第12話 南蛮渡来の術

この日は雑煮をご馳走になって帰った。

そんなことがあってから何か月もぽん太夫婦は来なかった。

梅や桜に藤の花の時期になっても顔を見せなかったのである。

「どうしたんだろうね」

「具合でも悪いのかも知れんから、今度長屋に寄ってみるよ」

 太吉は下肥回収で長屋には毎月訪れていたが、顔見世することなく次の回収先に行ったものだから数か月ご無沙汰していたのである。 六月の暑い日に珍しくというより久しぶりにぽん太夫妻がやって来たのだ。

「どうしたんだい。具合でも悪かったの」

「ごめんなさい。この人もあたしも忙しくってご無沙汰しちゃったわ」

 と至って元気な様子であった。

「でも今日は何処に行くつもりさね」

「ほれそろそろ例の仕掛けの仕上げをしなければならないもので、そんで形は出来ているね」

 予め頼んで居たことは出来ているようだった。

「今年はどんな感じなの」

「はあ場所変えたらいい感じで実がなってるすけぇ。それにしても隣りは蔓が伸びるばかりで実が育たないけどどうする心算」

「そうかね、いやそれで良いのよ

 ぽん太とこの葉は顔を見合わせてにっこり笑った。

それを見て常は怪訝に思い、

「何か企んでるね」

 常は感を働かせて二人の企みを訊く。

「まぁ聞いてくんねぇ」

 二人が盗難防止に考え付いたことを話す。

「そんなことが出来るの。驚きだね」

 どんな驚きかお教えしたい所だが、悪い奴らを懲らしめなければならないので、仕掛けに付いては今暫くお待ち頂きたい。



 ぽん太とこの葉は母屋の裏で泥んこの玉を造り始めた。

数にして五十個ほどである。

 太吉と常は二人が何を始めようとしているのかは察しが付いたが、幾ら夜中に忍び来るとは言えどろんこ玉を持って行くことはあるまいと首を捻る。

「まぁ見てなよ。太吉さん今度は肥溜めを見えるように四か所入れてくんねえか」

 ぽん太とこの葉は泥の玉を蔓の間に置いて行くと、まるで西瓜がなっているように見えるから不思議であった。

これで緑色に縞が入ったら見た目では分からないだろう。

「色でも付けるの」とお常が訊く。

「もう少し大きくなったらな」

 とぽん太が言うと、

〈泥が育つわけないだろうに…〉と常は思うのだが、

「お二人さんは毎日此方の畑を見ていてね」

 と、この葉は泥玉に使用した土を取り除いて、きれいに片づけたのである。

太吉と常は狐につままれたような顔で二人の動きを見ていた。



 翌朝太吉が西瓜畑を見て廻って驚きの声を上げながら母屋に駆け込んで来た。

お常はその奇声に驚きもせず笑って亭主を迎える。

「何やってんの」

「お常、良いから来い」

「何だね朝っぱらから」

 仕方なしに太吉の後を追った。

太吉はどろんこ球の転がしてある畑まで行って止まると、

「ほら見ろや」

 と蔓に繋がったように見える球を指さすのだった。

「えっ、どうしてよ!」

 常も信じられないというように畑に入ると、蔓や葉っぱに隠れた黒球を手にして呆気にとられた表情であった。

「あんたこれあれだよね」

「の筈だが分かんねえなぁ」

「だってどう見たって…」

「うンだなぁ」

 傍で聞いてる者が居たら猶更分からないに違いない。

「ぽんさんたちが来れば分かるよ」

 太吉は昨日ぽん太が帰り際に言ったことを思い出して、その指示通りのことを始めるのだった。

太吉は偽装西瓜畑の肥溜め横に昨年同様の落とし穴を作った。

その先の畑には蔓と葉の間から全体が黒っぽくなった土球の西瓜が見えていたのである。

黒と言うより緑が濃くなった結果黒っぽく見えるのであった。

良く見れば黒い縦縞も付いているのである。


翌日、翌々日も同じ位置から見ると心持大きくなっているように見えた。

「ねえあんたこれ大きくなっていると思わないかい」

 常は薄気味悪そうに言うと、

「そんな感じもしないでもないがこれを見ろよ」

 と太吉は隣りの西瓜畑に入って葉っぱを押し退けて、鶏の卵よりかは大きい西瓜を見せたのである。

三、四日前と変わらねえんだ。止まっちゃったみたいだよ」

 可笑しなことが両方の畑で起こっていた。

 そこへぽん太とこの葉が鳥を入れた篭を持ってやって来たのでそのことを伝えると、

「それで良いの」

 と言うばかり。

母屋に戻って買って来た葛餅を食べながら、ぽん太が可笑しな指示を出す。

「良いかいお二人さん、もう直盗人が現れて二三個取って行く筈だ。そしてその二日後位に此処の西瓜を根こそぎ持って行くだろう。そしたらこの鳩を放してくんねい。此奴は野鳩だが家に戻る様にして置いたから、戻ったらすぐ此処へ来るから、その間にこの偽装畑の蔓を全部抜き取って土中深めに掘って、蔓も葉っぱも残さず埋めてしまい、新たに畝を作って胡瓜と茄子の畑にして欲しいんだ」

「ぽんさんよ、西瓜の成長が可笑しいが大丈夫かね」

「心配ねえ。直ぐ大きくなって売ることが出切るから大丈夫さ」



 その三日後ぽん太が予測した通り、西瓜二個が盗まれた。

そしてその二日後に偽装畑の西瓜がそっくり無くなっていたのである。

太吉は隣りの西瓜畑を見てみた。

この間よりは少しばかり大きくなっていたのだ。

それよりもぽん太に知らせなければならなかったので鳩を籠から出して放つと、上空で二三度旋回して神田方面へと飛び立って行った。

「おっかぁ、手伝ってくれ」

 太吉夫婦は鍬を担いで大急ぎで偽装西瓜畑に行った。

言われた通り蔓や葉っぱを畑の中に穴を掘って埋めると畝を作って胡瓜や茄子の種を入れたのである。

隣りの西瓜畑の中にも複数の足跡があったが

成長具合を見ただけで荒らされてはいなかった。

 この日の昼過ぎにぽん太夫婦がやって来た。

「上手く行ったね」

 と常が声を掛けると、

「まずまずだ。次が奴らの首根っこを押えるってことよ」

 手口が昨年と同じなので、多分同じ泥棒達であろうと踏んで居た。


 三日後北町番所(奉行所)の本所見廻り役郷田壱之助が定廻り同心柴田勘解由と岡っ引きと共にやって来た。

「此処で西瓜とかいう水菓子を作ってるそうだな。その畑を見せて貰いたいのだが良いかい」

 郷田壱之助と名乗る同心が静かな口調で言った。

「ヘイどうぞ、此方です」

 太吉はぽんたからこの様な事態が起こることを聞かされていたので、極ごく自然に対応することが出来た。

「これが西瓜ですが」

 と言いながら畑を見て内心驚いていた。

参日前の大きさからは想像出来ない大きさに成長ていたからである。

全体的には今一だが、食せる程度にはなって居たのである。

「茶屋などで見る赤い水菓子がこれかい」

「へいそうです。正しくは野菜ですがね」

 と妙に余裕を見せることが出来た。

「で隣りは何を作ってるんだね」

 と柴田勘解由と言う同心が訊く。

「それは茄子と胡瓜を入れてます」

 そんな合間に岡っ引きの伝蔵が畑の周りをうろついて見ていた。

「そうかい、ところでこの西瓜とやら食べられるかな」

「ヘイよーがーす。中でお待ち下せい」

 太吉は手頃な所を一つ取ると常に渡した。太吉は背負い籠に西瓜を参個入れて母屋に戻ると、

「太吉さんよ此奴ぁうまいね」

 郷田壱之助が実に旨そうに食べていた。

後の二人も同様であった。

郷田は食べ終わると本題に入った。

「実は深川のある料理屋に持ち込まれた西瓜がとんでもない代物でね。結構な代金で買ったらしいんだが、冷やして客に出そうとしたら溶けちゃったと言うんだ。

そこでその西瓜を持ち込んだ連中を締め上げると亀戸村の畑から盗んだもので泥玉なんかを売りつけた覚えは無いと言い張るんだよ」

「泥玉って何です?」

 太吉はぽん太らと役人との想定問答をしていたので、訊いて来ることに対してそつなく答えることが出来た。

 こうしている間に岡っ引きが家の周りを見て来たようで、郷田壱之助に首を横に振って何かを知らせて居た。

「お役人さま、実は儂らのとこも昨年は西瓜泥棒にやられましたが、今年は今のところ被害は有りません。多分下見に来てたとは思いますが、熟してなければ取っては行きませんので、どこかと勘違いしてるんだろうと思います」

 確かに他の畑で被害はあったが、何故か届けは出ていなかった。

盗難防止の対策を講じていなかったのと、数回に亘っての少数被害であったからだという。

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