第14話
「すっかり返すのが遅くなってしまって……本当に申し訳ありません」
私は本を読むデービス様の前に、そっとお母様の大切な形見を置いた。
「凄く久しぶりに感じるね、メグ」
「はい。やっと図書館に来ることが出来ました。……色々ありまして」
結局、昨日きっぱりとフェリックス様に意見したお陰か、それともシンプルにフェリックス様が忙しいのかはわからないが、今日はお茶会の招待状は届かなかった。
「ふーん」
そう言って少しニヤニヤするデービス様に、
「どうかされました?」
私は首を傾げる。
「いや。……ここにもスパイが居る様だが……。まぁ、本人がきちんと向き合わなきゃな」
とデービス様は訳の分からない事を呟きながらウンウンと頷いた。……何の話だろう?
「デービス様?」
「ハハハッ。メグはまだ知らなくても良いんだよ。それに……僕はメグには好きに生きて欲しいんだ」
「好きに?」
「そうだ。メグ……夢はあるかい?」
「夢ですか……」
考えた事もなかった。貴族の娘に生まれたからには、家の為になる相手と結婚して、子どもを産んで。次は婚家を支える為に家政を行い、夫を支える。それが私のやるべき事だと思っていた。……しかし、今やそれもどうなるかわからないが。
フェリックス様がステファニー様の専属騎士となれば婚約は無かった事になるのかもしれない。そこから新しい婚約者を探すとなれば、同年代の男性と……というのは難しいだろう。誰かの後妻か……。
いずれネイサンも結婚しロビー家を継ぐ。願わくばそれを邪魔する人間にだけはなりたくない。
「夜会の時にも言いましたが、もっと女性が自立出来る手段があると良いのに……とそう思います。そうすれば、フェリックス様は私の事を気にせずステファニー様に仕える事が可能になります」
「ふむ……。僕も女性の社会進出には賛成だが、メグは結局フェリックス殿の為にそうなりたいって事?自分の為ではなくて?」
「自分の為ですか?……それなら、何にもせずに一日中本を読んでいたいです。フフッ。あんまりにも自分勝手な夢ですね」
私は歳を取って、自分が本に囲まれて過ごしている姿を想像して笑ってしまった。
私は笑いながらデービス様の手元を見る。
「デービス様は語学の勉強ですか?」
「あぁ。いずれ世界中を旅しながら、本を書くというのが僕の夢だからね。今から色んな国の言葉を勉強しておかなきゃと思って」
とデービス様は開いていた本の背表紙を私に見せる様に少し上げた。
「素敵な夢ですね。本が出版されたら私、絶対買いますから!」
「ありがたいね。少なくとも一冊は売れるって保証が出来た」
デービス様はそう言って笑った後、少しだけ真面目な顔で、
「メグ。万が一、万が一だよ?フェリックス殿との結婚が……なくなったとしたら。その時は僕と一緒に旅に出ないか?僕と一緒に世界を回れば、きっと女性が活躍する国もある筈だ。気に入ればそこに住んでも良い。どう?」
と私にそう尋ねた。
「私も……旅に?」
「そう。もちろんご両親の許可があれば……というか、まずはフェリックス殿との婚約次第だし、それを待ち望んでいる訳じゃない。僕はただ、メグに幸せになって欲しいんだ。フェリックス殿がメグを幸せにしてくれるなら、それで良い。だが、メグが色んな事を我慢しているのなら……考えてみて欲しい。それに、そんな道もあると思えば少しは気が楽だろ?」
とデービス様は軽くウインクした。
私の今の状況を考えてくれての言葉だと思うと、正直嬉しい。だけど……
「世界中を旅するなんて、凄く素敵だと思います。私もこの目で色々な物を見たいし、他国の本にも触れてみたい。でも……もしデービス様と一緒に旅に出ると言うなら、私は自分で稼いだ自分のお金で旅してみたいと思います。誰かに頼るのではなく」
私はデービス様の目を真っ直ぐに見て答えた。
「僕が誘ったんだから、僕がお金を……」
「いいえ。それでは友人として、デービス様と対等な関係ではいられなくなってしまいます。もしフェリックス様との婚約が白紙になって……結婚せずに私が自立する事が出来たとして。その時は頑張ってお金を貯めてデービス様の後を追って旅に出ます」
「……そうか。そうだな。その方が良いよな。うん!待ってるよ!あ……いや、これだと僕が婚約解消を待ってるみたいに聞こえるな……いや、そうじゃないんだ」
慌てて否定するデービス様が面白くて、つい笑ってしまう。
「ウフフ。分かってます。でも、私も少しワクワクしてきました。婚約解消したとしても、何だか楽しみが出来た気分です」
「ハハハ!それはそれでフェリックス殿が可哀想な気もするが……」
二人でそう話をしていると、
「おや?何だか不穏な話が聞こえたね。マーガレット……婚約解消するのかい?」
とサーフィス様がテーブルの隣まで来ていた。
「あら?サーフィス様。カウンターにいらっしゃらなくて大丈夫なんですか?」
「あぁ。今は休憩時間だから。二人が楽しそうに話しているのが見えてね。近づいたら婚約解消がどうとかって話しているのが聞こえたからさ」
私とサーフィス様との会話にデービス様が口を挟む。
「いや、そういう事ではないですよ。ただ……メグの婚約者には少し思うところがあるのは確かですが」
何だかデービス様の口調が少しトゲトゲしい。
「ほぅ。そうなのか。私は世間に疎くてね。マーガレットと婚約者の関係についてはよく分からないが……デービス殿は気に入らないのかな?」
「いえ。気に入らない訳ではないですが……もう少し素直になれば良いのに……とは思いますよ」
「素直に……ね。男にはそういうのが苦手な男もいる。ほら、恋愛小説にはよく出てくるだろう?」
二人の会話はお互い何かを探っているような……もどかしい感じがした。
何となく居た堪れなくなった私は話を逸らす。
「サーフィス様は恋愛小説も読まれるのですね。私もたまには読んでみようかしら?」
そう言った私に、二人は驚いた様な視線を寄越した。……そんなに意外だった?
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