第8話 二人の戦い
ギルド所有の闘技場。
その控え室にて、レノが静かに息を整える。
ドラゴンとの連戦に近い形だが、カミラから貰った回復薬で疲労は回復し、精神的な疲労は彼にはない。
それは彼の特異性であり、一人で魔王軍と戦い続けられた理由でもあった。半永久的に続く、深い、深い集中。
「作戦は必要か?」
「いらないわ」
軽く首を振り、彼女が返す。
傲慢でも何でもなく、それが自分たちの最善手だと確信しているから彼女の表情は揺らがない。
転生のせいで互いの身体能力も把握しきれておらず、相手の能力も全くの未知。それなら下手に方針を決めておくよりも、それぞれのアドリブに任せておいた方が良い。
二人は準備を終え──といっても、装備も何もないので備品の剣と杖を手に取っただけだが──通路を歩いていく。
「レノ」
「ん?」
くるり、と先を歩いていたリナが振り返る。彼女の長髪が踊るように空を撫でた。
通路は窓から射した日光で眩い。だというのに、リナの表情をうまく捉えることができなかった。
「私のこと嫌い?」
「いいや」
「そう」
立場が変わったとはいえ、自分にそれを即答できてしまうレノに苦笑しつつ、彼女は言い聞かせるように、引き留めるように頼んだ。
「じゃあ、嫌いにならないでね。カミラのこと」
「……」
「ふふ、いらない世話だと思うんだけど。それはそれで良いかなって」
最後にへらりと笑いかけて、リナは再び歩き出す。
それに対して、レノはなんの追求もしなかった。。平時なら「どういう意味だ?」くらいのことは聞くのかも知れないが、今だけは違う。彼の手元には、木剣があった。
武器を持った戦士に、言葉はいらない。
ただ、殺し合いの中でのみ対話が成立するのだから。
「行くか」
そして、戦いが幕を上げる。
◆
闘技場と言っても訓練場に近い形式であり、そこは複数の部屋を持つ。カミラが選んだのは、その中でも一際大きなものだった。
客席には、ギルドの職員であろう人間が一名だけ座っている。
闘技場の中心に、彼女は居た。
「やりましょうか」
戦闘をするための格好には見えず、改造した給仕服のようにすら見える格好であっても、彼女に隙は見られない。それどころか、歴戦の人間特有の風格すら感じさせる。
「ああ、ルールは」
「木剣による打ち合い、また非殺傷用魔法による攻撃を主軸とした模擬戦闘です」
「「了解」」
カミラがコインを取り出す。
なにか物を投げ、それが地面についた瞬間に立会を始める。本来魔法の早打ち勝負などで用いられる手法ではあるが、この乱戦方式でも使えないわけではない。落ちたコインが若干邪魔になるだけだ。
「それでは」
きん、と甲高い音とともに弾かれた硬貨は綺麗な回転を演じながら落下し、そして地面に到着──
「開始」
する瞬間、カミラとレノが踏み込み、初撃をぶつけ合う。
(おっも)
最初に主導権を握ったのはカミラ。
レノが攻撃を防いだ瞬間に、流れるような動作で次の攻撃へと移行し、その攻撃からまた次、次と剣戟を刻んでいく。それをレノは後傾しながら防いでいた。自分の見たことのない型だったから、簡単には攻めに行けない。
(積み重ねが見られる。カミラの型ってだけじゃないんだろう)
彼女の攻撃には、一切の無駄がない。
長い時間の中で様々な人間が考えて、突き詰めた極地がその剣技の中には潜んでいた。勇者が死んでから作られた剣術の一つなのだろう。その動作を優れた動体視力で盗みながら、レノは防御を続ける。
そんな膠着を打ち破るように、レノが動いた。
大きなバックステップ。無駄に距離を作るその動きを咎めようとカミラが一歩を出した瞬間
「
「っ!」
雷の玉が襲いかかる。
それを無理にかわそうとし、彼女は体勢を崩した。
「ここ」
雷撃の中から少年が現れる。
崩した瞬間に突っ込んできた。つまり、リナが魔法で攻撃をし、カミラが防御か回避をするという景色を予測できていたということだ。
「良い連携、です!」
称賛の言葉を口にしながら、カミラは薄っすらと目を見開く。
びっくりしたから、ではない。自分を奮い立たせ、集中したから。
カミラは、体勢を戻そうとしなかった。逆に姿勢を前へ前へと倒し、遂には地面に手をつく。そして、その状態から、前へと脚を振り下ろした。
「
レノがなんとか反応し振り下ろしを防御するが、折角作ったチャンスは台無しになる。苦い顔をしながらも後ろに下がり、リナの横に並び立つような場所に位置取る。カミラの方はこれまた柔軟な体を使って、自分の動作を逆戻りするように立ち上がった。
「メチャクチャなことしてくる」
「柔軟を取り入れた攻撃法は考案していた部下も居たわ。あそこまでのは見たこと無いけどね」
やったことと言えば倒立からのブリッジであるが、何よりも恐ろしいのはそのスピードと威力だ。カミラより先に動いたはずのレノの攻撃が潰され、防御に回らされたほどの速さ。
そして、無理に突っ込めなかった威力。
そのどちらも、とてつもなく厄介だ。
「どうする?」
「動きは変えないわ。レノが突っ込んで、隙を作るか貴方を守るのは私の魔法でやる」
「あとはアドリブ、ね」
「わかってるじゃない」
「作戦会議は終わりましたか?」
「ああ、バッチリだ」
レノが赤い目を輝かせる。
相手の型がある程度わかった以上、攻めない理由はなくなった。
「行くぞ!」
レノが走り出した瞬間地面の表面が粉砕し、破片が吹き上がる。
今出せる全力の加速。そして、切り下ろし。
「これだけですか?」
しかし、彼女もまた一流だった。
木剣の耐久力が心配だったのか、正面から受けるわけではなく、引いて流すように防御する。そして、その勢いを自分の攻撃に転用し、鋭いカウンターをレノの顔面に狙いを定めて放つ。
確実に当たる。そう確信した一撃は
「そっちもね」
ぶん、と空を斬った。
反応してから動いたわけではなく、カウンターを予見していたからこその回避。
「っ、らぁ!!」
そして、空いている左手をカミラの脇腹にねじ込んだ。
内蔵をかき乱すような生々しい感触がレノの手元に返り、カミラは吹き飛んでいく。しかし、レノは喜んだ表情を見せなかった。感触が弱い、彼女は、まともに自分の攻撃を受けなかった。
「後ろに飛んだ?」
「正解」
バックステップで衝撃を受け流した。
防ぎ切るのが最適だが、衝撃を受け流す次善の策を選び取るその判断の速さに、遠くでリナが舌を巻く。しかし感動も一瞬。カミラが晒した隙を見逃さずに、雷の玉にカミラに数発飛ばす。
レノの連撃が加速する。
カウンターを警戒してあまり強い攻撃はしないが、的確に急所を、そして防ぎづらい攻撃をしてくるレノにカミラの眉間にシワが寄ってくる。まだ実力はわからないが、とても嫌だ。
勝つための最適解。
チェスで言うならチェックメイトはされないが、ずっとチェックをかけられているような、自分の首にすぐにでも剣が届いてしまいそうな錯覚をもたらす剣だった。
しかし、額に流れる冷や汗すら無視して、カミラも負けじど正解を叩き出し続ける。長い打ち合いだった。広い闘技場にひたすら木剣同士が打ち合う鈍い音が響き続け、互いの呼吸だけが空気を満たす。
リナも、ああなってしまうと介入はできない。
レノにあたってしまったら逆効果であるし、それ以前に戦士のぶつかり合いに水を指すのは無粋だ。実践ならともかく、これは訓練である。
そして、長い長い剣戟は、唐突に終わる。
どちらが防御を失敗した、訳では無い。レノがカミラの木剣を左手で防御したことで、どちらも動作を止めざるを得なかった。勿論振られた木剣を受け止めれば痛い。
左手は衝撃で震えているが、それを気にもとめずにレノが呟いた。
「……舐めてるのか?」
「え」
とても、不機嫌だった。
言葉は憤怒しているように聞こえるが、口調は捨てられた子犬のようにか細く、震えたものだった。そのちぐはぐさにカミラは困惑する。しかし、遠くのリナは頭を抱え、ため息を吐いた。
「だから嫌わないでって言ったのに……」
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