▽第11話 軍構造のブレックファスト
模擬戦――私の初めての戦いは終わった。
しかし無事に終わったという訳ではない。
バツザンは倒れたままで動けず、私は怒りに任せて無理に体を動かしたことから全身が悲鳴を上げていた。
「おい、アルク」
「……はい」
「動けるか?」
「無理です」
「はぁ……少しこのままか」
まさに今、誰も動けなかった。
二人きりなのに二人揃ってダウンしている。
誰かが来てくれるか、体が動かせるくらい十分に休んでからじゃないと、どうにも出来ない。
「アルクー?」
私を呼ぶ声。聞き覚えしかないシエルの声。
「シエル?」
呼び声に返事して、戦闘訓練室の出入り口で立っているシエルに視線を移す。
目と目が合う。その瞬間、シエルがこちらに走り寄ってきた。
セーラー服で走り寄ってくる姿がとても可愛い。
「エコー286もといキョウコから模擬戦やってるって聞いた。もう終わった?」
「うん、丁度終わった感じ。そんでもって私もバツザンもぐったりしてる」
「バツザン……シエラ806のことね」
バツザンが誰かをシエルは理解。
続けて「体はどう?」と心配が来た。
「結構痛いけど大丈夫。少し休めば動けると思う」
「じゃあアルクのこと持ち上げて行くね?」
「え、なんで? 少し休めば動けるよ?」
「朝ごはんの時間だから。アタシ、お腹空いてる」
聞けばシエルは腹ペコさん状態だった。今すぐにでも食べたいんだろう。
ここで体を休めている暇はなさそうだ。
「行くよ」
「あ、あの、お手柔らかにね」
「ラジャー」
そうやってシエルにお姫様抱っこをしてもらう。
お姫様な気分はない。
だけど身長差もあって、年の差もあるはずのシエルに抱っこされるのはギャップがあって、これはこれでまた良い。
今度は私がお姫様抱っこしてあげなきゃ。
「へ……シエルか。可愛い名前をもらってるじゃねぇか、シエラ805」
「アタシは気に入ってるよ、アルクからもらった名前」
「俺と同じだな、シエル。俺も気に入ってるよ」
上半身を起こしたバツザン。
シエルと話す口振りは確かに同期と思わせるくらいに親しい。
「ここの片付けは俺がやっておく。お前らは先に行ってろ」
「分かった。じゃあ、また食堂でね」
「あぁ」
同期の二人のやり取りは終わった。
バツザンにここの片付けを任せ、私はシエルにお姫様抱っこされたまま食堂へ向かうこととなった。もちろんカゴに入れた荷物を忘れずに持っていきながら。
※
戦闘訓練室を出て数分後。
私はシエルにお姫様抱っこされたまま食堂へ移動。
この食堂もまた大きく、戦闘訓練室ほどではないが、内部は広い。その広さに釣り合うくらいに来ている人数も多い。
「降ろすよ。自力で立てる?」
「うん、大丈夫」
お姫様抱っこから降ろしてもらって自力で立つ。まだ疲れは取れていないけど、歩くのに支障はなかった。
「アルク、荷物が邪魔でしょ? 先に二人分座るところ確保して、荷物を置いて待っていて。あ、なるべく端っこがいい」
「はいよー」
ここの食堂の利用は初めて。知らない顔の人間が何人もいる。
まるで右も左も分からないのでシエルの言う通りにすることにした。
「端っこ端っこ……空いてるね」
食堂の隅っこ。窓際の席とテーブル。その端っこ。
見れば運のいいことに誰も座っていない。ラッキーである。
私は荷物を持ちながら、見つけた良さげな席へと移動。誰かに座られてしまう前に急いで座って確保し、横の席に自分の武器と荷物を置く。
「よっしゃ、確保」
満面のドヤ顔で辺りを見渡す。
私と目が合ってドン引きな顔する奴もいれば、仲良しグループで楽しく食事しているのもいる。
そしてシエルの姿。二人分のトレーを用意して、朝食を受け取っている。
「まさか私の分まで……」
私の分までやってくれるのは内心嬉しい。でも二人分は流石に持ちにくいはず、朝食をうっかりこぼして汚れてしまうこともあるかもしれない。
そう思って私は席を立って手伝いに行こうとした。が、シエルはあっという間に二人分の朝食を取り終えていた。
「うお、流石過ぎる」
シエルは二人分の朝食を乗せたトレー二つを難なく持ってくる。なにかをこぼすことも落とすこともなく、確保した席に朝食が運ばれてきた。
「おまたせ」
「ありがと、シエル! 二つ持ってくるなんてすごい!」
本当にすごい。私はシエルの頭を撫でた。
シエルはほんのり顔を赤くして「……どういたしまして」と言う。少し口角を上げて照れている姿はとても可愛いねぇ。天使だねぇ。私はもうおじさんだねぇ。
「さ、さぁ、食べよ?」
「うん!」
照れながらもお腹を空かせているシエル。淑女たるもの応じて、対面に座るシエルからテーブルに置かれた目前の朝食に視線を移した。
「ほーん。結構ちゃんとした朝ごはん」
つい出た独り言。それほどにしっかりとした朝ごはん。
日本人として親しみのある白飯と豆腐の味噌汁に、目玉焼きとウインナー、紙パックの牛乳まで付いている。
「いただきます」
「いただきます!」
私はテンション上がってシエルと一緒に朝食を食べ始めた。
もぐもぐのもぐ。味測定器、5000兆点。
大袈裟だけど実家の朝食ではこんなの食べたことなく、大体飲み物だけで済ますか、飲み物に加えてパンを一つ食べるかだけ。それに比べてここの朝食はガッツリ食えて美味しい。
「美味い」
「はむっはむっ」
それに模擬戦で激しく体を動かした後なのもあって食事が一層美味しい。口に入った食べ物が体に入り、自らの骨肉になっていくのを感じれる。
シエルなんてもう、その可愛い容姿に似合わず男児並にガツガツと食っている。食べ盛りという感じで可愛い。
「アイツだ、あそこで飯食ってるアイツだよ」
「へぇー、あれがお前にも名前を付けたアルクって奴か」
そんな時、聞こえてくるバツザンの声と知らない男の若い声。私のことを話している。
せっかく美味い朝食に集中しているのになんだろうか。
「アイツの武器に合わせたとはいえ、俺を倒した奴だ。アルクもアンと同じかもしれないぜ」
「お前がそこまで見込むとはな。アンもそうだったが、可愛い顔してる方が強いのかね」
バツザンたちの話し声が私の方に近付いてくる。
もちろん可愛いと言われるのは悪い気分じゃない。けど、知らない人間と対面するのは緊張する。
「おい、シエラ805……いや、今はシエルだったか。俺たちも一緒にいいか?」
シエルに話しかける知らない男の声。
私とシエルは声の主を見上げる。
「あ、リマ60」
シエルがリマ60と呼ぶ男性。
短髪で黒茶色の髪、可愛い丸みのある黒色の獣耳が生えており、黒茶色の髪と同じ色の尻尾は小さくて先端が黒い。なによりもバツザンとは全然違う端正な顔立ちをしている。のだけど、コイツもバツザンみたいに悪人面だ。
なぜこうも揃って悪人面なのか。この世界に疑問は尽きない。
「アタシの隣が一つ空いてるよ」
「俺はシエルの隣より、そっちの新人が気になる。隣はバツザンに譲るよ」
「横失礼するぜぇ、シエル」
「うん」
そしてシエルはこんなヤバい奴らを受け入れた。
バツザンはシエルの隣へと座り、もう一人の方はわざわざ他の席からイスを持ってきて私の横に座る。
「と、トレー置きにくいですよね? ちょっと移動させますね」
「悪いな、助かるぜ」
流石に人数が多くなると、トレーを置きにくそうなので場所を空けてあげた。それに対してリマ60は荒くない口調でお礼を言う。
やはりバツザンと同様に悪人面なだけで内面は普通なのか。
「フフフ……」
「へへへ……」
しかし悪人面の二人は朝食を食べ始めながら、こっちをじっくり見てきた。
怖い、可愛い、怖い、という感じで私の視界にある絵面は実にカオス。
バツザンとリマ60の内面は普通なのかもしれないけど、わざわざ私にギラギラとした目を向けてくるのはかなり怖い。
「食べないのか?」
「た、食べますぅー……」
そうして私はまじまじと二人に観察されて、縮こまりながら朝食を頂くのであった。
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