▽第10話 試される力

 戦闘開始までのカウントダウン。

 7・6・5……


「がんばれ」


 ……3・2・1


「がんばれ」


 戦闘開始までほんの少し、その前にほんのり自分へ応援。

 そしてカウントダウンは0を示した。

 3Dホログラム表示で私とバツザンの間に〝戦闘開始〟の文字が大きく出てくる。


「行くぞぉぉぉーっ!」

「く、来る!」


 バツザンが一気に動き始めた。その小太りな体から想像出来ないほどの身軽な横っ飛びで一気に移動し、私を狙う銃口からエネルギー弾が放たれた。

 迫ってくるエネルギー弾。ゲーム内でさえ一瞬しか見えない弾がハッキリ見えて、咄嗟に横っ飛びで避けた。


「なに、今の……」


 人間とは違う感覚。今の一跳びで元の場所から2mも離れていた。


「猫だから、だからこういうことが……?」

「戸惑っているのか、アルク!」

「は、はい!」

「だったら戸惑う暇なんてなくさせてやる!」


 バツザンがまたエネルギー弾を放つ。

 また弾がハッキリ見えて避けた。が、今度は次々とエネルギー弾が飛んでくる。


「ヤバッ!」


 次も避ける。その次も避ける。

 人間と違う感覚に戸惑う暇も、疑問に思う暇もない。

 今は避けるのに全神経を集中させて何度でも避け続ける。


「武器の知識も戦いの経験もない癖によく避ける。だがな!」

「くっ!」

「撃ってこないのは、負けてるのと同じなんだよ!」


 そう言われても撃つ余力がない。今は回避に集中していて、それどころじゃない。


「これで当たりやがれ!」


 私は次のエネルギー弾も横っ飛びで避けた。でも、避けた方向にエネルギー弾が迫っている。

 偏差射撃。ゲームでも見たテクニック。

 弾がハッキリ見えていても足が浮いている今は避けられない。


「うぎぃッ!?」


 当たった。電撃みたいに肌を刺す鋭い激痛。

 汚い声を出してしまった。あまりの激痛に体勢が崩れ、四つん這いになってしまう。


「痛ぅ……声出ちゃった……」

「どうしたぁ? もうギブアップか?」


 非殺傷モード、それもゲームでは環境底辺の武器なのにこんなに痛いとかヤバすぎ。

 大人しくギブアップしておこう。こんな激痛は二度と受けたくない。


「ギブアップでオナシャス……」

「ギャハハハハハ! まだダメに決まってんだろ!」

「ぐぅッ……!」


 また撃たれて激痛が走った。

 四つん這いの状態から立てず、バツザンの嘲笑いが耳に残る。

 もう模擬戦をやめたい。そう思う一方で強制的に模擬戦に連れて来て、ギブアップすらも許されずに痛めつけられて楽しまれるのは腹が立った。


「立てよ、もっと試させろよ! 必死に頑張る無様な姿を見せてくれよ!」

「うぅ……そんなに、見たい?」


 ムカつく。ウザイ。

 むかむかと内側から、心から抑えられない感情が駆け上がってくる。


「見てぇ!」

「ぐぅぅぅ!」


 また撃たれて痛い。

 殺したい。


「さっさと見せてみろよ、このアマァ!!」


 殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!


「ぶっ殺す」


 痛みを忘れて全身に力が入る。

 そして一気に跳ぶ。アイツ、バツザンのいる前方へと。


「ようやく本気になったなぁ!」

「……ッ!」


 バツザンが後ろに跳んで、距離を離しながらまた撃ってくる。だったら撃ち返す。

 手に持ったマルチプルエネルギーガンの引き金を引いてエネルギー弾を放つ。

 行き交う弾の輝き。バツザンは弾をしっかり見て体を傾ける程度の最小限の動きで避けた。だから私も同じようにして避ける。弾は輝きながら互いを通り過ぎていく。


「へッッ! 撃つっていう選択肢が頭にあるんだな!?」

「うるせぇ!」


 もう一度撃つ。何度でも撃つ。

 撃ち返される。何度でも撃ち返される。

 弾を見極め、体を傾けるだけで避け続ける。バツザンも同様にして避け続ける。

 そうやって攻撃と反撃を繰り返して距離を狭めていく。


「来いよ、来いよぉ!」


 撃っても撃っても当たらない。

 つまりはバツザンも私と同じく弾がハッキリ見えているということ。チャージして一撃必殺を狙ったとしても避けられるのがオチ。


「それなら!」


 だからチャージせず乱射。今度はしっかり狙い過ぎず、攻撃を見切られないようにデタラメに弾をばら撒く。


「なに!?」


 回避しようと動けば当たる。

 もちろんバツザンはそれを理解しているようで、下手に動かない。流石に高い階級の銀組というべきか。

 しかしこれで動きは封じた。次弾はしっかり狙った一発を送り込む。

 動いても、動かなくても、もう避けられないところに来た。


「ぐぁっ!?」


 やっと私の弾が当たった。

 でも、私と違ってバツザンは立ったまま耐えた。

 動きは見た目と裏腹に素早いけど、根性は見た目通りだ。


「まずは一発目。もう二発返してあげる!」

「へ、へへへ……しっかり出来るじゃねぇか。やり返したいなら、もっと来いよ!」

「お望み通りに!」


 口では強気でも、バツザンは動きを止めている。

 今がチャンス。二発分を即座に返して黙らせてやるために、その懐に一気に飛び込む。


「それはあまりに一直線なんだよ、バカが!」


 銃口が私に向いて、またエネルギー弾が放たれた。

 バツザンの狙いは精確。一直線に飛び込んでしまったのもあり、回避は出来ない。

 これでいい。

 私は構わずマルチプルエネルギーガンを撃つ。


「なっ!?」


 回避が出来ないなら相殺してしまえばいい。

 相手の弾道に被せての発砲によってエネルギー弾同士をぶつかり合せ、弾けさせて弾を消した。


「こんな芸当を……」


 私は驚くバツザンの目の前に迫った。

 これで互いの距離は至近距離。撃たれてから弾を見切って避けるのは不可能だと思える距離。


「ハハハ、試して良かった!」


 先に撃つのはバツザンの方。


「お前は――」


 銃口と引き金に目を向け、発砲される直前のタイミングで回避動作。撃たれてからのではなく、撃つ直前を見切ってエネルギー弾を避けた。

 次はこっちの番。


「化け物だぜぇ!!」


 マルチプルエネルギーガンの引き金をキッチリ残りの二回分引く。

 私が受けた分だけ直撃させると、バツザンは膝をついた。


「どう? 試した気持ちは?」

「最高だぁ……」


 模擬戦の勝敗が決まる。

 膝をついていたバツザンは痛みに耐えかねたのか、崩れるように倒れ込んだ。

 私は勝った。しかし気分は怒り全開で不愉快。勝ち誇るよりも怒りのままに暴力をもっと振るってやりたい。でもこれ以上は過剰だと理性が分かっている。


「はぁ……ふぅ……」


 私は仕返しを終えた。もう終わったのだ。

 頭の中を支配していた怒りを閉じ切って感情を抑える。


「終わり。もう終わり」


 最後に自分に言い聞かせる。

 私の初めての戦いは終わったのだ。

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