▽第26話 粒子が引き寄せていた者

 幽霊騒動の対処を終えてからの朝の部、昼の部。

 集まった新人たちと一緒に行うのはとにかく体を鍛えること。ランニングや腕立て伏せからスクワット、腹筋、その他色々のトレーニング。

 シエルとホトバが見守る中、私は実戦に備えて体力が限界でも根性だけで体を動かし続けた。


「はーい、ここまでですわ!」

「次は夕方の部。座学になるから、二十分後には第一多目的室に集合すること」

「それでは解散ですわ!」


 朝、昼と続いたキツいトレーニングは終わった。

 次は座学。ようやく体を動かさなくて済む時間がやってくる。


「アルク!」

「休憩室に行きますわよ」


 寄ってくるシエルとホトバの二人。両手に花の状況。

 もちろん教官である二人と親しいから、解散していく新人たちの視線が私に集まってくる。


「え、えへへ……!」


 他人から見れば特別な関係を持った教官と新兵の図。注目されて当然かもしれない。

 私は他人の視線が気になりながらも二人と一緒に休憩室へ向かった。


  ※


「ところでシエルとアルクはどういった関係なんですの?」

「私たち? 親友だよ!」

「そうそう、アルクとアタシは親友。とても親しい仲」

「親友ですの? なんだか怪しいですわねぇ」


 休憩室でそんな会話をして、シエルとホトバと共に休憩。

 それから十分後。次は座学。

 私たちは第一多目的室へと移動。再び新人たちの視線を浴びつつ、座学が始まる。


「今回はあなた方が扱う標準武器、イズレット粒子銃の基本を学習してもらいますわ!」


 ホトバは告げる。

 丁度朝に幽霊騒動の原因となったイズレット粒子銃の座学。

 解説のためか、シエルが起動していないイズレット粒子銃を持ってくる。


「今回は全員にイズレット粒子銃の取り扱い方を覚えてもらう」

「アタクシが解説と一緒に実演しますわ。よーく見ておきなさい!」


 イズレット粒子銃を取るホトバ。解説役となったシエル。


「まずは起動の仕方。銃の下部、粒子発生器にボタンが付いている。ここを押すことで発生器が起動し、発砲可能となる。また使用停止時も同様にこのボタンを押すことで稼働を停止、発砲を封じた安全な状態に出来るよ」


 まずは朝に教えてもらったところの解説。

 ホトバが銃の底面を向けて、分かりやすく起動と停止の実演をしてくれる。


「ちなみに稼働した状態で長く放置していると、霊などを引き寄せる代物と化す。酷い時は異界のモノを目にすることもあるし、危害を加えられることもある。戻す時はしっかり稼働を停止させてね」


 イズレット粒子怖すぎ。

 そう思っていれば次はスペックについての長話が始まる。

 長話を要約すると、イズレット粒子銃は機械兵士の装甲に大きいダメージを与えられる上に重量も軽く抑えられ、理論上は専門の知識がなくても起動ボタン一つで誰でも扱える弾数無制限の銃ということ。

 もちろん発砲の加熱で銃各部に負荷が掛かるから連射し続けられる訳ではない。模擬戦時に使っていたホトバの銃のように冷却が必要。

 そして最大のデメリットは長時間の稼働で霊などの異常現象を引き寄せてしまうこと。

 だから長期の作戦では長時間稼働させないように注意が必要らしい。


「次は銃をバラしてのメンテナンス。ホトバが実演するから見ててね」


 そこからホトバはイズレット粒子銃を簡単に分解。部品単位の状態にした。

 構造は思ったより簡単で部品はそこまで多くない。


「これが粒子発生器、この部品がイズレット粒子銃の心臓と思ってね。もしも起動ボタンを押しても起動しない場合は正しく入っていないか、壊れてるかだよ。もしも壊れていた場合はすぐ交換すること」


 銃に差し込むだけで簡単に交換可能なカートリッジ式の粒子発生器。

 シエルが片手で持てるサイズ。粒子発生器は予備の持ち運びも交換も簡単そうに見えるサイズ感だった。


「次にこれは――」


 そうやってシエルは次々と部品を解説。

 全部でざっと15個くらい。

 全部の部品の解説が終わると、ホトバは銃を組み立てて元の状態に戻した。

 そこから解説はまだまだ続いた。


  ※


 イズレット粒子銃の座学が終わり、夕食の時間。

 私とシエル、ホトバのいつものメンバーで食堂に行き、いつもの如く窓際で端っこの席にて食事を取っていた。


「白身魚に漬物に、白飯が進んでうまうまですわー!」

「うんうん!」


 ホトバもシエルもガツガツと夕食を食べる。

 今日も夕食が美味しい。職場の深夜残業でカップ麺を食べるよりも遥かに胃が喜ぶ。

 それにシエルとホトバがいて楽しい。

 とても良いひと時だ。


「ひゃぁー美味かったですわー!」

「満腹、ごちそうさまでした」

「二人共食べるのが早いねぇ」


 私がまだ食べ終えてないのに対して、二人はもう食べ終えてしまった。

 食べ盛りで可愛いねぇ、なんてどこぞのババアみたいなことを思うが、私はまだ26歳である。


「おい、少しいいか?」

「あえ? キョウコさん?」


 そんなババアをやっている時、キョウコが私たちのところへやって来た。


「アタシたちに何の用なの、キョウコ?」

「今朝の起動したまま放置されていたイズレット粒子銃についてだ。調査が終わったので結果をお前たちにも教えに来た」


 今朝の幽霊騒動。シエルが持ち主の調査依頼を出した結果が今来たようだ。

 どんな可愛い子がやらかしたのか、聞いていよう。


「どうだった?」

「自殺していたよ、シエル」

「203の人たち全員?」

「いや、自殺していたのは一人だけだ。二ヶ月前の実戦で203号室に住んでいた四人の内三人が死んでいるからな。トラウマを負ってカウンセリングを受けていた最後の一人が後を追うように旅立った感じだ」

「そう……」


 調査の結果は悲惨の一言。

 そこに可愛さはなく、やらかしどうこうの前に持ち主の暗い結末があるだけだった。


「それとイズレット粒子銃は二ヶ月前の実戦後、つまりカウンセリングを受けてから一度も触った形跡はないみたいだ」

「自分の隣で生きていた仲間が突然死んで、辛くて、粒子発生器を停止させるのも忘れていたのかもね」

「そうだろうな。もはや同情しか出来ないことは悔やまれるが……」


 さっきの楽しい雰囲気は消えた。

 シエルもキョウコも表情が薄ら暗く、ホトバも調査結果を聞いていて明るくない。

 今はただ食べ終えてない食事をしながら死者が幸せでいることを願うだけだった。


  ※


 場の空気が暗くなった食事を終えて、私たちはそれぞれの部屋へと戻った。

 やることは寝支度。

 寝支度を終えたら、寝間着の状態で自室のベッドに入る。


「アルク」

「いいよ、おいで」


 もちろん今日もシエルがベッドに入って来る。

 しかしいつもと違って、甘えモードではない。


「ねぇ、アルク」

「なーにかな?」

「死なないでね」


 シエルが強く抱き付いてくる。

 今回の調査結果に影響を受けてしまったのか、私の体にピッタリとくっ付いたまま離れようとはしない。


「大丈夫。私は死なないよ」


 シエルの不安を訴える目。

 私はその不安を払うようにシエルを撫でる。


「じゃあ寝ようか」

「うん……」


 姉のように、母のように、寄り添って寝る。

 そうしようとした時、ピンポーンとチャイムが鳴った。

 こんな夜中に何の用だろうか。用を聞くためにも体を起こしてベッドから出る。


「アルク、一緒に行こうか?」

「あ、大丈夫。先に寝ていて、早く戻ってくるから」


 待たせるのも悪い。

 私はシエルをベッドに残して足早に自室を出た。すぐにリビングへと移動し、インターホンに「お待たせしました」と出る。


「武器庫に来てください。今朝のことでお礼というか話したいことがあります」

「はーい、今行きますね」


 インターホンの映像に映るのは猫耳のメガネ娘。

 用だけ伝えてくると早々にインターホンの映像から去っていった。

 下着丸出しの寝間着だが、夜だから見られないだろう。私はすぐに部屋を出て、一階の武器庫に行く。


「待っていました」


 武器庫に着くと、出入り口付近でインターホンの映像に映っていた猫耳のメガネ娘が言葉通りに待っていた。


「お礼らしいですけど、どんな用ですか?」

「こっち」


 暗い武器庫の中。

 電気も点けずに彼女は暗い武器庫内へ入っていく。

 私はその後を付いていき、電気を点けて武器庫へ入る。


「ありがとうございます、武器をちゃんとしてくれて」


 背を向けられたままのお礼の言葉。


「これで私の友達は心残りなく静かに眠れます」

「いえいえ、どういたしまして! シエルがほとんどやったようなもので、私はやり方を覚えていただけで――」


 背を向けていた猫耳のメガネ娘は消えた。


「あれ?」


 あまりにも突然のこと。目を瞬きした次の瞬間には既にいなかった。

 周辺を探しても彼女の姿は見当たらない。

 今見ていたのは誰だったんだろう?


「うーん、まぁいいか」


 いないモノはいない。

 私はもしかしたら自殺者の仲間が幽霊として出てきたのかな、なんて思いながら自室に戻ることにした。

 今日はもう寝よう。不思議と怖くない今の内に。

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