第6話 再確認を

「ここです」


 どん、と鎮座していたのは周りの建物と少し雰囲気の違うものであった。レノにも見覚えがある、端的に言えば古臭い建物である。


「外見はお偉いさんの趣味です。老朽化などはしていないので、ご心配なく」

「なるほど」


 まだ木造の建物を好む人間がいることに少し驚きつつ、レノは中に入っていく。ちなみに、レノは蟲の魔物が壁を食い破って侵入してきた経験より、木造には軽いトラウマを持っている。


 扉を押し開けると、内部にはこれまた懐かしい光景が広がっていた。


 丸いテーブルがいくつも並んでいて、それぞれ四人前後で席に座っている。全員がそれぞれ武器を腰にかけていたり、椅子に立てかけていたりと物々しい武装をしている。


 懐かしい、見覚え。い

 自分があの中にいたことを、レノは確信していた。戦いの後、生き残った自分たちを讃えるために盃を交わして、馬鹿みたいに飯を食うあの時間が、ここにはあった。


 レノは辺りをぐるりと見渡し、懐古に近い気持ちを息と一緒に吐き出した。


「あ?ガキ……」


 荒くれ者の一人がレノとリナに突っかかろうとする。しかし、先頭のカミラを見てぐっと息を呑み、座り直した。


「カミラさん……」

「実績というのは人を黙らせるのに一番便利です」


 邪悪な表情をする彼女から咄嗟に視線を逸せば、カミラの言葉に頷くリナが居た。彼女も彼女で、実績で全員を黙らせて王になった人物だ。


(実力派ばっか)


 自分も元その一人なことを見ないふりしつつ。



 ◆



 案内されたのは、本当に小さな部屋だった。三人が入って最早少し手狭に感じるほどである。逆に少人数で入ることが前提なんだろうけども。


「ギルドは魔物の群れの対処で忙しいそうなので、職員代理として私が対応します」

「軍の仕事なんじゃ?」

「対処はそうですが、その原因や被害の精査はギルドの管轄なんです」

「へ〜」


 軍の仕事は「防衛」のみであり、その後の対処は冒険者たちが担当するのだとか。


 単純に役割分担という面もあるが、軍は利益を追求しない団体なので、魔物が落とした魔石などの管理をギルドに任せるという面もある。

 勿論、魔石から得た利益の一部は税として回収されるので軍にとっても不利益というわけではない。


「ということで、質問を始めていきます。できるだけ正確に、明瞭な表現でお願いします」

「はい」


 そして、そのギルドの仕事の一つがこれ。

 当事者から情報を聞き出し、その当時の状況について詳しく知ることである。


「私がいうことがない気がするんだけど……」

「証人の一人ですので」


 カミラは机の上に紙を置き、さらさらと筆を走らせていく。それに対してレノも思い出せる限りあの時の情報を口にしていく。


 カミラと一緒にいた時の話も含まれているが、認識のすり合わせのために話す。


「それでドラゴンを倒したんですけど」

「納得がいっていない様子ですね?」


 レノが軽く俯き、悩むように唸っている。

 カミラはそれを首を傾げながら見ていた。話な不思議なところはなかったからだ。


「主観になっちゃうので、参考程度にして欲しいんですけど」

「はい、お願いします」


 それでも少し言い淀んだ後、口にする。


「あれは、

「そう、なんですか?」

「本当に経験則なので根拠はないんですけど……」


 ちらりとリナの方を見る。

 彼女は、同意するように頷いていた。


「魔力量も性能も、似てはいました。でも怖さが足りない。あんなのじゃない」


 魔王軍の兵器の一つにドラゴンがあり、それと何度も相対していた勇者だからこそ、感じる違和感だった。


 最強種特有の威圧感が、あれにはない。


「子供だった、という可能性は?」

「いや、それはないと思います。魔力は成熟した龍のそれでしたけど、動きは幼年期のそれにも劣っていた」

「それに、肉体もあった」


 リナが付け足す。

 なんでこんな子供たちがドラゴンの生態に詳しいんだという疑問を口にしかけて、カミラは口を閉ざした。


 どんな職業、どんな場所でも、私的な詮索はナンセンスだ。


「それでは、どう考えているんですか?」

「カミラさんは、なんであれを群れの先頭と思ったんですか?」


 質問に質問で返されたことに疑問を覚えつつ、カミラが返答する。


「角です。あれは先頭個体だけが持っているから」

「やっぱり、そうですよね」


 レノが思考を加速させる。

 ドラゴンは基本的に群れで行動し、先頭から離れることはあまりない。そう考えると、この状況は変なのだ。


 軽い負傷を負った先頭だけが、一頭で街に突っ込んでくる。そんなこと、あり得るのか?


 そして、あの傷は何につけられた?


 様々な問いが絡み合っていく先で、彼は荒唐無稽ともいえる仮定を思いついた。あまりに突破な話に自分でも苦笑いしそうになりながら、レノが口を開く。


「あれは、偽物かもしれません」

「偽物?」

「ドラゴンを模した、別の何か」


 カミラがぐっと眉間に皺を寄せる。彼女の中で、その情報を整理しようとしているのだろう。紙には、まだそれを記載できないでいた。


「私も、それはあり得ると思います」

「リナ」

「いくら死にかけでも、ドラゴンが自分の炎で爆散するわけがない」


 炎を吐くドラゴン。その体は強い耐熱性を持ち、簡単に焼けるものではない。それも、自分の炎なら尚更だ。


「成程……」


 そこまで言い切れられて、カミラは筆を動かした。


「これで質問は終了です。ご協力、ありがとうございました」



 ◆



 少し時間が欲しいと言われたので、折角なので二人の時間を取ることとした。カミラが立ち去って、少し広くなった部屋の中で向き合った。


 とてつもなく真面目な顔で、リナが真っ先に口を開く。


「……私の好みから少し外れた」

「しらねぇよ」

「冴えない顔の方が良かったのに!!」


 ぐっと拳を握り込んで慟哭するリナに、何を言えばいいのかわからずレノが困惑する。


 神妙な顔した魔王としての彼女しか知らなかった以上、彼女との向き合い方がわからなかった。


「私はどうだ?結構可愛くなったとは思うんだけど」

「顔だけなら前の方が、じゃなくて」

「ん?」


 緩みかけた空気を一つ手を叩いて仕切り直し、リナと向き合う。リナの方は前の自分の容姿を褒められたことに若干照れていた。


「俺は、お前とどう向き合えば良い」

「そういうこと」


 しかし、その言葉を聞いた途端にその照れが急激に消える。


「わからないんだ。あんなことがあったといえ、敵対すれば良いのか、仲間と捉えれば良いのか」


 リナは曖昧に笑う。


 それは前世のままの、どこか遠くを見つめているような焦点の合わない笑顔だった。けれど、それを掻き消そうとするように彼女は唇に触れていた。


「……もう、いや。魔王として振る舞うのも、誰かに期待されるのも。もう、私を失いたくはない」

「……」


 レノが、が俯く。


 それは魔王の言い分が納得できなかったから──ではなく。言い逃れのできないほど、心の中で彼女の言い分に共感してしまったから。


「貴方が良いって言ってくれるなら、もう忘れたい。魔王であったことと、貴方が勇者であったこと。また兄弟として、やり直させて欲しい」

「兄弟で良いのか?お前としては、俺はいやだろ」


 自分が魔王ゆうしゃだったことを知っているのは、もうこの世界では一人だけだ。


 だから、この関係を終わらせればまっさらな人間として人生をやり直すことができると、レノは考えた。

 けれど、リナは小さく首を振って


「もう共犯者でしょ?」


 縋るような、儚くてどろどろとした表情で語りかける。レノはそこでようやく理解した。


 彼女が自分を兄弟と呼んだ理由を。

 血縁という何よりも強い絆で、自分たちを結んだその意味を。


 人生で似たものに出会えなかった逸れもの二人が出会ったこの状況を、彼女がどれだけ重く捉えているのかを。


「……わかったよ。妹」


 少し逡巡した後、ため息を吐くようにレノが返答する。彼としても、リナとのつながりを切りたいとは思っていなかった。


「え???私がお姉ちゃんね??」

「え??????」


 厳かな雰囲気はどこへやら。ひたすらにマウントの取り合いが開始される。そう言う面でも二人は似たもの同士だった。


 こうして、二人は兄弟になった。

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