第14話 馬車


 心の中で盛大に僕はツッコミました!



 何でも僕とサユリが居ない間に大公殿下と公爵夫人までもが馬車に乗り、ハンル様に売ってくれと騒がれてとても大変だったとか何とか……


 さすがにナデシコを繋ぎはしなかったハンル様を僕はファインプレーだと心の中で褒めたんだ。


「なあ! 頼むよ〜。あの馬車と同じ性能の馬車を俺に売ってくれよ〜。あの馬車ならば王妃も絶対に文句を言わずに俺と出かけてくれるようになるから〜、なあ、ヨウナシ〜」


 それが人に物を頼む態度と口調ですかホーン様? 僕は自分が優位なのは分かってても頼む時には丁寧な口調を心がけますよ。


「売ってくれたら神の使徒様だって事は黙っておくからよ〜、頼むよ〜」


 バレて〜ら〜…… ハンル様がバラしたとは思わないから自分で気づいたんだろうね、意外と賢いなホーン様。


「いえ、別に言っていただいても僕たちは構いませんよ。別の国に行くだけなので」


 僕があっさりとそう言えばホーン様は泣き落としにかかってきたんだ。


「こんなのでもこの国の王なんだぞ、俺は。それもここまで平和な国は無いんだぞ。俺は出かけて王妃ともっともっとイチャラブしたいのに、王妃は引きこもり気味なんだぞ。そんな可哀想な俺に愛の手を差し伸べてくれても良いと思うんだ、俺は。ヨヨヨ〜」


 いくらイケオジだからって、いやイケオジだからこそ、その泣き真似はマイナス効果ですよホーン様。心優しい僕の妻、サユリですら若干引いてますよ。


「その、ヨウナシ殿。それについては私の方が先約なのを忘れないで頂けると有り難いのだが」


 そこでハンル様が何故か自分の方が先に売ってくれと頼んだと言ってくる。確かにそうですけど僕は売りますとは言ってませんよ、ハンル様。


「なぁ〜、ヨウナシ〜。一億ゴンまでなら出すからさ〜、頼むよ〜」


 ホーン様がそこまで言った時にザクバ様とジム様がやって来られた。


「ホーンよ、お前ヨウナシ殿に無理難題を言ってるのか?」


 ザクバ様、腐っても王様ですよ。呼び捨てはマズイんじゃないですか?


「ホーンよ、また儂の教育が必要かの?」

 

 ジム様はホーン様の若かりし頃の家庭教師でもされてましたか?


「うわっ!? 面倒なのが二人そろってやって来やがった!! ザクバよ、今は国王なんだぞ俺は。いくら同級でもそのタメ口は無いだろう。ジム、確かにお前には一から何もかもを叩き込んで貰ったが、今では俺の方が強いぞ、それでもヤるか?」


 ホーン様のその言葉にザクバ様とジム様の後ろから声がかかる。


「あら? お兄様はいつから私の夫とお義父とう様にそんな偉そうな事を言えるようになったのかしら? お義姉ねえ様に報告しなくちゃダメね」


「へッ、ヘレーンッ!? 待て、ちょっと待ってくれ!! 俺は偉そうになんか言ってないぞ! ザクバとはいつものやり取りだし、ジム先生とも若かりし頃に話してた通りの話し方なんだ!! だからミリーナに報告することなんて何も無い! 無いったら無いっ!!」


 大慌てになるホーン様。僕はちょっと王妃様とお会いしてみたいと思ってしまう。怖いもの見たさという奴だよね。


「あら? そうなんですのお兄様。ヨウナシさんやサユリさんは我が家の客人です。いくら国王陛下と言えども他家の客人に無礼な振る舞いは国法に触れますわよ」


「ヨウナシたちに無礼な振る舞いなんてしてないぞ、俺は。ただあの馬車と同じ性能を持った馬車を売ってくれと頼んだだけだぞ、ホントだぞ」


 ホーン様のその言葉にヘレン様は言葉を返す。


「当家にもお売りいただけてないのに何でお兄様に売られる事があるでしょう? 考えれば分かりますわよねお兄様?」


「うう、何故だ。見舞いに来たのにその見舞い相手である可愛い妹に責められる俺って……」


 何だかやり取りを見ていると僕が思ってる王家と貴族の関係とは違うように見えるね。僕は後でこのステーラ王国についてシンペディアで調べてみようと心にメモしたんだ。 


「お兄様、責めてるんじゃありませんわ。諭しているのですわ」


 ヘレン様の言葉に目に見えて落ち込むホーン様。


「ああ、子供の頃は「オニイたま、チュキ!」って可愛い笑顔を見せてくれていたヘレンにこの年になって諭されるダメな兄の俺……」


「それじゃ、ヨウナシさんサユリさん。私もあの馬車に興味があるわ。何で売って下さらないのか理由だけでもお話してくれないかしら? あちらにお茶の用意をしてあるの、行きましょう」


 ヘレン様は何事も無かったかのように僕とサユリにそう言ってニッコリと微笑まれた。うん、何だか怖いから言うことを聞いておこう。


 部屋に案内されるとミーハさんがお茶を入れてくれた。


「それで、ヨウナシさん。どうして売っていただけないのかしら?」


 さっそく本題に入るヘレン様。


「それはこの世界の技術で作れるのかどうかが僕に分からないからです。作れるのであればお売りするのに何の問題もありません。けれども作れないのならば売る事になる度に僕が必要となります。僕としてはそんな面倒な事はしたくないというのが本音です」


 僕は正直に自分の気持ちを語ったんだ。薬作りにしろジェリーの皮の加工にしろ、全てこの世界で出来る事だから、僕とサユリは売れる度にマージンが入ってくる。そのマージンについてもいざとなれば自宅があるから最低限にしてもらってるけどね。


「なるほどね。そういう事ならば、ハンル」


「はい母上、何でしょうか?」


「グレドを呼んでちょうだい。グレドがダメならあの馬車を作れる者は居ないという事になるわ」


「分かりました、直ぐにマーヤに言います」


 うん? バルさんじゃなくてマーヤさんなの?


「グレドは職人なの。珍しいダブル職持ちなのよ。鉄木工職人っていうのよ。それにマーヤと結婚しているのよ。うちのお抱え職人をたばねてもらってもいるのよ」


 ヘレン様の説明に納得する僕とサユリ。そこでサユリから提案があった。


「ヨウくん、職人さんが来るなら詳しく説明出来る方が良いんじゃないかしら? 私たちも調べ物をしておくべきだと思うわ」


 それもそうだ! いま質問されても何も答えられないよ。僕はヘレン様に十分ぐらい抜けさせて下さいとお願いした。


「勿論よヨウナシさん。でもサユリさんは私と一緒にいてくれないかしら? 女同士でお話したいわ」


 ヘレン様の言葉に僕はサユリを見た。サユリもお話したいようで頷いたので僕だけ自宅に戻ってシンペディアで馬車について調べる事にしたんだ。それともう一台、馬車を呼び出しておいた。きっと目の前にあった方が作りやすいよね? 僕たちの乗ってた馬車は取られると移動手段がなくなっちゃうから、ちゃんと職人さんの研究用に用意する事にしたんだ。


 よし! 必要だと思われる素材関連の項目なんかも網羅できたと思うけど、いつも僕の足りない所を指摘してくれるサユリが居ないからちょっと不安だ……

 でももう十分を過ぎてるし早く戻ろう。


 僕が戻るとグレドさんが来て既に馬車を調べていると聞いた。ヘレン様とサユリも馬車の所に移動したらしい。僕も侍女さんに案内されて向かう。


「おお! このバネっていうので衝撃を吸収してるんだな。それに鉄の車輪に巻かれてるこのゴムっていう素材も一役かっていると。なるほど、なるほど…… ハンル様、似たような素材はある。だから作れない事は無いとは思うが直ぐには無理だ。先ずは小さい人の乗れないサイズで試作をして、それから改良して人が乗れるサイズにしていく方法になる。それでもこの馬車と全く一緒の性能になるかはワシにも分からねえ」


 そりゃそうだよね。この馬車だって向こうの世界で試行錯誤を繰り返して改良されたものだからね。


「グレド、その人が乗れるサイズの馬車を試作するのにどれぐらいの日数が必要だ?」


「う〜ん…… 加工自体は見る限りそんなに難しくなさそうからなぁ…… それでも三ヶ月は必要だなハンル様」


「そうか、三ヶ月か。良し、費用は気にしなくて良い。さっそく取りかかってくれないか?」


「分かったハンル様。この馬車は工房に持っていっても構わないか?」


 それはダメです〜。


「待って下さい。もう一台、研究用に用意したのでそちらを工房に持って行って下さい」


 僕は大慌てで馬車を自宅に取りに戻ったんだ。アイテムボックスを僕は持ってないからね。けど僕は自分が大失態を犯した事に気づいてなかった。


 馬車と共に戻った僕を見てグレドさんが言い放つ!!


「馬鹿にしてんのかっ!! お前さんが用意出来るなら俺が作る必要なんてねぇだろうが!!」


 しまった!! グレドさんの居ない場所で用意するべきだったよ。職人さんと言えば元の世界でも気難しい人が多いって聞いてたから、例えハンル様の命令でも聞かないなんて事がありえそうだ。

 僕は自分の失敗にアタフタしてたんだけど…… 


 うん、分かったよ。この世界では女性が強いんだって事が!


「何をバカな事を言ってんだいっ、アンタ!! 私の命の恩人であるヨウナシ様がご好意で用意して下さったって言うのにそんな事を言うならもう別れるしかないねっ!! 勝手に何処でも何でも好きなものを作って好き勝手すれば良いさっ!!」


 マーヤさんが丁寧な物言いをせずに喋るとこうなるんだね。


「い、いや、マーヤ、俺が言ってるのはそういう事じゃなくてだな、その、用意出来るなら俺が作らなくてもっていう職人の気概についてだな」


「ゴチャゴチャうるさいね! 私と別れるのか、それともヨウナシ様のご好意を素直に受けて、この馬車を再現するのか、二つに一つだよ! 良いかい、職人の気概だって言うなら、アンタを見込んで作れって言って下さってるヘレン様やハンル様に、この馬車よりも更に優れた馬車を作って見せますって言うのが本当の職人の気概だろっ!! アンタの言ってるのはただのワガママだよっ! さあ! どうするんだいっアンタ!?」


「はい!! 精一杯、作ってこの馬車よりも性能のよい馬車を二カ月で納めて見せます!!」


「と、主人が申しております。どうかお許し下さいませ、ヨウナシ様、サユリ様、ハンル様、ヘレン様。先ほどの私の言葉は聞かなかった事にしていただくと幸いでございます」


 物凄い啖呵を切ったマーヤさんが、僕たちの知るマーヤさんに一瞬で戻ったよ。僕とサユリはその事にホッとしてるけど、ハンル様やヘレン様は苦笑いされてる。どうやら今回以外にも似たような事が過去にあったみたいだね。


「良し、グレド。それではよろしく頼むぞ」


 ハンル様のその言葉に直ぐに動き出すグレドさん。マーヤさんと離婚したくないんだね。


「ヨウくん、マーヤさんみたいには成れないけど私も頑張ってヨウくんを支えるね」


 サユリのその言葉に僕は幸せを噛み締めたよ。


 こうして馬車の研究も行われる事になったペリ伯爵家が売り出し始めた馬車は、ステーラ王国だけじゃなくて他の国や大陸にも輸出されるようになるんだけどそれはまだまだ先の話だよ。


「それではホーン様、二カ月後にはお披露目しますのでそろそろお帰り下さい」


 隠れて見てたホーン様にそう言うハンル様。


「うっ、冷たいなハンル。もう少し居ても良いだろう?」


 悲しそうに言うけど今度はヘレン様からの言葉がホーン様に。


「お兄様、お義姉ねえ様から私宛に連絡が届いたわ。明日中に戻らないのなら離婚だって仰ってたわよ」


「離婚は嫌だーっ!! それじゃ、俺は戻るから、達者で過ごせよヘレン。ハンル、約束だぞ! 二カ月後に王都でお披露目しろよ!!」


 そう言うと伯爵邸に駆け込むホーン様。僕とサユリが不思議に思ってみたら


「屋敷内に王都の陛下の私室に繋がる転移陣があるのだ、ヨウナシ殿」


 ハンル様が答えを教えてくれた。


 でも僕たちが王都に行くときは馬車を使ってナデシコと一緒にゆっくり旅をしようねとサユリに提案したよ。


「うん、早く新婚旅行をしたいねヨウくん」


 その可愛さにポタポタと垂れそうになる鼻血を堪えながら僕はコクコクとサユリに頷いたんだ。

 

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