カジノ船団のマジックショー それから

 ◇


 頭が痛い…。


 いつの間にか、眠っていたのか。そこは第二船団のゲストルームの大きな寝床だった。

 ミルダが見えた。アトラスもいた。夜明け前だろうか?ポーラはまだ横で寝ていた。


 俺はよろよろと立ち上がり、手品師のスタッフから貰った赤と白のポーチを、忘れないうちに二人に渡した。アトラスには、あとでポーラに渡してほしいと伝えた。ポーチの中身は、どちらも同じだった。ハンドクリーム。それからお小遣いだ。多いのか少ないのか、俺にはさっぱりだ。だからいつものように、「好きにしてくれ。」と二人に伝えた。


 忘れないうちに。

 そうだ。それで、ふと思い出した。


 シリウスから俺宛に貰っている、小遣いのことだ。


「シリウスから金をもらってるんだ。挨拶のあとから。土下座が効いたのかな?勝手にくれるんだよ。」

 俺は頭をぼりぼり掻きむしりながら、言った。ふらふらする。


「そっちの帳簿はアトラス、お前が見てほしい。ミルダに教えられない任務ってあるんだ。いっとき、諜報員ピエロたちに頼んだんだ。でもアイツラぜーんぜん駄目だ。ろくなことに使わない。俺の趣味をわかってない。お前のほうがはるかにましだ。」

 ミルダが、水を注いだグラスをくれた。俺は、それをグビグビと一息に飲み干した。


「闇の竜の女の子を呼ばれたんだ。竜医院の俺の部屋に。裸みたいなやつ。たくさん。あれは、ホントーーに迷惑した。」

 そして卓に、ッターン!!とグラスを置いた。


「俺は、メッキの付き合いは嫌いなんだよお。」

 はーーっと、両手で顔を覆った。天女の格好をして、何いってんだ、このお道化は、ってカンジだよな。このときの俺は、自分で気づいてなかった。


 …俺は、よっぽどマヌケだったんだろうなあ。


 ミルダは俺の膝をバンバン叩いて、涙を流してケラケラ笑ったんだ。珍しい!

 それは、まだホークだった頃に、バルコニーで見たあれだった。特大解呪パッチンを、俺が顔面に受けたあと。あのたぬきおやじの顔に、瓜二つだった。


 そして、さっき背中に感じていた白い水たまり。


 あれが嘘みたいに消えた。


 アトラスは、ポーチをまじまじと眺めたままだった。こちらを見ようともしなかった。

「わかった。」とだけ言った。

そして、心底どうでもよさそうに、鼻をふんっと鳴らして、俺が水を飲み干したグラスを持ち、スタスタとシンクの方へ行ってしまった。


 ミルダの鳶色の瞳が、俺の紫水晶アメジストの瞳をじっと見た。そして、髪をかきあげてゆっくりと近づいた。羽のように温かい手が、俺の両頬を覆った。花と果実の香り。そっと輪郭線が重なる。なめらかで甘い芳香が鼻を抜ける。強く、強く。神の食べ物テオブロマ


 それから、葡萄酒の香り。


 そして俺はまた、ぷつんと意識を失ったのだった。


(終)





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