第13話


「さすがに我慢出来ない!!」


私の通り名は何だ?『本の虫令嬢』だ。だのに、この一週間全く図書館に通えていない。これじゃあ本の虫令嬢の名が廃る。

それもこれもフェリックス様がお茶会に誘ってはドタキャンするからだ。


実は今朝も早くからフェリックス様からお茶会の誘いが届いた。


私はそれを手の中で握りつぶしながら、朝食の席で立ち上がった。


「我慢出来ないって……どうするのさ」

隣でパンを千切って口に入れながらネイサンが私に尋ねる。


「こちらからフェリックス様に会いに行ってくるわ。それで御用を訊くの。何か用があるから私を呼びつけるのでしょう?それならわざわざお茶などしなくても良くない?王宮へ行くわ」

そう言った。


その答えにネイサンは面白そうに言う。


「フェリックス様に姉様が意見出来るの?今まで大人しく従ってたのに?」


「失礼ね。今までは別に意見しなくちゃならない事も無かったのよ」


「あんなに冷遇されてて?」


最近のネイサンは私に厳しい。しかしそれを言われると私も何も言い返せない。

黙る私に、


「でも……いいんじゃない?偶には自分の気持ちをちゃんと言うべきだと僕は思うけど?」

とネイサンはちょっと上からそう言うと、


「ご馳走さま」

と立ち上がった。十四歳になったネイサンの目線が私と同じ位置にあり、改めて驚く。


「ネイサン……もう少しで背丈を追い抜かれそうだわ」


「もうじきだよ。直ぐに姉様より大きくなるよ。だから……いつかは僕が姉様を守れるようになるから、無理してあんな男と結婚しなくたっていいよ」


ネイサンはそれだけ言うと、サッサと食堂を出て行った。


「……かっこいい事言うじゃない」

そう呟きながら、私は自分が今までネイサンにどう見られていたかを悟って心が痛くなった。

弟に心配かけて……ダメな姉だ。


私は今日こそフェリックス様に今回のお茶会について文句を言いに行こうと改めて心に決めた。



学園が終わり、本当なら急いで家に帰り、お茶会の支度をしてハウエル侯爵邸に向かわなければならないのだが、私は今王宮へと来ていた。


お茶会に設定された時間を考えても、まだ王宮で働いている時間に違いない。


「あの……お忙しい所申し訳ありません。私、マーガレット・ロビーと申します。フェリックス・ハウエルの婚約者なのですが、彼を呼び出して貰う事は可能でしょうか?」


私はドキドキしながら、王宮の門番へと声を掛けた。夜会以外で王宮へと来たことなど一度もない。


「フェリックス?あぁ、近衛の。では、少し待ってて貰えますか?」


そう言うと若い門番はもう一人に断って、王宮へと早足で向かって行った。



フェリックス様を待っている間、私の心臓はドキドキしていた。当然、婚約者に会えるから……ではなく、やはり仕事中にこんな所まで来たことを怒られるのではないかという不安から。

私は怯みそうになる弱い心を振り払う様に首をブンブンと横に振った。

眼鏡がズレる。私がそれを直しながら門番が去って行った方へと顔を向けると、向こうから凄い形相でフェリックス様が走って来ているのが見える。……やっぱり怖いかもしれない。


遥か遅れて、フェリックス様を呼びに行った門番が『おい!』と言いながら追いかけて来ているのだが、フェリックス様はお構いなしだ。


フェリックス様は私の目の前まで来ると勢い良く止まり、


「何故、ここに居るんだ?!家に帰っている時間だろう?!」

と、私が口を開く前に、一気に捲し立てた。


「あ、あの……」

私が口を開こうとすると、


「今日はお茶会だと手紙を送った筈だが?まさか、ここまで歩いてきた訳ではないだろうな?馬車は?馬車は何処だ?ほら、さっさと帰れ。いいか、真っ直ぐに帰るんだ。決して図書館に寄るんじゃないぞ」

と全く私の話など聞かずに一方的に喋り続けるフェリックス様。


「今日はもう少し仕事が残っているが……」

とフェリックス様が言いかけた時、他の門番が、


「おい、フェリックス。お前の所の護衛が……」

と話しかけて来た。その瞬間、



「フェリックス様!!!大変です!!姫が……!!」

とハウエル家の護衛が慌てた様子で駆けて来た。


「あ!ば、ばか!!」

フェリックス様はその護衛の姿を認めると、これまた慌てた様子でそう叫ぶ。

護衛は『ばか』と言われた言葉にハッ!として、フェリックス様の目の前の私に視線を送ると、自分の口を勢いよく手で塞いだ。何か不味いことでも口走ったのかもしれない。



私の顔を見てのその態度……。きっと、護衛の口走った『姫』というのはステファニー様の事だろう。何故ハウエル家の護衛がステファニー様の事で慌てているのか……私にはさっぱり見当もつかないが、ステファニー様の身に何か恐ろしい事が起きているのかもしれない。フェリックス様に言われた通り今日は大人しく帰った方が良さそうだ。


しかし結局、私は何も話が出来ていない。と言うか口も挟ませて貰えなかった。あぁ……何の為にここまで来たのだろう。

このままでは、また図書館に行けない日々が続いてしまう。きっとこの様子だと今日もまたお茶会はキャンセルされる事だろう。


私は意を決して、


「フェリックス様、お忙しいようなので私は帰ります。もちろん、今日のお茶会は中止で構いませんので。でも!……あの……せめて、お茶会の日にちをきちんと決めませんか?気まぐれに、思いつきで、突発的に行うのではなく、ちゃんと。……そうですね、前の様に二ヶ月……いや、三ヶ月に一度、フェリックス様の休日の日にしましょう。では、失礼いたします」

早口で言いたい事だけ言って、頭を下げた。

少しだけ恨み節が混じったのは、せめてもの抵抗だと思ってもらいたい。


私は否定されるのも嫌なので、さっさと踵を返す。


「おい!!」

とフェリックス様の声が追いかけて来る様に聞こえるのを、丸っと無視して私は早足で馬車止まりまで急いだ。



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