第9話 シンペディア

 良し! それじゃ、お薬の時間だね!!


 僕とサユちゃんは伯爵家の用意された部屋に戻ったんだ。

 部屋を出て聞いていたマーヤさんの部屋へと向かう。ノックをすると中からミーハさんの声で返事があったので扉を開けさせて貰った。

 そこには着替え中のミーハさんが……


「キャーッ!? ヨ、ヨウナシ様!!」


「ご、ごめんなさい! 返事があったから開けてしまって!?」


 と謝りながらも扉を閉めようとしない僕にサユちゃんが変わって取っ手をとり扉を閉めた。


「ヨウくん…… 見とれてたね……」


 うっ、かつて無いほどにサユちゃんから冷気が届いてくるよ。


「い、いや、見たって言っても一瞬だけだよ! 直ぐに目を瞑ったし!」


 ウソです、目を見開いて脳内メモリーに記録保存しました…… 男のさがです、ごめんなさい……


「ふ〜ん、ホントに?」


「ホッ、ホントだよサユちゃん!」


 けれども運命の女神様は僕には微笑んでくれなかった…… 扉がカチャリと開いて着替えを終えたミーハさんが顔を真っ赤にさせながら


「ヨウナシ様、見たいのなら奥様のサユリ様が居ない時に幾らでも…… ポッ」


 なんて言うんだから!? 違う! そうじゃないんだよ、サユちゃん!!


「そうなんだ、私の居ない時に…… ね。後でお話しましょうね、ヨウくん。今はザクバ様の奥様にお薬をお届けしましょう。早い方が良いでしょうし。ミーハさん、マーヤさんは何処にいるのかしら?」


 ミーハさんも僕の後ろにサユちゃんが居たのを知っていてそんな事を言うものだから冷気に当てられたみたいだ。


「ヒャい! サユリ様、母なら奥様の元に看病に行っております!」


「それならマーヤさんにも飲んで貰う必要があるねヨウくん。バルさんを呼んで貰ってハンル様に話を通してからお薬を飲んで貰いましょう」


「う、うん。そうだねサユちゃん」


 僕は後のお話し合いが怖いので少しでも長く時間が掛かる方が良いと思ってたんだ。でも病で苦しんでる人を早く治して上げたいとも思うから直ぐにミーハさんにバルさんを呼びに行って貰った。 


「どうされましたか、ヨウナシ様、サユリ様?」


 バルさんがやって来て僕たちにそう聞く。僕はバルさんに説明をした。


「おお! それは! ハンル様もザクバ様もお喜びになられます! さっそく話をしに行きましょう! 申し訳ないですがお二人もついて来て頂けますか?」


 それに頷いて僕たちもバルさんに着いていったんだ。案内されたのは執務室だったよ。体感だけど夜の九時ぐらいなのにまだ仕事をされてるんだね。

 バルさんがノックして返事を確認してから扉を開けて僕たちを中に招いてくれた。


「どうしたバルこんな時間に。ヨウナシ殿やサユリ殿まで」


「ハンル様、大奥様の薬をヨウナシ様とサユリ様がご用意くださったのです。しかしながら勝手に投与してはダメだろうとハンル様かザクバ様の許可を得たいと申されております」


 バルさんが報告するとハンル様は僕たちの方を見て


「ヨウナシ殿、サユリ殿、本当か? 本当に母上の病を癒す薬を持っているのか?」


 信じたいけれども信じ難いという表情で聞いてきた。


「ハンル様、私は鑑定のスキルを持ってます。それによって母上様の病を調べました。それで私たちの手元にある薬で有効な物を持っていたのでこうして持参しました」


「なんと!? サユリ殿は鑑定持ちなのか。ならばコミチにもその薬を見せて良いと言うならば母上に投与して貰おう。私は父上に知らせてくるのでバルは母上の元に行ってくれ。コミチとマーヤが母上についてくれているからな」


 そう言うと急ぎ部屋を出ていくハンル様。僕たちはバルさんの案内で母上様の部屋に向かった。


 バルさんがまたノックしてマーヤさんが扉を開いた。


「まあ、どうしたの兄さん!?」


「マーヤ、コミチもいるかい? ヨウナシ様とサユリ様がヘレン様の薬をご用立て下さったんだ。コミチに確認して欲しいんだよ」


「ケホッ、ここに居るわよ、あなた。サユリ様、見せて下さい」


 咳をするコミチさんを見てサユちゃんはコミチさんの額に手を当てた。


「凄い熱だわ! コミチさん、発症してます! 薬はコレです。先ずはコミチさんが飲んで下さい。ヘレン様の分もちゃんとありますから! それからマーヤさんも飲んで下さい。バルさん、他にヘレン様の元に来られた方が居たら全ての人にこの薬を飲んでもらう必要があります。確認して連れてきて頂けますか?」


「わ、分かりました。直ぐに!」


 バルさんが出ていき薬を見ていたコミチさんが興奮しだしちゃったよ。


「嘘っ! 何これ! こんな薬がこの世にあったのっ!! 直ぐに奥様に飲ませないと!!」


「ストップ、待ってコミチさん! このままだとヘレン様は飲みにくいでしょうから水に溶かしてから飲んで頂きましょう。コミチさんはそのまま口に含んで水で飲み込んで下さい。さあ、マーヤさんも!」


 サユちゃんの指示で薬を飲み水を飲む二人。因みにだけど薬は箱、袋から出して紙包に変えてあるよ。この世界に無い包装技術だからね。


 先ずはコミチさんが麻黄湯を飲み、続いてマーヤさんも飲んだ。そして、


「きっ、消えたーっ!! 熱も関節痛も倦怠感も消えたーっ!!」


 コミチさんが叫び、マーヤさんも


「あら? ちょっと怠い感じがしてたのが無くなりました!」


 とビックリしている。それから二人は慌ててヘレン様にも薬を飲んでもらうために、コップに入れた水に麻黄湯を入れて溶かし始めた。


 そうこうしている内にバルさんがヘレン様の看病に携わった人たちを連れてくる。ハンル様にザクバ様もやって来る。にわかに僕とサユちゃんの二人は忙しくなったんだ。

 全員に麻黄湯を飲ませて「他には居ませんか?」と確認をしてからハンル様とザクバ様がヘレン様の様子を見に行かれた。


 そして中から


「おお、ヘレン! 良かった!!」

「母上! 治ったのですね!」

 

 と喜びに満ちた声が聞こえてきたんだ。僕とサユちゃんは顔を見合わせてニッコリとしたよ。

 そして部屋に呼ばれた僕たちはヘレン様と対面したんだ。


「あなた達二人がヨウナシさんにサユリさんね。貴重な薬を用立てしてくれて本当に有難う。このまま夫にも息子にも別れを言えずに亡くなってしまうと思っていたのよ。あなた達は命の恩人よ」


 ヘレン様の言葉に僕とサユちゃんは頭を下げて何も言わなかったんだけど、ザクバ様の次の言葉に驚いた。


「どうだろう、ヨウナシ殿、サユリ殿。暫くは息子の後ろだてのもとでこの領都で過ごされては。理由は…… お前たち少しだけ席を外してくれ」


 そう言われバルさん以外の人たちが部屋から出ていったんだ。そして


「ヨウナシ様とサユリ様にお願い致します! 我らの領地にてその知識を授けて頂けませんか? 神の使徒様にこのようなお願いをするのは間違った事かも知れませんが、どうか、どうか!!」


 ザクバ様が頭を下げて、ハンル様とバルさん、ヘレン様までベッドの上で僕とサユちゃんに頭を下げてお願いされてしまったんだ。


 でもこれは困った事になったよ。知識と言われても僕は自宅はチートで何でも呼び出せるけど、その作り方までは分からないからね。勿論だけどサユちゃんだっておんなじだ。その時、


『あら、良いんじゃない。力を貸して上げたら』


 神様がまた呼んでないのに現れたんだ。

 

 僕はこう思った。『最近良く出てくるな』って。


「こっ、この神気は!?」(ハンル)

「至聖神様!!」(ザクバ)

「神よ、命を救けて下さり有難うございます」(ヘレン)


『ああ、やっぱりあそこ以外だと神気が漏れちゃうわね。ま、それでも良いか。ヨウナシさん知識は自宅のPCで【シンペディア】を立ち上げたら得られるわ。それを教えて上げたら良いのよ。但しダメな事はシンペディアにダメって書いてあるからそれは避けてね』


 シンペディアって何? そのウィ◯ペディアみたいな奴って事なのかな?


『そうそれよ。でもアレよりも分かりやすくこの世界に適応した事が書かれてあるからきっと役に立つ筈よ。この領地の人々は私の信者たちでもあるの。だから手助けして上げて』


 そう神様に言われて僕とサユちゃんはザクバ様に返事をしたんだ。


「どこまで手助け出来るかは分かりませんけど、分かった事ならお教えします」


「おお!! 有難うございます、使徒様!!」


 その呼び方はダメだよね。


「あの、ザクバ様。僕もサユちゃんもそんなふうに呼ばれるのは好きではありません。出来ればこれまで通りの呼び方でお願いできますか? それと敬語も止めて下さい」


 僕のお願いに


「それがヨウナシ殿とサユリ殿の願いならばそうしよう。では詳細な話は明日にしようか。今日は本当に有難う、妻の命を救ってくれて」

  

 ザクバ様がそう言ったから僕とサユちゃんはバルさんの案内で部屋に戻ったんだ。で、内鍵をかけてからさっそく自宅に戻った僕とサユちゃん。


 PCを立ち上げて【シンペディア】を見てみた。


「うわ〜、凄いね。ヨウくん、麻黄湯の作り方も載ってるよ。それもこの世界の素材でだね。でもヨウくんが呼び出した麻黄湯ほどの効果は無いみたい」


「ホントだねサユちゃん。でもこれでもきっとこの世界の人たちには役に立つ筈だよ。ほら、特薬草は要らないみたいだし」


「そうだね。一つしか治療薬が無いよりは沢山あった方が良いよね」


 それから僕とサユちゃんは傷薬、消毒薬なんかもプリントアウトして出してその日は伯爵家の部屋には戻らずに自宅の部屋で寝たんだ。明日はこれを取りあえずハンル様に手渡して、他にも何かあるならまた【シンペディア】を使用する事にしたんだ。


 暫くはハンル様の領地で過ごすのも良いよね。


 僕もサユちゃんもレベル上げもしたいと思ってるし。弱い魔物や魔獣がいる場所を教えて貰おう。


 そう決めて僕も就寝したんだ。


 翌朝、目覚めて伯爵家の部屋に戻った僕とサユちゃんはバルさんを呼んで貰いハンル様の都合の良い時を教えて貰おうとしたんだけど、そのまま連れて行かれてしまった。


「ヨウナシ様とサユリ様のご用事を最優先するようにとハンル様から言われておりますので」


 そして執務室じゃなくてハンル様の私室と思われる場所に行ってみたら、ハンル様とザクバ様にヘレン様、ジム様とハーリ様までおられたのにはビックリしたよ。


 ジム様とハーリ様はヘレン様を救ってくれて有難うと僕とサユちゃんに言うと直ぐに部屋を出ていった。


「さて、ヨウナシ殿、サユリ殿。さっそくだが話をさせて貰っていいか? 先ずは昨日の薬についてなのだが……」


 そこから話合いが始まって僕がプリントアウトした紙をサユちゃんがアイテムボックスから取り出してハンル様にお見せした。


「おお!! これならば我が領地で素材が揃う。母上に頂いた薬ほどの効果が無くともこれで救われる領民も多勢になる!! 有難う、ヨウナシ殿、サユリ殿!!」


 そこからは領地の人たちから人を選んで薬作りに携わってもらうとの事で僕とサユちゃんは取りあえずお役御免となったんだけどもその前に、


「ハンル様、僕とサユちゃんでも倒せるような弱い魔物がいる場所って領都の近くにありますか?」


 確認するとすぐ近くの草原が最適な場所だろうと教えてくれた。


「バルに案内させよう。それとヨウナシ殿、サユリ殿、何処かに住まう場所があるようだが、領民に疑問を持たれぬように我が家に逗留して貰っている事にしようと思うのだが良いか? それと身分証明は私が出すので心配しないで欲しい」


 願ってもない提案に僕もサユちゃんもお願いしますと頭を下げたよ。


 さあ! レベル上げに励もう!! 


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