第19話
「推薦状?!任せて!!そうだ!ジェフリーにも頼んでみましょうよ!きっと快く引き受けてくれる筈よ?
公爵家から二通も推薦状があれば十分でしょう?」
アイーダ様に推薦状の件を相談したら、二つ返事で引き受けてくれた。
少しずつ、少しずつ。私の朧げだった夢が形になっていくのを感じる。
あやふやだった私の教師という未来の輪郭がはっきりと見えて来た気がしたそんなある日、久しぶりにフェリックス様からのお茶会の招待状が届いた。
あの夏の夜会からもう三ヶ月が経つのだと、私は改めて時の流れの速さに驚く。
あれからも、ステファニー様とフェリックス様の逢瀬の噂や、二人の仲睦まじさをたくさん耳にした。
何度か興味本位で私に『ねぇ、どんな気持ちでフェリックス様の婚約者の座にしがみついているの?』と尋ねてくる人が居た。……あぁ、そう言えばあれはステファニー様の取り巻きの伯爵家のご令嬢だった事を思い出した。
興味本位というより、嫌味だったか……と鈍感な自分に苦笑する。
まだ教師の夢が叶った訳ではない。両親にもまだフェリックス様との婚約を白紙に戻したいとも言えていない。
まぁ……伯爵であるこちらからそれを言う事は出来ないので、あちらから申し出て貰う必要があるのだが、私の今後を思ってフェリックス様が躊躇っているのなら、今こそ私がフェリックス様の背中を押すべきだろう。
よし、今週末のお茶会ではっきり言おう!
私は教師になるべく努力するから、フェリックス様は私など気にせず、彼の夢であるステファニー様の専属騎士になって欲しいと、私という足枷はなくなるから安心して欲しいと、そう言おう。
そう決めた私は力が入りすぎて、思わずお茶会の招待状を手の中でクシャっと握りつぶしてしまっていた。
「あれ?姉様、眼鏡は?」
「スープを飲む時、曇るから外しているのよ」
夕食時、眼鏡を掛けていない私を不思議そうに見ながらネイサンはそう尋ねた。
「ふーん……。僕はその方が良いと思うけどね。最近の姉様は……何だか前より明るくなったみたいだし」
そう言うネイサンは何だか少し嬉しそうに見えた。
夕食後、湯浴みを終えた私は自分の机について、クシャクシャにしてしまったお茶会の招待状を何とか手で皺を伸ばしていた。
力が入りすぎだと自分で自分が可笑しくなった。
ふと、横の本棚に並ぶ本が目に入った。私は立ち上がりその本を手に取る。それはフェリックス様から贈られたあの魔法使いの本だ。
私はその表紙をそっと撫でる。
フェリックス様から贈られた物は数える程度。この本と誕生日の朝に届けられる花束だけ。
私は一応毎年色々考えて誕生日プレゼントを贈っていたのだが、身につけている所を見たこともない。
想い出をなぞろうとしても、少なすぎて笑ってしまう。
私は窓際へ行き出窓を開けた。
すっかり夜風は冷たくなって、私は肩に掛けたショールを強く握る。
フェリックス様との想い出は少ないけれど、もしかすると、次のお茶会が最後かもしれない。
そう思うとちょっぴり胸がツキッと痛んだ気がした。
どうもセンチな気分になっている様だ。『最後』というキーワードに心が引っ張られているのかもしれない。
風が私の頬を撫でる。その冷たさに私の体はブルッと震えた。夜空を眺めると一筋、星が流れる。
「あ……流れ星……」
流れ星に願いを唱えるとその願いは叶うって私に教えてくれたのは誰だっただろうか。
私は心の中で『フェリックス様が幸せになりますように』と無意識に繰り返していた。
いよいよ、最後?かもしれないお茶会の日がやってきた。
私はフェリックス様から貰った本を抱えて家を出る。
ハウエル侯爵家までの道のりを馬車の窓から眺める。
いつもフェリックス様とのお茶会は気が重かった。何を話せば良いのかとか、何を言われるのか……とか。それを考えると段々と心が曇っていくのを感じていた。しかし、今日はもう違う。
私の心は今日の晴れた空の様にスッキリしている。ほんの少しの寂しさを抱えてはいるが。
侯爵家に着くと、いつものサロンに案内される。侯爵家でのお茶会といえば、このサロンだ。
すると珍しい事にフェリックス様が既に待っていた。
この前のカフェでの出来事が思い出され、私は咄嗟に謝罪した。
「お待たせして申し訳ありま……」
「約束の時間まではまだある。直ぐに謝るな」
「は……はい。すみま……」
「謝るな」
……あれ?さっきまでスッキリと晴れていた心が、曇り始める。
いやいや、今日は私の気持ちをきちんと伝えると決めたじゃないか。折れるな!心!と私は自分を鼓舞した。
「はい……」
「突っ立っていないで座ったらどうだ」
自分の前の椅子を指し示すフェリックス様に頷いて、私は椅子に腰掛けた。
「………………」
「………………」
沈黙が二人の間に積もる。するとフェリックス様が私が抱えて来た本に気付いた。
「それは……」
「フェリックス様から頂いた本です。昨日ふと目についてまた読み直してしまいました」
私は二人の間にあるテーブルにその本を乗せた。何度も何度も繰り返し読んだ本の表紙は少しくたびれていた。愛おしさを感じてそっとその表紙に私は手を重ねた。
「随分前になるな」
「はい。婚約が整って……翌月の私のお誕生日に下さいましたね。もう十年になります」
「もうそんなになるか……」
今日は何故かちゃんと会話が続いている。最後かもしれないというのに、皮肉なものだ
「……大切にしてくれていたのだな」
テーブルに置かれた本に視線を注ぎながらフェリックス様が言った。
「はい。私が『本の虫』になるきっかけをくれた本です」
「翌月のお茶会で……お前が興奮しながらその本について語っていたのを覚えてるよ」
私もその時を思い出す様に頷いて、
「ええ。すっかり夢中になって私ばかりお喋りしてしまって……フェリックス様に怒られましたよね?」
「怒った?!!俺は怒ったりした覚えはない!」
フェリックス様の大きな声に、私はビクッとなる。
「す、すみません……」
私はまた咄嗟に謝罪した。
「い、いや……すまん。大きな声を出して驚かせてしまった。……実は今日は、お前に話があってな」
珍しい……フェリックス様が私に謝っている……。
そして……話があると言ったフェリックス様の顔は少し緊張しているように見える。もしかすると……私とフェリックス様の気持ちは同じなのかもしれない。
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