▽第6話 三人目の名有り

 私はエコー286に連れられて第七兵舎を離れた。

 外は冷たい風が吹いていて涼しく、太陽の光を浴びれるほどに快晴。

 心地良い天気だ。


「おっとと……」

「大丈夫か?」

「あはは、大丈夫ですー」


 でも状況は最悪。

 普段履き慣れていないヒールサンダルだから歩きにくく、エコー286に付いていくのがやっとのこと。

 長時間歩いて疲れた昨日より、今日の方がもっと疲れそうだ。

 今度はシエルに言われた通りにし過ぎず、流されないように自分が一番履き慣れているものを選ぼう。そうしよう。


「さっきから気になっていたのだが、貴様たちの呼び名はなんだ? 貴様はシエラ805をシエルと呼んでいたようだが……」


 私が歩くのに苦戦している一方でエコー286から疑問がやって来る。

 その疑問は当然といえば当然のこと。私とシエル以外は管理名で呼び合っているようなのだから。


「名前を付けたんです。管理名で呼ぶのは人間味がないというか、まるで人扱いしてないみたいでなんか好きじゃなくて……」


 そして私は名前を付けた動機など、彼女の疑問に答えた。


「なるほど。だから名前を……」

「名前付けます?」

「名前か。ECHO・1-286・角組三級という管理名が当然になっていて久しく忘れていた、自分が名前を忘れているのも」


 この人も私やシエルと同様に自分の名前を忘れている。

 となると、この基地のみんなは自分の名前を忘れているんだろうか。


「まぁ私は名前にそこまでこだわりはない。今のままでも別にいい」

「じゃあ勝手に付けますね!」

「あぁ、貴様が呼びやすいように勝手に付けてくれ」


 とりあえず本人の許可は得た。

 私は彼女の名前を考える。


「うーん、じゃあエイコ! エコーだから」

「こだわりはないと言ったが、やはりもっとこだわってほしいかなぁ……そういえば貴様の名はなんだ?」

「あ、私はアルク。昨日たくさん歩いたから」

「な、なるほど」


 なんかネーミングセンスを疑われた気がする。

 それはそうと、もう一度彼女の名前を考える。

 彼女はキツネ。そこにエコーの意味――反響。それらをいい感じにこねこねして出てくる名前。


「キョウコ。どう?」

「キョウコか」

「エコーの意味――反響の響とキツネを合わせて響(キョウ)狐(コ)ってこと」

「次はどんなものが来るかと思えば、意外といい名前じゃないか。気に入った」


 私が考えた名前を気に入ってくれた様子。

 良かった、これで拒否されていたら本当にネーミングセンスゼロ。名付けに自信がなくなるところだった。


「今日からはキョウコと名乗ろう。さてアルク、支給品まで案内してやる。しっかり付いて来い」

「はーい、キョウコ!」

「さんを付けろ。それと敬語も使え。一応階級のある軍隊なんだから」

「あ、ごめんなさい、キョウコさん」


 やっぱりここは軍隊。

 シエルとの関係が特別なだけであって、キョウコにはちゃんと敬語を使うことにした。

 それから会話は特になく、私は慣れないヒールサンダルの感覚を掴むのに必死になって歩き続ける。


「アルク、ずっと歩きにくそうにしているが……歩くの大丈夫そうか?」

「えへっ、歩くだけにダジャレですか?」

「ちょっ違う! 私は心配しているんだ、からかうんじゃない!」

「あはは! 分かってますって!」


 心配から再開される会話。

 相手の気分を害してしまうかも、という一方でキョウコをからかうのは楽しい。


「はぁ……それで大丈夫なのか?」

「なんとか。歩いててコツみたいなのを掴めてきてます」


 そして歩いている内にヒールサンダルに慣れてきた。

 さっきまで生まれたての小鹿みたいに歩くのに苦労したが、今は人並みに歩けるレベルになってきた。これでキョウコにちゃんと付いて行ける。


「上達が早いな」

「いやぁ、こういうのは昔から慣れるのが早いんですよね!」

「なるほど。貴様もアイツと同様か」

「え?」

「シエルの元同居人のことだ」


 また先人の話。シエルはなにか引きずっているようだし、キョウコもなにか知っている様子。

 かなり気になるけど、踏み込めば暗い話が待っているかもしれない。変に嫌な記憶を掘り起こさせないように今はあまり先人の話題に触れないでおこう。


「しかし面白いことだ。アイツも貴様も自分に名前を付けていたところも同じとはな」

「へぇー、先人も名前を……」


 先人の話題に触れないでおこうとした矢先、向こうから先人の話題を振ってきた。

 もしかして私は先人の生まれ変わり、というのは流石に違うだろう。

 同類、もしくは近似値か。どれにしても中々面白そうな人だと思った。


「その人の名前はなんて言うんです?」

「ROMEO・1-100・王組一級」

「あ、管理名じゃなくて、その人が自分で付けた名前です」

「アンだよ。彼曰くあんこが好きだからアン、だそうだ」


 安直。私と同類かもしれない。なんてネーミングセンスに親近感を感じる一方で、私はなにか引っかかった。

 今一度キョウコの発言を脳内で巻き戻し、再生する。


〝アンだよ。彼曰くあんこが好きだからアン、だそうだ〟


「彼……? 彼!?」


 キョウコの発言を振り返り、私は驚くしかなかった。

 こんな中々刺激的な服を着ていた先人はまさかのまさかで男だった。


「こんな服着ていたのが男!?」

「そうだ。私も最初は驚いたよ。容姿は本当に身長が高いだけの女そのものだったんだからな。あれが男なんて想像に出来なかった」

「つまりそんな男の娘がいたってこと!?」

「あ、あぁ、そうだな。男の子がいた」


 キョウコはあまり男の娘に詳しくないようだが、まさか絵や文字、画面の向こう側だけにいると思っていた存在が実際にいたとは驚きしかない。

 しかも素で女と変わりない男ともなれば珍獣レベル。男の娘な先人がまだ生きてる間にその姿をこの目に焼き付けたかった。


「それはともかくだ。着いたぞ、補給倉庫だ」

「え、あぁ、はい」


 男の娘である先人のことが気になって、キョウコの話が頭に入ってこない。


「ほら、しっかりしろ。そんなにシエルの元同居人が女装した男だったのに衝撃を受けているのか?」

「イエスオブイエス」

「はぁ……まぁいい。とにかくお前の好みのものを支給してやる。もちろん全部寄越せはなしだ」

「オッケー」


 だから今は男の娘である先人のことを頭から引き剥がす。

 今まさに集中すべきはキョウコの話。先人のことではない。

 ちゃんと支給品をもらうためにも話を聞いておかないと。


「よし、行くぞ」


 そうして文字通りにキョウコの手により、生体認証装置のセキュリティを解除。

 閉じ切った補給倉庫の大扉が自動で開く。

 頭を支給品のことに切り替えて、私は補給倉庫の中へとキョウコに付いていった。

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