▽第4話 私はアルク
「うゅ……ん……?」
ぼんやり目が覚める。
意識がハッキリしてくると目に見えるのはコントラスト値を下げたような灰色の視界。
でも不思議と天井や照明の形はハッキリ見える。
「なに、これ……」
強烈に違和感のある視界。
目を窓にやる。外からの光はなく、カーテンの隙間から見える外は暗い。
もう日中の時間帯ではない。では、今は何時なのか?
私の寝ぼけは一気に覚めて上半身を起こす。
「よく見える」
部屋の光景も見える。
先人が残した家具、小物、それら遺品。
デジタル時計は午後八時を示している。今は夜だ。
「夜なのに。猫だから?」
「猫だから」
「っ!」
私の疑問に答える、シエルの声。
開きっぱなしの部屋の扉からシエルが顔を出している。
「シエル?」
「うん、やること終わったから様子を見に来た」
そのままシエルが全身を現す。その姿は寝る前に見たセーラー服の姿だが、機械や機材の類は身に付けていない。
本当にやることを終えたのだろう。
シエルが部屋に入ると慣れた手付きで電気を付け、部屋を明るくした。すると視界が灰色から元の色彩に戻る。
「とりあえずお風呂入ろう」
「今から?」
「汚いでしょ、足とか」
寝ていてすっかり忘れていたが、私は裸足で外を歩いて汚い状態。
改めて自分の足を見ると、やはり汚かった。
「確かに汚いわ」
「はい、こっちこっち」
「わはぁー!」
私はシエルにお姫様抱っこされて、風呂場に連れて行かれる。
見た目では想像出来ないほどの力持ち。美少女に持っていかれるのは、それはそれで悪くない。
「ここ、脱いで」
「これからあっはんうっふんって感じ?」
「……エッチ」
「あはっ☆」
そして風呂場に到着。
自分の足で立ち、これまで着ていた部屋着を脱いではすっぽんぽんになる。
「あれ、シエルもぉぉぉぉ……」
シエルもお風呂に入るのか尋ねようとしたら、シエルもすっぽんぽんになっていた。
綺麗。同性でも、そう思えるシエルの裸体。
言葉が続かなくなって見惚れてしまう。
「ん?」
「一緒に入る感じ?」
「うん、洗うの手伝う。その代わり洗うの手伝って」
「お、おん!」
まさかのまさか。一緒に入ることになって、つい返事が変になってしまう。
そしていよいよお楽しみタイム、サービスシーンの始まりである。
「先に洗って。手伝うから」
「はーい」
私は今、謎の光や湯気で隠されていない生の現物を見ている。
きっとこのシーンを第三者が見る頃には全部隠されてしまうんだろう。
「こっちずっと見て、どうしたの?」
「なんでもー?」
しかし私は変態ではない。
ただそこに裸体の美少女がいる。私は滅多に見られない珍しい一瞬一瞬を見ているだけなのだ。
「目、血走ってる。なにか目に入った?」
「なーんでもないよー、あ……」
頭の予洗いでシャワーのお湯が目に入った、と同時に一緒に髪の毛も入りました。大変痛いです。
痛くて目を開けられなかった私はしばらくのお預けを食らいながら頭を洗い終え、髪の毛や水滴を拭って目を開ける。
そうして再び目の保養タイムの始まり。
ちゃんとシエルの体を目に焼き付け、お風呂の時間は過ぎていった。
※
残念ながらサービスシーンは終了だ。とでも思ったか。
お風呂から上がった私は今、すっぽんぽんでシエルと一緒に濡れた体を拭いている。
「プルルルル!」
「ヴぇ!」
犬の耳と尻尾が生えているからだろうか、シエルが犬の如くぶるぶる体を振るう。
あちこちに水滴が飛び、もちろん私にも水滴が付く。拭いた体がまた濡れてしまった。
「シエルぅ……」
「ごめん。アタシの癖なの」
「うーん、先にシエルから拭いた方が良かった」
シエルの声色に反省の色はない。もう直しようがない癖なんだろう、仕方ない。
それよりもまだ濡れた体でリビングに行こうとしている方がまずいと思う。
「シエル、拭いてあげるよ」
「いいの?」
「いいよ、おいで」
「うん」
有言実行。手間はあるけど、私の手で先にシエルから拭いてあげることにした。
「んぅ」
「どう? 痛くない?」
「大丈夫」
幼子を扱うように優しく、それでいて濡れた箇所を残さないように一通り全身を拭いてあげる。
だけど私が比較的短髪なのに対して、シエルは長髪。乾かすのには手間がいる。
「ドライヤー使うね」
「熱くはしないで、ね」
「任せなさい!」
こうやって他人の世話をしていると、シエルが妹のように思えてくる。
愛おしい。そういう感情が湧いてくる。
「これくらいでいいかな」
「ありがと」
シエルを乾かし終えてリビングに行くのを見送る。
「あ、シエル」
「なに?」
見送ろうとしたけど、呼び止める。
丁度彼女に言いたいことがあった。
「私の名前、今日からアルクって呼んで」
「アルク……歩くから?」
「そう!」
私の新しい名前を彼女に告げた。
今日から私はアルクだ。
「ふふ、アルク。よろしくね」
「うん、シエル!」
笑みを見せるシエル。私は笑顔で返す。
そして拭き終えた裸体で、着替えを探しに部屋の中を旅するのであった。
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