第12話

「さぁ、行きましょう!私達を皆待ってるのよ?」


フェリックス様の腕をグイグイと引っ張って、ステファニー様はまたフロアの中央へと向かおうとする。


「いや、ま、待って……」

フェリックス様は私にまだ何か言い足りないのか、こちらを向いて口を開くが、ステファニー様の勢いに押され、結局また華やかな場へと戻って行った。


「……大丈夫ですかね。体調は」

二人の背中を見送ってから、私はボソリと呟いた。


「……なるほどね」


「ん?デービス様、何が『なるほど』なのです?」


「いや……まぁ、僕が口にして良い事ではないし……彼の態度の意味も分からないが……」


デービス様は何かブツブツと言っているが、何の事だかさっぱり分からない。


「せっかくの楽しい夜会に水を差してしまって申し訳ありません」


私は一応フェリックス様の襲来を詫びた。何故あんな風に注意を受けなければならなかったのか、解せないが。


「いや、中々楽しい会話だったよ。彼は興味深いね」


「???先ほどからデービス様の言っている意味がわかりませんが……」


「ハハハ!良いんだよ。だけど、彼から夜会に出るなとでも言われていたのかい?それならば悪いことをしたね」


「いえ……その様な事を言われた覚えは……。あ!カフェで何か言われたのですが、あの時はあまり話を聞いていなくて、生返事をしたような……」


「クククッ。それなら仕方ない」


デービス様は何故か面白そうにそう笑った。


「さぁ、メグ。僕達もまた踊ろうか」

デービス様が手を差し出すので、私も気持ちを切り替える様に、


「そうですね。せっかくの夜会ですから」

とニッコリ笑ってその手を取った。


……何故かダンスの間中、フェリックス様の視線を感じて居心地が悪かったのだが……。そんなに、私のダンスって不格好だったかしら?



さて、この夏の夜会と言えば、メインは例の花火だ。


「デービス様、花火の伝説はご存知ですか?」


「あぁ、好きな人と見ると幸せになれるっていう話かい?」


「はい。学園に残されたお話なんですが、ロマンチックですよね」


「ところで……君はフェリックス殿と見なくても良いのかい?」


「フェリックス様と?うーん……考えた事もありませんでした。フェリックス様はきっとステファニー様と見られるのだとばかり……。それにフェリックス様もその方が良いだろうと」


「だが、さすがにステファニー様は殿下の婚約者。他の男と花火を眺めるのは問題では?」


確かに、あんな逸話が残る花火を殿下以外と見ているとなると……あまり外聞は良くないのかもしれない……そう思っていたのだが、


「皆さん!花火が始まりますわ!さぁ、フェリックス、バルコニーに行きましょう!」

と言うステファニー様の声が高らかに聞こえた。


「……彼女はあまり気にしていないみたいだね」


「ステファニー様とフェリックス様は想い合っていらっしゃいますから……」


こういう所を見て、皆『お二人は想い合っているのに可哀想』となるのだろう。私もそう思う。


「そうかな?」

首を傾げるデービス様に、私は話した。


「フェリックス様は……ステファニー様の専属護衛になるかもしれないのです」



「え?それなら……君との結婚は?」


「そうなると……婚約解消となるかもしれませんね」


「メグはそれで良いの?」


「私としては……もっと女性が自立出来る手段があれば良いのに……と思います。そうすればフェリックス様を自由にさせてあげられる」


「メグ……二人で話し合ったのかい?」


「いえ。まだフェリックス様に直接言われた訳ではありません。単なる噂ですが」


そうこうしていると、バルコニーの向こうでは『ドーン!』と大きな音がして、花火が上がった。

皆がそれを笑顔で見つめる。


「花火……始まっちゃいましたね」


「本当だ。ここからでもよく見える」


私は花火に照らされたバルコニーに居る人々の真ん中に立つフェリックス様とステファニー様を見つめた。

幸せそうな二人の姿に少しだけ胸が痛んだ。



夜会が終わった次の日、フェリックス様からまた命令の様なお茶会の誘いを貰ったが、


「え?キャンセル?」


「そうらしいわ。突然『今日のお茶会は中止』って連絡が」


「そうですか……ならば図書館へ寄ってくれば良かった……」

デービス様にイヤリングを返すついでにもう一度お礼を言おうと思っていたのに……。どうしよう。デービス様は『いつでも良いよ。次に図書館で会えた時で』と言ってくれてはいたけれど。


「暇なら、ちょっとお使いを頼まれてくれない?」


母にそう言われて私は了承した。ついでに少し本屋を覗こう。最近は本を買うのを我慢していたのだから、そろそろ一冊ぐらい良いだろう。それぐらいで床は抜けない筈だ。


私は母の使いで叔母の家を訪れた帰りに、本屋に寄る事にした。


私が本を選んでいると、歴史の本の棚の前でウンウンと唸っている少女が目に入った。

ブラウンの髪を二つ結びにした可愛らしい少女は、本を手にとってはパラパラと捲り、また棚に戻すという作業を何度か繰り返していた。

私は思わず、


「どんな本を探しているの?」

と声を掛けていた。……これじゃあ、不審者と思われかねない。

しかし、その可愛らしい少女は素直に、


「私……歴史が苦手なの。教科書読んでると眠くなっちゃって……。だからもう少し分かり易い本はないかと思って」

と私の質問にそう答えた。


「貴女、幾つ?」


「十三歳」


「なら……ここら辺はどうかしら?私も貴女ぐらいの年齢の時にこの本を読んだの。とても分かり易かったし、面白かったから」


彼女は私が薦めた本をパラパラと捲ると、


「字ばっかり……」

と呟いてため息を吐いた。しかし、


「でもお姉さんのおすすめを信じてこれにする!」

と彼女は明るく言うとその本を胸に抱えて会計に向かった。


「頑張って!」

私が手を振ると、彼女は振り返りながら、


「お姉さんありがとう!私の名前はアマリリスよ!」

と明るく手を振って去って行った。


「アマリリスか……私と同じで花の名前ね」

と妙な親近感を覚えながら、私は彼女を見送った。



私は目当ての新刊を手に入れてホクホクした気分で帰路に着く。

今日は図書館に行けなかったけど、この本で凌げそうだ。明日こそは図書館に行って、デービス様にお礼を!そう思っていたのに……




「またなの?!」


「そうなの……またキャンセルだって。フェリックス様ったら……どうしたのかしらね?毎日、毎日お茶会に誘って、直前でキャンセルなんて……」


私はそれから一週間も図書館に通えない日々を過ごす事になってしまった。

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