▽第27話 獣兵計画

 イズレット粒子銃が引き起こす幽霊騒動から後日。

 訓練とトレーニングで九日目、十日目と過ぎていく日にち。

 キツくとも楽しい繰り返しの日常。そこに挟まる甘い休日。


「ほわぁ……」


 あくびを一つして、今日も私は起きる。

 今日で十四日目――二週間目の朝。


「ふん、うーっ! はぁ……っ!」

「んぅ? アルク?」


 起きたての体を伸ばせば、ベッドが揺れる。それで今日も今日とて隣で寝ているシエルの目が覚めた。


「あ、おはよ! 起こしちゃったかな?」

「起こしてくれた方がいい。アタシ、心地いいと寝過ぎるから」

「えへへ、私と一緒は心地いいんだ?」

「……まぁね」

「ヒュー」

「も、もう……好き」


 起きたばかりの会話をしながらシエルの可愛い顔を見ていると、抱き付いてくる。

 伝わってくる人肌の、シエルの温もり。

 私からも抱きしめて、二人で抱き合う格好になる。


「そういえば、今は何時?」

「朝の五時だよ」

「グーッド」


 それはそうと寝坊助を回避。一日のスタートは順調だ。

 私たちは素敵な一日の始まりを迎え、今日も訓練とトレーニングに赴くために支度をしていく。


  ※


 朝の部。

 やることは行軍訓練。10kgほどあるバックパックを持ち、周りの新人たちと一緒に指定されたルートを歩いていく。


「はぁ……はぁ……」


 長い旅路。朝の部を終えた次の昼の部も行軍訓練。

 まだ息は上がるけど肉体疲労にも慣れてきた。かなりの距離を歩いた気がするが、まだ歩ける。

 そうして昼の部も続いた行軍訓練。これが終わったのは夕方の部の時間帯であった。


「お疲れ、アルク」

「お疲れ様ですわー!」


 汗だくで疲労困憊なところにやってくるシエルとホトバ。

 夕日に照らされた光景に今日一日の訓練の終わりを見出す。


「さぁ、休憩室行きますわよ!」

「アルク、疲れてるでしょ? 行こっ?」


 私は「うん!」と即返事をして二人と一緒に休憩室へ向かう。

 そんな時、キョウコが正面から私に向かって歩いてきた。またなにかしらの用がありそうな表情をしている。


「あー、キョウコさん。なにかまた用ですか?」

「そうだ」

「なんか、いつもいつも使いっ走りにされてますよね?」

「私は教官や基地内の雑用がどうにも苦手でな。教え子がちゃんと出来ないとイライラするし、雑用ではカッコよくない。だからこういう管理者から託された仕事をするのが私の性には合うんだ」


 キョウコは真面目で厳しい。教官になったら鬼軍曹の如く頻繁に怒ってそうである。

 でも雑用は嫌という見栄を気にしているのは意外だった。


「さて雑談はここまでだ。アルク、001管理者から召集命令だ。至急管理部に向かってくれ」

「はーい」

「はぁ……伸ばさず、はい、だ。分かったか?」

「はい!」

「よし、さっさと行け」

「はいはーい!」

「アルク、お前!」

「あははは!」


 おちょくるのが楽しくて、ついついふざけてしまった。

 もちろんキョウコは説教をしようとするが、私は長くなりそうな説教をされる前に管理部へと走り去ることにした。

 逃げるが勝ちだ。


  ※


 キョウコの前から走り去って、行き着く先は管理部。

 召集命令を受けた私は「失礼します」と管理部へ入る。


「来たわね、アルク。最近の噂の中心人物」


 いつも通り迎えてくれる、メスガキもとい001管理者。


「噂?」

「そっ、アルクの噂がたくさん聞こえてくるの。ここに来て間もないのに教官との模擬戦に勝利もしくは引き分けに持ち込み、それでいて教官たちと特別に仲がいいスーパールーキーだってね」

「へぇ、そんな噂が……」


 知らなかった、そんな噂。

 しかしここ最近の周りの視線からして、そんな噂はあって当然だろう。


「まぁ噂話はここまで。本題に入るわ」


 噂話の次は本命の用事。

 001管理者はイスから立ち、雰囲気が変わる。


「実戦の日時が決まった。明日、ALPHA地点にて実戦を開始する。こちらの戦力は新兵が中心になる」

「実戦……相手は?」

「正規軍の機械兵士。向こうも、こちらと同じく新兵だよ」


 新兵同士の戦い。しかも相手は正規軍――神人類星間統一連盟軍の機械兵士。

 私の中に疑問と不信感が生まれる。


「ねぇ、管理者?」

「なに?」

「どうして戦う相手が正規軍なの? どうして新兵同士って詳しく分かるの?」


 なぜ管理者はこれから戦う相手が分かるのか、なぜ私たちは戦わされるのか。


「どういうつもりで私たちを戦わせるの?」

「踏み込むね」

「当たり前じゃん? 生きるか死ぬかの場所に行かされるんだから」


 ここにいるのが心地良くて忘れていたが、ここは戦うことが前提の軍隊だ。

 それでもこの戦いの目的、戦う意味、戦う理由、それらを知らされずに戦わされる訳にはいかない。例えこれが金を積まれた仕事だったとしても。


「いいよ、教えてあげる。元からアルクには教えるつもりだったし」

「下手に誤魔化さないでよ?」

「釘を刺さずとも噓は言わないよ」


 噓は言わないらしい。

 それでも疑いの気持ちのままで、私は管理者の言葉に耳を貸すことにした。


「獣兵のみんなが訓練をして戦いに出る理由。それはね、獣兵計画のためなの」


 獣兵計画。私たち、獣兵という存在の名前が付いた計画が出てきた。


「人類みんなを率い、管理し、その生活を守っている正規軍もとい神人類星間統一連盟軍は最近なにをしているか知っている?」


 次に出てくるのは私が生まれるよりずっと前、名称を変えながら約千年続く全ての国が集まった統一機構――神人類星間統一連盟の名前。

 そんな名前の出てきた連盟が最近したことを、私は「戦争?」と告げる。

 私が知っている範囲では連盟が星間戦争に勝利したとしか知らない。


「そうだね、間違ってない。でも……」

「でも?」

「連盟は人類文明と類似した星系国家との戦争で戦力をかなり消耗した。兵器類や機械兵士は当然不足気味になった。だから不足した機械兵士の代替として獣兵が出来たんだ」


 獣兵は消耗した機械兵士の代替。

 では、今のこの状況はなにか?

 なぜ兵士ではない私たちが獣兵になったのか?


「私……私たちが獣兵になった理由は?」

「検証のためだよ。本当に機械兵士の代替となれるのか、新兵から育てた獣兵はどれほどの戦力になるかってね。そのために社会貢献度が高くなく、拉致しても問題にならない人を拉致、改造……この惑星に送られてくるという訳」


 答えは代替となれるかの検証。検証のためだけに私たちは知らない内に拉致され、獣兵へと改造されていた。結局のところは異世界転生でも転移でもなかったのだ。


「これが獣兵計画。ここまで聞いて実戦には行けそう?」

「無理と言ったら?」

「計画の方針に従うなら殺処分。該当者の周りの人物も入念に調べられて、場合によっては周りの人物も殺処分になる」


 拒否すれば殺される。しかも自分だけじゃなく、シエルやホトバも殺されてしまうかもしれない。

 どの道、従わざるを得ない状況が既に出来上がっている。


「だから今は計画に従って、その上で生き残って」

「死なれたら実験データが取れなくて困るから?」

「そこまで人間性は終わってない。ただ単にみんなに死んでほしくないだけ。こんな計画のためなんかに死ぬ必要ないんだから……」


 001管理者はこの計画を良いと思っていない様子。

 私はてっきり緩い雰囲気なだけのマッドサイエンティストだと思っていた。そうじゃなかった。


「じゃあなんで無理と言ったら殺処分にするの? そんなの望んでいないのに」

「こちらの立場は自分の感情で決められるほど簡単じゃないの。もしもここで連盟に背く行動をしたら、代わりの人物が管理者になるんだよ?」

「……なに、代わりの奴が管理者になったら過酷な毎日になるって言うの?」

「うん……特に後継人が002管理者みたいな人物だったら、獣兵たちが物みたいに扱われてしまう。それは嫌なんだ」


 疑問をぶつけて、話を聞いていくと事情が見えてくる。

 こうして緩くしていられるのは001管理者のおかげ。他は過酷そのもの。

 これには「ごめん」と問い詰め過ぎたことも含めて謝るしかない。


「こっちこそごめん、実戦には行ってもらう他ないから……」

「まぁ事情知っちゃったら仕方ないよね?」

「本当にごめんね。だから必ず帰って来て、祈ってるから」

「オッケー!」


 管理者は立場上どうにも出来ず、計画の方針には逆らえない。

 私がなにかやれば殺処分が待っているだけ。

 だったらやることは一つ。実戦を戦い抜き、生き残るのみ。


「じゃあ明日の朝、七時までに管理部に集合。今日はもうゆっくり休んでね」

「あーい!」


 それを最後に、私は管理部を出る。

 明日はいよいよ実戦。

 私は明日で人生を終わらせる気はなく、明日のその先へ進むつもりで足を進ませた。

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