第11話

「はい。メグはオレンジで良かったよね」

デービス様が取ってきてくれた飲み物を受け取る。


「ありがとうございます。デービス様はワインを?」


「あぁ。僕は一応成人しているからね」

デービス様は微笑むとワインを一口飲んだ。


「デービス様、本を書くのに今日の夜会は参考になってますか?」


「もちろん!……僕は、貴族らしい事は何もしてこなかったんだ。

子どもの頃母が亡くなった後、直ぐに父が再婚して弟が生まれるまでは、一応普通の貴族の息子として過ごしてたんだけど……弟が生まれてからは、弟を跡継ぎとして教育する事に両親は力を注いだ。僕は放っておかれてね。

だが、自由も無かったんだ。家に閉じ込められ、勉強の機会は奪われてしまった。……なんて恨み節を今更言ったところでもう過ぎた事だ。実は僕の知識の殆どは本から得たものなんだ。今日はこうして体験する事が出来た。付き合ってくれたメグに感謝してるよ」


彼がこうして自分の事を話しても良いと思えるぐらいには、私に心を許してくれたのだろうか?

デービス様に友人だと認められた証の様で嬉しい。


「私もデービス様にお誘いいただけた事、感謝しております。お恥ずかしい事に今までは父としか夜会に参加した事はありませんでしたので、ダンスを踊った事がなかったのです。……そういえばデービス様……ダンスは?」


さっきのデービス様はとても優雅にダンスを踊っていた。まさかあれも本の知識だけと言うのかしら?


「あぁ……恥ずかしながらこの一ヶ月で猛特訓したよ。本を読むだけでは分からないことがたくさんあるとは思うけど、ダンスはその最たるものだな」

どデービス様は頭を掻いた。


そうこうしているうちに一曲終わったようだ。


すると……


「おい!マーガレット!!」

と私の名を呼ぶ声が聞こえる。


「ちょっ、ちょっとフェリックス何処へ行くの?!勝手に私の側を離れないで!」

と私の婚約者の名を呼ぶ声も聞こえた。


後ろを振り返ると凄い形相のフェリックス様がズンズンとこちらに近付いて来ているのが見える。それを慌てて追いかけるステファニー様も。


フェリックス様がかなり大股で歩いている為、ステファニー様はなかなか追いつけず早足だ。


あぁ……重そうなドレスのステファニー様が何だか可哀想に思えた。




「おい!マーガレット!!お前、何でここに居るんだ!?」

私の前まで来たフェリックス様が怒った様な戸惑った様な表情でそう言った。


「何で……と言われましても……」


「お前は家で大人しく本を読んで過ごすように、と言っておいただろう?!」


はて?いつ?私、そんな事をフェリックス様と話たかしら?


私が懸命に思い出そうとしていると、私とフェリックス様の間にデービス様が割って入った。


「こんばんは。こちらから声を掛ける事をお許し下さい。まず……僕がメグを誘ったんです。メグはそれを受けてくれただけ。彼女を責めるのは間違いです」


「メ……グ……?」

フェリックス様は私の愛称である『メグ』を生まれて初めて聞いたかのように驚いている。

マーガレットという名前の女性がメグと呼ばれる事など、珍しい事ではない。フェリックス様は何を驚いているのだろう?  


「はい。あ……名乗るのが遅くなりましたが僕はデービス。デービス・ルーベンスです」



「ルーベンス?あぁ……お前が子爵の所の居候か」


フェリックス様のその言い方にカチンとくる。


「デービス様はルーベンス子爵家のご養子に入られたのですから、居候ではなく、立派な家族です」


別にデービス様とて、私なんかに庇われなくとも良いのかもしれないが、先ほどの話を聞いた後だと、どうしても私は口を挟まずにはいられなかった。


フェリックス様からは『口を出すな』と怒られるのではないかと思ったが、


「あ……それはすまない。確かにマーガレットの言う通りだ……庇うのは気に入らないが」

とフェリックス様は素直に謝った。だが……


「それより!!お前は誰だ!!」


は?今こそデービス様は名を名乗ったばかり。何故またそれを訊くのか。フェリックス様、やはり今日は体調が悪いのかもしれない。


「名は名乗りましたが……」

デービス様も困惑気味だ。


「そ、そうじゃなくて。お前の名はわかった。俺が訊いているのはマーガレットとの関係だ!!」


「メグとは……」

デービス様が口を開きかけると、


「メグって呼ぶな!!!呼び捨てもダメだ!!」

とフェリックス様は顔を真っ赤にした。……やはり熱でもあるのだろう。私はつい我慢出来なくなり、


「フェリックス様。お熱があるのではないですか?」

と弟のネイサンにする様にフェリックス様の額に背伸びして手を当てた。


すると、フェリックス様は顔をますます赤くさせ、


「さ、触るな!!」

と私の手を叩き落とす。そこまで強い力では無かったが、思いの外『パシン!』と鳴った大きな音に、フェリックス様は我に返った様に、


「す、すまない。だ、だがお前が急に俺に触れるから……」

とモゴモゴと何か話していた。


「いえ、こちらこそ不躾な事をして申し訳ありません。ただ……フェリックス様の様子がおかしいので体調でも優れないのかと……」

とまだ顔の赤いフェリックス様を見上げて私はそう言った。


「そ、それは……」

フェリックス様が口を開きかけた時、


「フェリックス!!!私の側を勝手に離れないで!!」

と豪華なドレスでエスコートなしでは歩き難かったであろうステファニー様が追いついて、そう声を掛けた。


フェリックス様は振り返り、


「あぁ、ステファニーすまないな。ちょっと捨て置けない事象が……」


「今、私のパートナーを務める以外に大切な事なんて何もないわ。私はこの夜会の主役なのよ?パートナーとして自覚して貰わなきゃ」

とステファニー様は可愛く首を傾げて、まだモゴモゴ言っているフェリックス様の腕に自分の腕を絡めた。



『この夜会の主役』かぁ……。確かに殿下の婚約者であるステファニー様はそう名乗るのに相応しいのかもしれない。


私が読んでいる物語には必ず主人公がいる。自分の人生の主役は?と尋ねられれば間違いなく皆は『自分だ』と答えるのだろうが、私は私の人生において、なんとなく脇役の様な感覚だ。

こんな風に堂々と……いや……そんな自分はやはり想像出来ない。

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