第一章 偽物(カミラ・ディグラント)
第5話 偽物のきょうだい
「色々積もる話はあるが、今では無いな?」
彼女はちらりと勇者の姿を睥睨する。
一目でわかるほどにはボロボロで、まともに動けそうにもない。
「そうだな。それに、人が来る」
すた、っと二人の前にカミラが現れる。
息を切らしている様子はないが、汗をかいているのが目に見えてわかることから全力で走ってきていたというのは明らかだった。
「あなたは?」
「カミラです。貴方たちは……血縁者ですか?」
二人の間で視線を右往左往した後に、カミラが小首をかしげる。
彼女からすれば絶体絶命だった勇者を、同じような見た目をした少女が助けていたのだからその間の関係性を疑うのは当たり前というものだろう。
「いや──」
「はい。私が姉です」
否定しようとした勇者に、魔王が割って入る。
(おい)
視線を飛ばす勇者。
彼女はぷいっと目をそらし、今にも口笛を吹き出しそうなすっとぼけ具合。
「お姉様、ですか」
「ええ。少しはぐれた内にこんなことになっていて驚きましたよ」
勇者のそばには、あの火炎の中でも残ったドラゴンの魔石があった。
カミラは察していたものの、そのやり取りで深く理解してしまう。魔力量も少なく、筋肉もあるようには見えないこの少年が、一人でこのドラゴンを打倒したという事実を。
これは子どもを相手にする気持ちではだめだと思い、彼女は姿勢を正す。
「二人共、お名前は?」
次は勇者だけでなく、魔王も少し困った様子で視線を交差させた。
勿論だが、彼らは元々名前を持っていた。しかしその名前はもう身柄を守ってはくれないだろう。それに、自分たちの記録が残っているかわからないとはいえ戦争の立役者である二人の名前を名乗る子どもたちなど、厄ネタにも程があるだろう。
そこまで考え、二人は自然に偽名を名乗っていた。
「俺はレノ」
「私はカラリナ。リナと呼んでください」
レノは元の名前から一部を抜き取った安直な名前だが、魔王は少し凝った名前に感じた。流石のアドリブ力だなぁ、と少し感心する。
「それではレノ様、リナ様。聴きたい話は山ほどありますが、まずは避難いたしましょう」
「「避難?」」
「はい、あれをご覧ください」
「「うわ」」
二人の声が揃う。
ごごご、と遠くから轟音が響き渡る。水平線の向こうから、何かが迫っているのが見えた。それは大きく──いや、多かった。視界を覆い尽くすように並び立ったそれらは、人間ではなかった。
四つ足で駆け回る、狼のようなもの。
翅で飛び回る、昆虫のようなもの。
触手を蠢かせ、地面に這いつくばるタコのようなもの。
そのすべてが、魔物だった。
「あのドラゴンを私は群れの先頭だと思っていたのですが、違ったようです」
確かに、先頭ではあった。
しかし、それは「導いている」、のではなく「追われている」といったほうが正しかったのだろう。あの魔物たちに追い立てられ、傷を追って逃げてきていたのだ。だから怪我していたのか、と何処か他人事のようにレノが納得した。
「え、走れないんだけど」
「私もさっきの防御で魔力が」
「お任せください」
控えめに親指を立てたカミラの姿に、二人が何故か嫌な予感を覚えた。
そして、抗議の声を上げようとするその前に、二人の首根っこを彼女が掴み上げる。
「速さがウリですから。二人担いだくらいでは追いつかれませんよ」
「もしかして、全速力……」
「勿論。口を開くと舌を噛みますので、少しだけ我慢してくださいね」
微笑んだカミラは、とても美しかった。
安心させようと慣れない笑みを作っているというのが理解できる。しかし、レノとリナは心拍数が跳ね上がっていくのを聞いていた。レノに関しては、首元の嫌な予感が鳴り止まない。
「それでは、行きますよ」
「ちょっと待っ」
ぐぐっ、とカミラの脚に力と、魔力が注ぎ込まれる。
そして、開放。
その時、レノは確かに見た。
舗装された石畳が弾け飛び、砕け散るその姿を。ドラゴンの爪ですら傷つくだけだったその床が、情けないほどに破砕されるその惨状を。そして、それを理解する前に風圧が襲いかかる。
「!!!、!!」
風、風、風!!
カミラは二人を、担ぐことすらしなかった。首根っこを掴むだけ掴んで、そのまま駆け出したのだ。首しか支えられていない二人の結末は言うまでもない。強風に吹かれている旗のように、ばたばたと揺れ続けている。
途中まで叫ぼうとしていたレノから、表情が消える。
(吐きそう)
三半規管が痛めつけられ続ける。
ともすればドラゴンと戦っているときよりも深刻な顔をしたまま、レノはぶんぶんと振り回され続けていた。ちなみに元々身体能力が高く、動き回っていた経験のあるレノに対して、元々魔法使いで後方支援が本業のリナは、もっと死にかけていた。
(吐く、もう吐く)
真っ青な顔で、彼女もまた揺られる。
上機嫌なのは、自分のスピードを誰かのために活かせたカミラだけである。
(ってか、魔石回収できなかったし)
◆
カミラの顔を見ると衛兵は小さく頭を下げ、二人を含めて通行許可を出した。思っていたより身分の高い人なのかな、なんてレノは思ったりもしていたが、正直それどころではない。
「っ、ふぅ、ふぅ」
「お疲れさまでした。どうでした?私の走行は」
「……あぁ、最高だった。また頼む」
「お任せあれ」
ちょっとした皮肉も真っ直ぐな笑顔で返されてしまえばレノもどうにもできない。それに、命を救ってもらったわけだからそう簡単に文句も言えないというものだった。
「これで、安全なんですか?」
どうにか平静を取り戻したリナが質問する。
そうすると、カミラがさっきまで居た平野の方を指差す。
「安心してください。ここからは軍のお仕事ですから」
「そんなに強いのか、ここの軍は」
「ええ、あの程度なら障害にもならないでしょう」
「そうか、良かった」
端から見れば、自分が助かったことに対する安堵。しかし、リナだけはその瞳の奥に、孫の成長を喜ぶ爺のような温かい感情を見出した。もう、英雄なんてものがなくても人類は生きていけるのだと確信したからだろうか。
「こんなところで立ち話もなんですから、移動しましょう。ついてきてください」
「行き先は?」
「冒険者ギルド。私の職場です」
慣れた足取りで歩き出すカミラの後ろを、二人はついて歩いていく。襤褸切れのような服を纏って歩く二人は目立っていたし、その前を行くカミラも世間的には美人であり、とても人目を集めていた。
が、しかし、レノは一切それを気にしていなかった。
それよりも気になるものがあったからである。
「うおお……」
思わず声が漏れる。
そこには、感嘆するほどの町並みがあった。戦時中の簡素で活気のない町並みとは打って変わって、そこには華やかさがあった。つまり、人々が街の美しさに気を遣えるほどの余裕を手に入れたということだ。
建築様式も、街行く人が着ている服も、雰囲気も何もかもが違う。
街の真ん中に向かって視線を上げれば、巨大な時計が緩やかに時間を刻んでいた。忙しなく行き交う住民がそれを見上げて、時間を知るというのを、レノは脳裏に思い浮かべた。
勇者とはつまり人間を愛し、人間にすべてを費やすもの。
簡単に言えば人間オタクである。
興奮しすぎて「ふへ」と情けない息を漏らしだしたレノを見かねてか、リナが声をかける。
「そこまで。人目が痛いわ」
「何だよ魔お……リナ。ちょっとぐらい盛り上がらせてくれよ」
「だめ。無駄に目立ってどうするのよ」
軽くたしなめられ、さすがのレノも反省する。
そこで、少しの違和感に気づいて声をかけた。
「そんな口調だったか?」
「ん、こちらのほうが好みなら変えるぞ?」
「……いいや、やめておいてくれ。嫌な記憶だ」
尊大な口調の彼女を見て、大きく息を吐き出す。
姿形が変わって、立場が変わったと言ってもやはり仇敵。その口調で話されると、咄嗟に剣を構えてしまいそうだった。
「言いたいことも、伝えたいことも山ほどあるわ。でも、ここで話したくはない。二人きりの時間を作れたら、また話しましょ」
「そうしよう。聞かれたら面倒だ」
「兄弟なのにそういう関係なんですか??」
「なんか勘違いしてません?」
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