第15話
何故か面白そうに『ならこれを薦めるよ』とサーフィス様に手渡された恋愛小説を片手に、私は図書館を後にした。
翌日は図書館の閉館日であった為、私はまた本屋に来ていた。
昨日、サーフィス様に薦められた恋愛小説は、思いの外面白かった。サーフィス様が話していた、素直になれないヒーローと少し鈍感なヒロインの話。
読んでいる私としてはもどかしくて少しイライラしたのだが、不器用なヒロインが可愛くて、物語には素直に引き込まれた。
恋愛小説も今までは食わず嫌い……もとい読まず嫌いだった事を反省し、今日は珍しく恋愛小説の棚を物色していると、
「お姉さん!」
と背後から声をかけられた。
「あら?また会ったわね。えっと……アマリリスね?」
明るめの茶色の髪を二つ結びにした少女は私の答えにニッコリと微笑んだ。
「この前薦めてくれた本、物凄くためになったわ。次に会えたらお礼を言わなきゃって思ってたの」
「お礼なんて……。でもお役に立てたのなら嬉しいわ」
「これで次の課題もバッチリ……と言いたいところだけど、まだまだね。実は家庭教師と気が合わなくて……」
と口を尖らすアマリリスに、
「まぁ……人にも相性はあるものね。私も学園に通う前は本の知識ばかり披露して、家庭教師の先生に『私は必要ないって事ですか?』って嫌味を言われてしまったの。でも、良く考えたら失礼だったって今なら分かるわ」
と私も幼い頃の自分の失敗を話して聞かせた。
「どうして貴族に生まれたからって頭が良いって思われるのかしら?お兄様は確かに出来が良いの。でも私は……」
とアマリリスは少し目を伏せる。彼女の長いまつ毛が顔に影を落とした。
「お兄様がいらっしゃるの?」
私が少し話題を変える様にそう言うと、アマリリスはパッと顔を上げて、
「ええ。私の自慢のお兄様なの」
と明るく笑った。
きっと兄の事が好きなのだろう事が、その笑顔から窺える。
「素敵なお兄様なのね」
「そうなの!お兄様は今年から学園に通ってて、とっても楽しいって。私も二年後学園に通うのを楽しみにしているのだけど、このままだとお兄様に恥をかかせてしまいそう……」
「そんな……きっとお兄様はそんな事気になさらないわ。でも……今年から学園に通っているのなら私も知っているかも……」
そう私が言ったその時、本屋の入り口の方から、
「リリーどこだい?」
と声が聞こえる。
「お兄様!ここよ!」
目の前の少女は振り返りながら大きな声で答えると、
「あぁ、ここに居たのか」
と現れた男性を見て私は驚いた。
「ジェフリー様!」
「おや?マーガレット嬢じゃないか。二人は……知り合い?」
とアイーダ様の婚約者のジェフリー様が私とアマリリスの顔を交互に見ながらそう尋ねた。
「お兄様、ほら、この前お話したお姉さんよ。あの本を薦めてくれた」
少し甘えた様に言うアマリリス様が可愛らしい。
「ああ!歴史の。薦めてくれたのってマーガレット嬢だったのか!」
「この前も偶々本屋でお会いして。私もアマリリス様と同じ歳の頃に読んでいた本ですの」
「そう言えばアイーダも言っていたな。マーガレット嬢は本好きで博識だと」
「そんな……本を読むことは好きですが、勉強が出来る訳ではありません。アイーダ様へお話した事も本の知識を暗記していただけで……」
「謙遜する事ないよ。アマリリスなんてたくさん字があるってだけで頭が痛いと言い始めるんだから。本を読む事、活字に触れる事が好きってだけでも十分一つの才能さ」
ジェフリー様にそう言われて、私は少し照れくさくなってしまった。
「お兄様!私だって面白い本なら頭が痛くなったりしないわ!実際この前の本は夢中で読んだもの」
アマリリス様は少しだけ拗ねてみせるが、ジェフリー様はその姿に目を細めて、
「確かに、この前は寝る間を惜しんで読んでいたね。そうだ!他にもためになる様な本をマーガレット嬢に選んで貰ったらどうだい?
リリーが活字に触れる機会が増える事は良い事だ」
とアマリリス様の頭を撫でた。兄妹仲はとても良いようだ。
「ためになる……かどうかは置いておいて、本を好きになって貰えると私も嬉しいです。最初から難しい物ではなく、読みやすい物が良いのではないかしら?」
「この前みたいに面白い本が良い!ねぇ、選んで?」
とアマリリス様は私の手を握った。妹って……可愛いのね。
私が数冊の本をアマリリス様の為に選ぶと、彼女は嬉しそうに全てを抱えて会計に向かった。
「悪かったね、急に」
ジェフリー様はアマリリス様の背中を見送りながら、そう私に言った。
「いいえ。アマリリス様とっても可愛らしいですね」
「つい妹には甘くなってしまうんだ。リリーはあまり落ち着きがなくてね。家庭教師とも衝突してもう何人も替えてる。でも、本当にこの前君が薦めてくれた本は夢中になって読んでいた。礼を言うよ」
「そんな!お礼を言われる程の事はしていません。私には弟しかいませんが、最近は少し生意気で。アマリリス様に甘くなってしまうジェフリー様の気持ち、わかりますわ。可愛いですもの」
「これでアマリリスが本好きになってくれると良いんだが。机に付くという習慣を身につけて欲しくてね」
ジェフリー様はまるで父親の様なことを言いながら、笑顔でこちらに戻って来るアマリリス様を見守っていた。
それから一週間程経った時。
「家庭教師……ですか?」
「そうなの。ほら……貴女この前の課題で三百年前の争いについての考察を発表していたでしょう?私あの年代の歴史が、特に苦手だったのに、あの発表は凄くわかりやすかったの。
それをジェフリーに言ったら、暇な時間で良いからアマリリスの歴史の先生になってくれないかって」
学園の放課後、アイーダ様に呼び止められた私は、中庭のベンチでそう言われて驚いていた。
「そんな……私は人に教える事が出来る程では……」
「そんな事ないわ!貴女、アマリリスに本の良さを教えたのでしょう?貴女から薦められた本をアマリリスも夢中で読んでるってジェフリーが言ってたわ。ジェフリー、驚いていたのよ?アマリリスにあんなに集中力があるなんて思ってなかったって」
「興味がある事には時間を忘れ、退屈な時間は永遠に感じる。人は皆、そんなものです。でもそれを聞けて、私も嬉しいです」
「きっとアマリリスも貴女の話なら大人しく聞くと思うの。ね?試しにやってみない?無理に……とは言わないけど」
……やる前から無理だと決めつけるのは良くない。私は少し考えた後、
「分かりました。学園がお休みの日で、アマリリス様の負担にならない程度に」
「ジェフリーに言っておくわ!きっとアマリリスも喜ぶ筈よ」
こうして私はアマリリス様の歴史の家庭教師をやる事になったのだった。
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