第6話 伯爵家のお強請り
さあ、一体どんな都市なんだろうね!
門前に立つ兵士がバルさんを見て驚いている。
「バル殿! この馬車は? 一体どうされたのですか? ハンル様はご無事なのですか?」
壮年の兵士がバルさんに矢継ぎ早に質問してきた。
「ソーンさん、落ち着いてください。ハンル様は怪我一つなくこの馬車に乗っておられます。怪我をしたのはマーヤさんとミーハさんだけです。それもこちらの馬車の持ち主であるヨウナシ様とサユリ様によって命に別状はありませんので。私たちの馬車は結界をすり抜けた魔蜂のひと刺しで暴走した馬により横転してしまったのです。馬は亡くなりちゃんと処置もしてますからご安心ください。ただ、横転した馬車の残骸が残っています。後ほどハンル様から依頼を出します。残骸処理をお願いする事になるでしょう。それでは入ってもよろしいですね」
「ハッ! 分かりましたバル殿。ハンル様がご無事で良かった。しかしまた魔蜂ですか…… 何とかしたいところですな。それではヨウナシ殿だな。領主ハンル様のお客人という事で記録しておこう。それでろよしいかバル殿?」
「はい、ヨウナシ様とサユリ様です。記録をよろしくお願いしますね」
そして、中に入るとそこは確かに異世界だった。
「うわ〜! 凄いですね。石造り、木造、アレはレンガですか? 多種多様な建物が並んでいて圧巻ですね!」
僕が思わず見たままの感想を素直に言うとバルさんは微笑みながら言う。
「フフフ、見る人が見ればまとまりが無いなんて言われる事もあるのですが。そんなに感動して頂けるとやはり住む者としては嬉しいですね」
都市内部はちゃんと馬車道と歩く人用の道が分けられていた。僕はナデシコにユックリ行ってねとお願いする。
ナデシコもちゃんといつでも止まれる速度で馬車を引っ張ってくれた。
「このまま真っ直ぐに進んでもらえますかヨウナシ様。あの先に見える少し小高い場所の建物がハンル様の屋敷となります」
バルさんに言われて先を見ると大きな洋館が見えた。ここから大きいと分かるという事はかなり大きいんだろうと思う。
「先々代の頃は小さな屋敷だったらしいのですが先代の時に領民たちから嘆願がありまして、領民たちが率先して今の屋敷を建ててくれたのです。フフフ、不思議そうな顔ですね。実は先代様の時に天候不順で作物が出来ず領民たちが飢えてしまったのですが、先代様は備蓄庫にある食料をすぐさま放出され、なおかつどうしても置いておかなければいけない物以外は全て売り払い、そのお金をもってして食料を購入されて領民たちを飢えから救われました。その事を恩義に感じた領民たちからの贈り物という訳なのです。もちろんハンル様もそのような時に備えてこれまで以上に蓄えを構えられております」
ハンル様だけじゃなくてハンル様のお父さんも領民の事を第一に考える貴族だったんだね。
僕がそんな事を考えていたらバルさんが続けて言う。
「先代様も先々代様もまだご存命ですから覚悟しておいて下さいねヨウナシ様」
ニコリと飛び切りの笑顔でそう言われて『何を?』って思うのは仕方ないよね。
「えっとバルさん? 覚悟ってどういう……」
「フフフ、それは着いてからのお楽しみです」
ブラックバルさんがここに爆誕したよ。取りあえず何か問題があったら直ぐに【自宅】に引きこもろうと決意して僕は馬車を進めたんだ。
そして屋敷に到着すると「停まれ! 何者だ!!」って門番さんに言われてしまう。けど
「グラッド、私です。こちらは馬車が横転して困っていた私たちを屋敷まで連れて帰って下さったヨウナシ様です。ハンル様もこの馬車に乗ってます」
バルさんが御者席からそう声をかけ、ハンル様も馬車の窓から顔を出して
「グラッド、ご苦労さん。困ってた俺を助けてくれた者たちだ。今日は屋敷で歓待する。俺の客人だから丁寧にな」
とグラッドさんに言うと
「はい! 分かりました! 失礼しました、それではどうぞお通り下さい!」
門を開けて馬車が通れるようにしてくれたよ。しかし門からお屋敷まで遠いね。ナデシコ、もう少しだから頑張ってね。
屋敷にたどり着いたよ。扉前には侍女服、メイド服、執事服を着た人が並んでいてその中央に初老のご夫婦と壮年の男性が立っていた。
馬車から一番に降りたハンル様はサユちゃんやマーヤさん、ミーハさんをエスコートして降りたのを確認すると真ん中に向けて進んでいく。
「父上、お祖父様、お祖母様、ただいま戻りました。道中、少し問題が起こりましたが偶然に通りかかった旅人、ヨウナシ殿とサユリ殿のお陰で全員が無事に戻って来ることが出来ました」
ハンル様の言葉に壮年の男性が返事をした。
「そうか、無事に戻ってきてくれて良かった。連絡を受けて直ぐに救援隊を送ろうとしたが、編成している時に救援は必要ないとまた連絡が来たからやきもきしたぞ。バルもご苦労であったな。マーヤ、ミーハは傷を直ぐに診てもらえ。医師を待たせてある」
ハンル様のお父様、先代の伯爵様だね。
「マーヤ、ミーハ、さあ屋敷に入って」
バルさんが促してマーヤさんとミーハさんは屋敷に入っていったよ。それから三人の方が僕とサユちゃんの方を見て頭を下げられた。
「この度は息子の危機に助けて貰い感謝する。大したもてなしは出来ないがどうか当屋敷にて寛いで欲しい。先に少し話を聞かせて貰うことになるが。私は先代の領主でザクバという。こちらの二人は先々代の領主であるジムとその妻ハーリだ」
「孫を助けてくれて有難う」
「ハンルを連れて戻ってくれて本当に有難う」
初老ではあるけれどもしっかりと背筋がのびたガッシリした体格のお祖父様に、本当にお祖母様ですか? という感じの四十代に見えるお祖母様。
ハンル様のご家族はとても若々しいと思ったよ。
「すまぬが私の妻は病に臥せっていてな。挨拶できずに申し訳ない」
「父上、母上の容態は?」
「変わっておらぬ。ハンル、薬はどうなった?」
「それが…… やはり特薬草が無いとの事で……」
ご病気なんだね。そんな時に僕たちがお邪魔しても良いのかな?
「ああ、すまない。妻の事は気にしなくても良い。それよりも息子や従僕たちが本当に世話になった。どうか中に入ってどういった状況だったのか教えて欲しい」
先代の伯爵様のザクバ様にそう言われて僕とサユちゃんは屋敷の中に招かれた。
で、興奮したお医者さんに自白を迫られました……
「あなた達ねーっ!! さあ! さあ! キリキリ白状しなさい! どんな奇跡を使ったのよ!! 傷跡ひとつ無いなんて薬じゃ無理な筈よ! しらを切るつもりなら自白剤を飲ますわよ! 傷跡がなくても傷を負ったのは分かるわよ! ミーハちゃんもマーヤさんも傷の部分の服が破れているからね! バルは騙せても【失敗しない私】は騙せないわよっ!!」
うん…… 逆になってるけどこの世界にも大門未◯子がいたとは知らなかったよ。
って言ってる場合じゃないよね。僕もサユちゃんも困ってバルさんを見ると、
「お二人とも私の妻がすみません。何度か説明もして、ミーハにも説明させたのですが信じてくれず……」
バルさんの奥さんだったんだね。それじゃあと僕はミーハさんとマーヤさんに塗った傷薬を名前もまだ知らないバルさんの奥さんに手渡した。
「これがマーヤさんとミーハさんに使った傷薬です。お渡ししますから存分に調べて下さい」
そう言って渡すと僕の手から傷薬を受取りバルさんの奥さんはじっと薬を見つめている。
「何なのこの薬…… 塗布タイプだけど止血及び増血、組織の再生まで…… こんな薬は私は知らないわ。あなた達、この薬は何処で手に入るの? キリキリ白状しなさいっ!!」
「コミチ!! ハンル様の恩人だぞ! 言葉に気をつけなさい! それにお二人がご好意でマーヤとミーハにこの高価な薬を使用して下さったのだ、それを変に勘繰って詮索などしてはダメだ!!」
バルさんが奥さんをそう言って叱る。見つめただけで僕も知らない効果効能が分かるなんて、いわゆる【鑑定】のスキルを持ってるのかな? それにコミチさんって名前なのか。入れ替えればミチコになるよね…… なんてくだらない事を思ってたら
「あなた、私は…… この薬があればもっと沢山の人を助けられると思って…… でもごめんなさい、ついつい」
「はい、そこまでだ。コミチ、マーヤとミーハは大丈夫なんだな?」
「はい、ハンル様。何の問題もありません」
「そうか。それでは母上をまた診ていてくれるか?」
「はい、畏まりました」
コミチさんは部屋を出ていき、僕たちはハンル様に言われてソファに腰掛けた。ハンル様にザクバ様、ジム様にハーリ様も座る。バルさんはハンル様の後ろに立っていた。
「さて、それでは話を聞かせて欲しい」
ザクバ様に言われて先ずはハンル様とバルさんが馬車が横転するまでの経緯と僕たちが通りかかるまでの説明をする。
それから今度は僕が出会ってから領都ペリまでの道中について話をしたんだ。
「父上、ヨウナシ殿とサユリ殿の馬車は凄い! 王家でもあれ程の馬車は持ってないと思う。後で乗せて貰うと分かると思う!」
僕が話を終えたタイミングでハンル様が力説した。ザクバ様、ジム様、ハーリ様もその言葉に興味を持たれたのか、代表してザクバ様が
「どうだろうヨウナシ殿、サユリ殿。ちょっと屋敷の敷地内で私たちを乗せて動かしてもらえないだろうか?」
なんて頼まれた。
「ええ、もちろん良いですよ」
と僕が軽く言うとサユちゃんは
「ハンル様、ザクバ様、私に奥様のご様子を見させて頂けませんか? 多少ですが病についての知識もありますので、私たちの持っている薬で効果がありそうならば奥様に飲んでいただけると思いますから」
そう言ってザクバ様の奥様にお会いしたいって頼んだんだ。サユちゃんの通ってた高校には看護科があってサユちゃんはそこで授業以上の事を進んで勉強していた。
ひょつとしたら奥様の病が何なのか見当がつくかも知れないと思ったんだろう。見当がつけばどんな薬が効果があるか分かるだろうしね。
「ムッ、しかしもしも病がサユリ殿に移ってしまったら……」
ザクバ様はそういって躊躇うけどサユちゃんの意思は固いみたいで「大丈夫ですから」と再度お願いしている。
「ザクバ、これほどまで仰ってくださっているのだから診ていただきなさい」
ハーリ様の言葉にサユちゃんはザクバ様の奥様の様子を見に行く事になったんだ。バルさんの案内で部屋を出るサユちゃんに僕は「後で教えてね」と伝えた。
残念ながら自宅で物を補充出来るのは僕だけだからね。落ち着いたらある程度の物をサユちゃんのアイテムボックスに入れておいて貰おうと心にメモをしたよ。
それから僕たちは庭に出ていき馬車に乗っていただいたんだけど……
「ヨウナシ殿! 千万ゴン出そう! この賢い馬もつけてくださるなら二千万ゴンだ!!」
ザクバ様、売りませんよ。ましてやナデシコは絶対にダメです。
「ヨウナシくん、この馬車なら私もジムもまた王都まで行けるわ…… 私なら馬車と馬で五千万ゴン支払うけどどうかしら?」
ハーリ様、お金の問題じゃないんです……
「フフフ、甘いな二人とも。ワシには分かっておるぞ、ヨウナシくん。ワシは馬車だけで二千万ゴンを支払うし、ゴニョゴニョ(王都では凄い店に連れていってやるぞ!)さあ、どうだヨウナシくん!!」
はい、とても心惹かれる提案ですけど僕は設定とはいえサユちゃんが妻だと言いましたよね?
なので却下します。
その後もあの手この手でお
ああ、疲れた……
そして屋敷に戻るとサユちゃんが待っていて僕に耳打ちしてくれたんだ。
それなら大丈夫だね!
よし、今日は泊まれって言われてるから部屋に案内されたら自宅に戻って薬を用意してこよう!!
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