第3話 遭遇
石畳で舗装された道の上を、軽い足取りで進んでいく。ほのかな雨上がりの匂いが草原の香りと混ざって、自然の雄大さを感じさせる
勇者はきょろきょろと周囲を見渡し、興奮を隠されていなかった。
自分の隣を通り抜ける馬車一つとっても所々に変化が見られる。知らない材料も使われているだろうし、全体的に効率化されている印象も受けた。
驚いたのは、時々馬にすら引かれていない車が通ることだった。今では「魔道車」と呼ばれているものだが、勇者は知らない。
作られて時間が経っていないので耐久度が低く、ここほど整った道でしか使えないと言うのも余談である。
とても良い日であった。
天気も良く、勇者の心持ちも明るい方へと傾いている。
そんな時。
「あぁ、くっそ……」
ばち、と首に電流が走ったような錯覚を覚える。勇者はこれを感じることが、前世でも多くあった。
敵に襲われる前であったり、天候が急激に悪化する寸前であったり──つまるところこれは、嫌な予感というものである。
「伏せろ!!!!」
声を張り上げる。
咄嗟に動けたのが一人、動けなかったのが数人いる。
(ダメ、か)
軽く舌打ちする。
防御姿勢を取らせる目的もあったが、本質は周りの人間が自分の言葉を聞いてくれるかの確認だ。
結果は見ての通り、殆ど無視。
勇者という立場なら反応は違ったかもしれないが、彼は今野良の子供に過ぎない。気が触れてしまった子供にしか見られておらず、それはこの状況では致命的だ。
命令を聞いてくれないということは、このままだと彼らが死ぬのと同義。
(回避はさせられない。多分避難命令も聞かない。なら一択だ)
空を見上げる。
果てもなく広がる青空の中に、注視しないと気づかないほど小さく何かが浮いていた。それは時間が経つことに大きくなり、存在感を増していく。
一対の翼、二対の脚。
両目の間に生えた角は大気を切り裂き、獰猛に次の獲物を待っている。
「ドラゴンかよ、ついてねぇ……」
どでかいため息を一つ。
生物の中で最強であり、頂点の種族。それがドラゴンである。とてつもなく苦い顔をしつつ、勇者は手元に魔法陣を作り出す。
「
青白い糸が集まり、短剣が現れる。
それでも、ドラゴンを相手にするなら頼らないにも程があった。
「せめてもう一本あればな」
「そこの人」
「え?」
声がした方向に振り返ると、唯一自分の指示に従った女がいた。彼女はしゃがんだまま、上目遣いで勇者を見ている。
「使いますか?」
「……いいのか?」
「ええ、予備のものですし」
女が腰にかけた長剣を抜き放つが、確かに高級なものには見えない。護身用に携帯しているだけ、そう言われても納得できる
「いや、そっちじゃなくて」
「ん?」
しかし、勇者が見ているのはその剣ではなく、女そのものだった。
「俺より強いだろ、あんた」
「!」
女が軽く目を見開く。
確かに装備は軽装で、振る舞いからも怖さは感じない。けれど、わかる。体の使い方が、息の吐き方が、視線の動かし方が。
彼女は同類だ。
それも、今の自分よりも優れた戦士だとわかる。
「……恐らくあれは群れの先頭です。規模によっては、私と貴方だけでは人手が足りない。私は避難誘導と、増援を呼んできます。私はあなたより速いから」
今のやりとりで彼への評価を見直したのか、事務的で、実用的な口調へと言葉を変化させる。
「二十分……いいえ、十五分稼げますか」
「了解」
投げつけられた長剣を受け取りつつ、勇者が頷く。ついでにゴブリンから手に入れた魔石をそこらへんに投げ捨てておく。
ドラゴンは、もう全身がはっきり認識できるほど近づいてきていた。
「名前は?」
「カミラです」
「生き残れたら礼を言う、カミラさん。その人たちを頼んだ」
「はい、ご武運を」
遠ざかっていく足音を聴きながら、勇者が静かに構える。浮ついていた心は深層心理に沈み込み、覚悟だけが残っていた。
(十五分、か)
ドラゴンの目が合う。
自分を敵だとも思っていないその視線に、わざとらしく笑いかける。
それに気づいたのか、飛龍が真っ直ぐに勇者に襲いかかる。
「やろうぜ最強種」
「OOOOOO!!!」
咆吼。
地を揺らし、大気を突き抜けるその音波でさえ、勇者は凛と受け止める。集中力に翳りはない、狙うは、一瞬。
ドラゴンが前足を振り上げる。
勇者、まだ動かない。
鍛え上げられた刃物のような爪が迫る。
まだ動かない。
まだ──
「ふっ!」
「OO!?」
きん、と鋭い金属音が響き、ドラゴンの爪が弾き上げられる。驚愕に染まった飛龍の視界には、剣を振り抜いた姿勢の少年だけが映る。
力がない。
魔力がない。
ゴブリンとの一戦で、それを理解した。だからそれを弁えて動く。相手の力を利用して、受け流すように防御し、それで無理やり隙を作り出すスタイルを作り出した。
必要な覚悟も、集中力も並ではないが、これなら簡単には死なない。
「次」
ドラゴンが姿勢を崩したその一瞬に、勇者は懐に入り込む。
ドラゴンの下腹部に向かって剣を振り抜く……が、今度は剣の方が弾き飛ばされる。今の彼の力では、ドラゴンの硬い皮膚を破れない。
「厄介だ」
もう一度、振るう。
小さな傷が入る。けれどそれだけ。
「チッ」
「OOO」
ドラゴンが鬱陶しそうに後退し、勇者との間に距離を生み出す。勇者が、一つ大きく息を吸い込む。一瞬頭によぎった敗北の文字を、塗りつぶすように息を吐き出す。
きつい。
攻撃が通らない。相手の攻撃は、一発で致命傷。とてもきつい。
だから、考える。
こんな弱くて、遅い体で、どうやってドラゴンと渡り合うのか。
だから、見る。
ドラゴンの、ほんの少しの弱点を探す。
「……!」
飛竜は、距離を離した後詰めようとする姿を見せていない。
勇者はそれを攻撃を防がれたことで恐怖しているからだと思っていたが、違う。よく見れば、ドラゴンが後ろ足を庇うように立っているのがわかった。
(怪我、してるのか?)
回り込むように、ドラゴンの攻撃が届かないギリギリを勇者が駆け出す。
ドラゴンもそれに合わせて方向転換するが、動き出すまでのほんの少しの間に、それが視認できた。左後ろ足の先端にかけてから根本まで広がる、痛々しい斬撃痕を。
ほんの少し、勇者の口角が上がる。
まだ、運は自分を見捨てていなかったのがわかったから。
「OOO!!」
ドラゴンが唸る。それに合わせて、口元から炎が漏れ出ていく。
彼らが最強種と呼ばれる所以は、その身体能力と硬い皮膚だけではない。個体によって属性の違う
人間ではもちろん耐えきれず、場合によっては国一つすら焼き尽くす破滅の吐息。
しかし、この距離ならできることはある。
「内側」
できるだけ姿勢を低く、潜り込むようにドラゴンの体の内側へと走り込む。
目的地は首の下。どれだけドラゴンの吐息が広く、強い攻撃だとしても、それが出てくるのはドラゴンの口からで、それを動かしているのは生き物だ。つまり、死角が生まれる。
「自分の体は焼けないだろ」
普通のドラゴンなら、飛ばれて吐息でこの対処法は不可能。
しかし、脚を怪我しているコイツは飛翔することを嫌がっているきらいがあるようだった。だから、勇者の対策が光る。
体の下を通り抜け、さらに走る。
そして、後ろ脚へと剣を向ける。皮膚に弾かれないように、傷口のその奥を狙う。
「喰ら、え!」
差し込み、捻る。
傷口をえぐり出すように、できるだけ大きな範囲で剣を振り続ける。生成したナイフも使って、ぐちゃぐちゃに内部を破壊していく。
「OOOO!!!」
泥沼の殺し合いが、始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます