第14話 自ら探索の末
須田美濃守はこの日九つ半(十三時)に下城して番所(奉行所)に戻ると、小者に言いつけて用意させておいた古着に着替え、三尺の手拭いを頭に被って百姓に化けた。
所謂変装であるが、
須田美濃守信秋は
それは名目で事実は自ら釈然としない部分の解明が目的であった。
郷田壱之助と岡っ引きの伝蔵と共に亀戸村に向かった。
折悪しく客人がいるようで、家の中から笑い声やら話し声が聞こえて来た。
「ご免よ、太吉さんはおいでかね」
と伝蔵が縁側から声を掛けると、
「へ~い、何方さんで」
と女房の常が応対に出た。
「あれ親分さん今日は何の用事かね」
「大したことじゃねえんだが、客人でも居るのかい」
と探りを入れると、
「町屋の知り合いが遊びに来てるのんですよ」
と愛想良く答えるのだった。
「よく来なさるのかい」
「色々面倒見て貰ってるのさ。そちらは?」
「此奴はとんだ失礼を」と奉行はもう少しのところで頭の被り物を取る所であったが、お思い留まって、
「猿江村の留治と申しやす」
と挨拶した。
そこへ太吉が出て来ると、郷田壱之助と岡っ引きの伝蔵に挨拶して来意を告げられると、座敷に招き入れた。
奉行扮する留治は遠慮して上がり
右の部屋には太吉の知り合いだという夫婦が居た。
「実はよ其処に居る留治が西瓜を作ってみたいというので、それなら太吉っあんに訊いてみようとなって押しかけて来たと言う訳なんだがどうだろうか」
郷田壱之助は百姓に扮している奉行に挨拶させるのだった。
「今は何を作つているんだい」
と太吉が訊くと、
「色々です」
と曖昧な答え方をしたので伝蔵が、
「こないだ貰った
と機転を利かす。
「実はあっしは武家奉公をして居りましたが、親爺が三月ほど前に急病で亡くなってしまったものですから、お暇を頂いて家業の農業に付いたのですが、親不孝者で若い頃から武家奉公して居たものですから農業に付いては全くの素人なもんで、隣近所に教わりながら始めたものの中々上手く行きません。
奉公先で頂いたことのある西瓜が泥玉とかで話題になったものですから、私も造ってみたいと思いまして、あっ勿論泥玉ではありませんよ」
と笑いを誘い、
「そこで親爺が懇意にさせて頂いておりました郷田壱之助様にご相談しましたところ、此方が西瓜作りの名人と言われまして、是非ご教授頂きたくお願いに上がった次第です」
郷田壱之助は次第に武家言葉になって行く奉行の話っぷりに冷や冷やしながら聞いて居たのである。
それを隣りの座敷でそ知らぬふりして聞いて居るぽん太らにしても何となく違和感があったに違いない。
それは武家奉公の下男ではなく間違いなく根っからの武家言葉に聞こえたのだ。
一挙に覚えられる訳ではないので、少しずつ教えて貰うことで了解を得た。
「お客さんの様だからまた来るよ」
ぽん太は木の葉と共に西瓜を三つ背負い籠に入れて土間に下りると、
「旦那方お先に失礼します」
と一応の挨拶をして、大横川を弁天橋の方に歩いて行った。
「恰幅の良い旦那と綺麗な奥さんだね。良く来るのかい」
伝蔵は気安く訊ねると、
「旦那の方は土建業に従事してるようで、かみさんは髪結いをしているよ」
亭主は腹が出っ張っていて、目は真ん丸と言って良く、女房は細面に切れ長な眼であった。
一応畑を見せて貰い、手土産に三個の西瓜を貰って帰る。
帰り道、三人は其々の感想を述べたが、須田美濃守の受け取り方だけが二人とは違っていたのだ。
ぽん太とこの葉の夫婦を見て〈とうとう出た〉と思ったのである。
矢張り三つの事件は繋がって居たのである。
すると又八らが主張して譲らなかった亀戸村の太吉の畑から五十個の西瓜を根こそぎ取ったというのは間違いなかったようだ。
唯それが泥玉の偽装西瓜であった為、問題になったのである。
偽装西瓜とは知らず盗んで料理茶屋に売り捌いた又八ら窃盗団六人は、生産者から盗んだ三十個が千五百文程で泥玉分を合わせた五千五百文が窃盗罪に当たるとして、重敲きに入れ墨を入れられて島流しと佐渡送りとした。
この裁可が下る前に太吉夫婦とぽん太夫婦が別々に北町番所に呼び出された。
太吉夫婦には詮議所で直接奉行の須田美濃守が当たったのである。
夫婦は留治と名乗った奉行とは何度も接して居た為、親しみを感じていたので、泥玉を作って泥棒を懲らしめる方策に賛同した経緯をすっかり話してしまったのであった。
一方ぽん太とこの葉は泥玉の制作に付いては率直に認め、汗水流して育て上げた作物を盗んで行く輩が許すことが出来なかった為に謀ったことで、それは悪人どもを懲らしめる為の手段であったと自白したのである。
詮議所(取調室)で二人は奉行から太吉夫婦にお咎めはなしと聞いて安心したように王子の件も神田川の件も自分たちがしたことに間違いないと白状したのであった。
二人は大門脇の一角に在る囚人置場に別々に入れられたが、隣り合わせで格子状に仕切られている為お互いを確認することが出来、小声でなら話すことも出来た。
「この葉のお蔭で愉しかったよ。子どもが出来なかったのが残念だが、またあの世で会おうな」
「あいよ、愉しみにしてるよ。それじゃぁ」
隣に牢屋番同心詰め所があり、二人の会話が聞こえていたに違いないが、夫婦の別れを咎めることはしなかった。
何方かと言うと悪人を懲らしめたのだから、気の毒位に思って居たに違いなかった。
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