第4話 再び幕は上がり
殺し合いは、続いていた。
経過時間は十分と少し。カミラが提示した時間まであと五分のみと言ってしまえばそれまでだが、勇者からすればその遠さは頭が痛くなってしまうほどだ。
一手のミスで、死ぬ。
そのプレッシャーが体力を奪い、思考力を鈍らせる。
それでも、戦場に慣れた精神が反射のように体を動かす。
振るわれた爪を短剣で弾き、長剣で頭に牽制を入れる。吐息を走って躱して、また左後ろ足に駆け込む。単調で、芸のない戦い方だと思っているが、自分には実際それしかできなかった。
世界を断つような斬撃も、雷を降らすような魔法も今は使えない。
剣一本、体一つ。この手札を、ぶつけ切るしか無い。
(好きに生きるって、思ったばっかなのになぁ)
全神経を用いて集中しているはずなのに、頭の隅っこで独り言が響いていた。
カミラに任せて逃げたって良かった。保身だけを考えて、勇者としての人生を本当に捨てるならそれで良かったはずだ。なのに、未だここに体は立つ。心は、まだ奮い立っている。
諦めたくない。
眼の前で人が死ぬところなんて、見たくない。
「俺は、だから!!」
爪が振るわれる。
これは、防げない。本能がそう叫んでいた。体が弱っていて、力が十分に入らないから、もう逸らせない。相手の力を利用すると言っても限度がある。剣が握れなければ、防げないのだ。
だから、二本。
長剣を短剣で支えて、交差させる。無理矢理、むちゃくちゃ。それでも、良い!
金属音が響き渡り、爪が逸れる。
もう、次は防げない。攻める!!
「負けない!!」
ドラゴンが視線を動かす。
本能的に動く動物だと言っても、学習していた。この人間は自分がアレに傷つけられた左足を執念深く攻め立てていることを。そして、自分の攻撃を防いだ時は左足に駆けてくることを。
次は、そこで殺す。
そんな確信をもって、前足を後ろへと振り抜いた。
砂埃が舞い上がり、地面がめくれ上がる。しかし、断末魔は聞こえない。それどころか、自分が攻撃した方向とは反対から音が響く。足音、自分の体を駆け上がっていく、小さな感触がある。
「あめぇんだよ」
勇者はドラゴンが自分の行動を予測することを、予測していた。
いや、誘導していたという方が正しいか。
ドラゴンの意識が左に集中するその瞬間に、右からその体を登ったのだ。さっきまで木の間を飛び回っていた経験が、身軽な動きを後押しする。翼に飛び乗り、飛び上がり、そして、首元へ。
「終わり、だ!!」
ドラゴンの頭に飛びつく。
最強種でも、生き物である以上確実に弱点がある。それは、脳だ。そこに繋がっている、目だ。
宝石のような真っ赤な眼球に向かって、突きを繰り出す。
「っ、ああ!!!!」
剣が突き刺さり、そこから大量の血液が吹き出す。
でも、まだ足りない。これだけじゃドラゴンは死なない!
ドラゴンが口にブレスを溜めていくのを、勇者は肌で感じていた。頭の周りの気温が急激に上昇し、口からは僅かな炎が漏れ出している。ここからは、速さと意地の勝負だった。
足場が悪すぎて、ここでは踏ん張れない。
勇者は咄嗟の判断で長剣から手を離した。掴んで、押し込むことはできない。だから、無理矢理差し込む。
頭の上から飛び降りる。
そして、空中で、目に突き刺さった長剣に向かって拳を振り抜く。ぐぎゅ、と、潰れ、切り裂かれて、破砕する音を、確かに勇者は耳にした。
「O」
断末魔にもならないような小さなうめき声を最期に、ドラゴンは息絶える。
そして、勇者も姿勢を保てずに地面に打ち付けられた。
「っ、しゃあ……!!」
力なく、青空に向かって拳を振り上げた。
一応勝利ではあるが、それを喜べるような状態ではないのは流石にわかっていた。ドラゴンの攻撃を受けていたら死んでいたので傷こそないが、無茶な動きをし続けていたので体の節々が痛くてしょうがない。
とてもじゃないが、動けそうになかった。
地面に倒れたまま、荒れた呼吸を整える。それでも、肺はずっと暴れまわっていた。
そうしていると、何処からか声が聞こえた。
「──!──て!!」
「あ、カミラさん」
倒れたまま視線を動かすと、カミラが走ってきているのが見えた。
彼女の言葉通り、とても素晴らしい速度で走り続けている。それを勇者はぼーっと眺めていたが、途中で違和感に気づく。彼女の顔には、焦りが浮かんでいた。そして、自分に向かって何かを叫び続けている。
痛烈に、切実に。
鬼気迫る様子に、勇者はなにか嫌な予感を感じる。
ようやく勇者が危機感を感じだしたころに、カミラの声が耳に入ってくる。
「逃げて!!」
「え?」
勇者は、気がついた。
暑い。気温だとかそういう言葉では表せないほどに、大きな焚き火の近くに座っているような、刺すような熱気が体を襲っていた。
(熱気、熱気……まさか!?)
振り向いた先。
ドラゴンの体は、消えていなかった。魔物は死ねば肉体を失う。しかし、強く、生き物を大量に接種した魔物はときに本物の肉体を得ることがある。運悪く、眼の前のドラゴンは実体を持った個体だった。
そのせいで、勇者が途中で阻止した吐息が、放たれずに体内でこもり続けていた。
それが今、暴発しようとしている。
(あ、終わった)
ぐぐぐ……と膨張していくドラゴンを前に、勇者は諦めていた。
もう体は動かない。魔力は底をついた。防御する方法がないのだ。
(生後三、四時間で死ぬのかぁ……短い第二の人生だった)
目を閉じ、今までのことを振り返る。
といっても前世に関しては前世で死ぬときに走馬灯を見たし、今生は短すぎた。振り返ることはなかったのでもっと悲しくなった。
(ここで終わ)
「
「え?」
何処からか響いた、凛とした声。
目を開けば、彼を庇うように一人の女が立っていた。しかし、カミラではない。あの速度でも勇者のもとにたどり着くには足りなかったはずだ。なら、眼の前に立っているのは誰だ。
女が使った魔術により、勇者と女を包み込む半透明の膜が生まれる。
爆散したドラゴンから放たれた炎が膜に弾かれ、霧散していく。
(キレイだ)
眼の前に立っている女……ではなく。
彼女が生み出した魔法に、勇者は見惚れていた。使われている魔力は少ないようだが、それでもドラゴンの吐息を防げるほどの効率の良さ。そして、執念すら感じさせられるほど緻密に効率化された魔法陣。
職人が作った物に、機能美という名前の美しさが宿るように。
その魔法には、気が狂うほどの研鑽が美しさとなって現れていた。
それは、数千年に一度の大魔法使いと呼ばれた魔王すら彷彿とさせるような……
「……いや、待て」
「ん?」
吐息を防ぎきり、防御魔法が消えていく。
ふわりとたおやかに髪を揺らし、女が振り向く。純白と真紅が入り混じった髪に、真っ赤な瞳。それは先程川で確認した自分の顔と、瓜二つといっていいほどに類似していた。
性別が違うことで差異はあるが、家族と言われれば頷くほどには似ている。
そして、その表情も見覚えがある。何処か悲しそうで、何処か寂しそうで、それでいて、鉄すら溶かすような決意が瞳の奥にしまわれている。勇者によく似た、同類の瞳だった。
勇者の中で、点と点がつながっていく。
転生したことで、この容姿になった。つまり、とても容姿が似ている彼女も、転生したあとなのかも知れない。そして、こんな表情をする人間を自分は一人しか知らない。
「久しぶり、でいいのか?魔王」
「やはりか。またお前に出会えたこと嬉しく思う、勇者」
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