかったって言っていたわよ」

と私に微笑んだ。


「楽しんでもらえたのは嬉しいのですが、それだけでは……少しでも分かりやすく歴史を伝えられる様に工夫したいと思っているのですが、なかなか」

と私は息を吐いてペンを置いた。


「あまり難しく考えないで。ジェフリーはアマリリスが二時間も大人しく机に付いていた事に驚いていたんだから」


「アマリリス様は集中力があります。ただ、気分が乗れば……という事だと思います。アマリリス様が飽きない様な授業が出来れば、きっと歴史が得意になってくれますわ。……私の腕次第だと思いますが……」


「貴女って本当に真面目ね。実はアマリリスには同年代の友達が居ないの。堅苦しく考えずに、出来れば彼女の友達も兼ねて貰えると嬉しいわ」

そう微笑むアイーダ様はもう既にアマリリス様とは姉妹の様だった。


すると、廊下が更に騒がしくなった。

私達は揃って廊下の方を見る。


そこにはゾロゾロと女生徒を引き連れて歩くステファニー様が居た。



廊下と教室の間には窓ガラスがあるにも関わらず、ステファニー様を始めとする女生徒の姦しい声が聞こえる。ついそちらに視線を移した私とステファニー様の視線が交わった気がした。




「ステファニー様、そのネックレスはどなたから?」

腰巾着の様につき従っている女生徒がステファニー様に尋ねる。

ステファニー様はもう一度チラリと私を見ると、直ぐに視線を逸らす。彼女の口元がフッと緩んだのを私は見逃さなかった。


「フフフッ。フェリックスが私の髪の色に合うからって」


「まぁ!この前のイヤリングもそうでしたわよね。フェリックス様って本当にステファニー様の事を大切に思っていらっしゃるんですね!」


その女生徒の答えに満足気にステファニー様は微笑んだ。周りの女生徒も賛同する様に頷き合う。


その声が聞こえたのだろう。アイーダ様は、


「馬鹿馬鹿しい」

と呟いた。私も同じ気持ちになる。


こんな会話を聞いていても時間の無駄なような気がして、私は自分の手元に視線を戻す。しかし、女生徒の甲高い声というのは、こんな時には良く響く様で、


「夏の夜会の花火もフェリックス様と一緒にご覧になっていたじゃないですか~?お二人は運命のお相手だと思うのに……」

と残念そうな声が聞こえる。


「仕方ないのよ……私みたいに生まれながらに婚約者が決まっている人間もいるわ。貴女達も貴族に生まれたんだから、分かるでしょう?あ!でもね」

ステファニー様はそこで言葉を切る。その間が気になって、私はついまた顔を上げてしまった。

またもや、ステファニー様と視線が合う。


彼女は、直ぐにまた目を逸らすと、


「フェリックスが私が王太子妃になったら、専属騎士になりたいって。でも……そうなるとフェリックスが結婚出来なくなってしまうでしょう?そうなると……ほら……フェリッ……」


そこから段々と声が遠ざかっていって、はっきりと言葉尻は聞こえなかったが、きっと彼女はこう言っていた。

『ほら……フェリックスの婚約者に申し訳ないわ。彼女には他の御縁なんて難しいのに……』と。


アイーダ様にも、遠ざかるその声が聞こえたのか、


「何なのあれ?此処にマーガレット様が居る事が分かってて!」

とプリプリ怒り始めた。

アイーダ様にも、ステファニー様が私の姿を認めていた事は分かっていた様だ。


「……聞こえる様にお話していたんじゃないですかね?私に覚悟するように……って」


「覚悟って何の覚悟よ?!」


「フェリックス様が専属騎士になるから、今後の身の振り方を今から考えておけ……という事でしょうかね?」

私がそう淡々と言うと、アイーダ様はますます怒りが増した様で、


「はぁ?!身の振り方って何?今から他の結婚相手を探せって事??」

と言って、机をダン!!と拳で叩いた。

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