第7話 嘘吐き
「これを」
「ああカミラ、感謝する」
筋骨隆々の男が書類に突っ伏し、げっそりとした顔でカミラに応対する。彼はこのギルドの長であり、元冒険者でもあった。
「襲撃の現場にいた子供二人からの聞き取り調査です。嘘の反応はありませんでした」
「成程」
彼女は冒険者ではあるが、それだけではない。特殊な眼によって嘘を見抜く、尋問官としての一面もあった。
ギルド長が書類に目を通し、書かれた内容を理解していく。その度に、彼の顔色は悪くなっていった。
「これは、熟練の冒険者からの情報と取り違えてはいないな?」
「はい、確かに」
「はぁ〜〜」
頭を抱え、ペンをころころと机の上で転がす。
その書類には、あまり信じたくない情報が書かれていた。ドラゴンと戦闘し、勝利した少年とドラゴンの生態を踏まえてそれの性質を推測する少女。
普通に考えて異常である。
「こういうのは収めずらいんだよ……」
ギルド長は頭痛を堪えるように額に手を当てる。冒険者の中でも、時々才気に溢れた若者というのは出てくる。
彼らは往々にして自我が強く、上の言うことを聞こうとしない。
「それでは、控えますか?」
「……いいや、人手は少しでも欲しい状況に変わりはない。彼らも勧誘してくれ」
「了解しました。ついでに少年の治療も行っていいですか?」
「ああ、頼む」
会話は済んだということなのか、またギルド長が書類に向き合い始めた。だから、彼は知らなかった。
少し視線を上げた先。
いつもは貼り付けた笑顔を崩さない女が、悪辣な表情をしていたことを。
彼女は、嘘を見抜ける。
だからといって彼女が嘘をつかないということではない。書類には「ドラゴンと交戦中の少年に、カミラが合流」と書かれている。
カミラが街に戻ってからならおかしくはないが、ここには少しだけ嘘が含まれている。
この書き方だと、まるで先にレノがドラゴンと戦っていて、そこにカミラが加勢したように聞こえる。けれど実際はカミラが武器を貸し、ドラゴンと戦わせたのだ。
まさか、ドラゴンと少年を戦わせるなんて「非常識」をカミラが行ったなんて推測は、ギルド長の頭には浮かばない。
「それでは、失礼します」
嘘つきは部屋を去る。
彼女の真意は、未だ誰も知り得ない。
いや、近づいている人間が、一人だけ。
◆
がちゃ、と音を立ててドアが開く。
カミラが綺麗な足取りで、部屋へと入ってきた。
「何かあったんですか?」
「「何も」」
なんだか疲れ果てた様子の二人を見てカミラが疑問符を浮かべるが、二人は同時に首を振った。どちらが年齢的に上という設定にするかで揉めたなんて説明できなかったからだ。
ちなみにリナが姉になった。
ただの一戦士であった勇者と、指導者であった魔王。戦闘ならまだしも、口論の実力は勇者が大きく劣っているのは自明だ。
「少し報告がありますので、お聞きください」
カミラがそういうと、二人は背筋を伸ばす。
カミラは今回の報酬額と、冒険者になって欲しい旨を端的に伝えた。ついでにレノに回復薬を手渡す。
とても不味かったが効能は完璧。痛んでいた節々が回復し、負傷する前より元気と言っても過言ではなかった。
「うーん……」
レノは少し困った顔でリナに視線を飛ばすが、もちろん彼女も首を傾げる。二人が困っている理由は、報酬額にあった。
なにしろ、お金の価値がわからない。
「これって、どれくらいの価値なんですか?」
「ざっくり言えば、質素に暮らせば一年は生きれると思います」
「それって結構な額なのでは?」
「はい」
すん、としたままカミラが答える。
実際中々の額であった。しかし街まで侵攻されていれば被害を出していたであろうドラゴンを撃退し、その分析を進めたことを踏まえれば少ないとも言える。
それは冒険者でないことで手数料や色々な料金が引かれた挙句の結果であった。
「冒険者になれば報酬が増える、と」
「手短に言えばそうです」
レノが悩む。
生きる方法を確立できていない自分たちに職を与えてくれるというのだから、乗らない手はないと理性的には思っている
彼女が言うにはある程度の融通もしてくれるらしいし、嬉しい話でしかないだろう。
けれど、冒険者というのはある種傭兵の側面もある、というのもカミラの言葉だ。折角戦いとは無縁な生き方を選べるかもしれないというのに、それを捨てるのか。
ぐるぐると回る思考を、一つ手を叩いて打ち切った。
「なります」
リナは少し驚いていたが、その後呆れたようにため息をついた。勇者でなくなったとしても、彼はどうしようもなく善人だった。
力をつけるために、手段は選ばない。
強くならなきゃ救えない人がいる。
人を救えなければ、きっと後悔する。
それだけ。戦う理由も、強くなるわけも。
「弟が選んだのに、私がひよる訳にも行かないか」
リナは善人ではない。
けれど、姉である。弟と行く先を一緒にするのだと決めたのだから、選ぶものもまた一つであった。
「はい、了解しました」
こうして、彼らは冒険者になった。
この後複雑化した言語による契約書に脳を破壊されたりするのだが、それは余談であると言うことにしておく。
「ねぇレノ、冒険者やめよ」
「やめるか…………」
「他の職業だともっと雑多な手続きになりますよ。というか身分証の発行からになります」
「やるか、冒険者」
以上、余談。
カミラとギルド長の計らいにより、色々な恩恵が受けられることになった。細かく言えば面倒になるので、大きく言えば一つ
「もう話聞くの限界なんですけど……」
「最後なので」
机に一度顔をぶつけた後、なんとか気を取り直してレノがカミラと向き合う。
面倒臭いが、本当に面倒臭いが、こういう説明を聞かないともっと面倒くさいことになるのは経験則であった。
「ちょっと
「位?」
「特に気にしなくていいです。高くなれば、難しい依頼を受けられて、報酬が良くなると思っておいてください」
「成程」
カミラもげっそりとしたレノとリナを見て反省し、できるだけ簡単な表現で説明する。その効果は覿面で、レノもあっさり納得した。
軍の等級のようなものだろう、と言う納得ではあるが。
「それで、等級を決めるために検査をしたくてですね」
「はいはい」
「私と戦ってもらいたいんですが」
「はいはい……え??」
一瞬レノが納得しかけるものの、納得しきれずにきょとんとした顔を浮かべる。
「ドラゴン倒したので進級なんじゃないんですか?」
「それで進級要項を満たした、と言う話です。その後どれくらい進級するかは、試験官の裁量という訳です」
「そんな大雑把な……」
レノがげっそりとするが、そこで思わぬ方向から援護射撃が飛んでくる。
「いいんじゃない?」
「リナ」
「書類ばっかで飽き飽きしてたところだわ。戦って決めれるならそうしましょ」
「……そうか」
彼女はぶっきらぼうな口調でそう言う。そう言われてしまうとレノにも返す言葉はなく、抵抗しようとしたもののすぐに折れた。
「わかった」
「外に出て道なりに進めばギルド所有の闘技場があります。そこへ」
レノが席を立つが、リナはまだ動こうとしていない。カミラをまっすぐに見つめたまま不動である。
「リナは?」
「ちょっとまだ確認したいことがあるから先行ってて、すぐ終わるわ」
◆
がちゃ、と音を立てて扉が閉じる。
それで、残ったのは女二人だった。
そこでおもむろに、大袈裟な動作でリナが語りかける。そこにレノといる時の少女としての側面はなく、魔王を感じさせる深淵が覗いていた。
「ねぇ、嘘吐きさん?」
「なんのことでしょうか」
「同類には詳しいの。わかるでしょ?」
カミラがわずかに眉を曲げる。
その刹那、彼女は気づいた。それが失敗であったことに。
嘘吐き呼ばわりされたなら、もっと露骨な反応をすればよかった。怒るか、流すか。そのどちらかに傾くべきだった。
その中間。
「面倒なことになった」と語る表情を、同類に見せてしまった。
「やっぱり」
はち切れんばかりに口角を上げるリナに、カミラが僅かに戦慄を覚える。彼女は出会ってからずっと自分を探っていた。
言われずとも、それを理解してしまった。
「要件は何ですか」
「変なことをしないで。それ以上ないわ」
「したら?」
「殺す。貴女が私より強くても、悪辣でも、人手がいても、容赦なく殺す。完膚なく殺す」
さらりと、明日の天気でも予想するようにリナはそれを口にする。小娘の戯言と片付けてもいいその言葉を、カミラは確かに怖いと思った。
「……わかりました」
「ええ、お願いね」
面倒臭いことになった、と内心毒づきつつ、反省したような表情を取り繕う。一人気付いたところで、計画に支障は──
「あと」
「……」
「レノのこと、単純なアホだと思ってるでしょ?」
「そうだったら怒りますか?」
「いいえ。彼は純粋だし、無垢だわ。苦難は知っているけど、性根はびっくりするほど善良。それに相違はないし私もそう思う」
でもね、と言葉を結んで。
遠くに浮かぶ星空を眺めるような恍惚とした表情で、リナが口を開く。
「剣を握った彼は、私たちと一緒かそれ以上よ」
その言葉の意味を、彼女はすぐ知ることになる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます