カジノ船団のマジックショー 後編
◇
そして、キラキラした華やかなマジックショーの開演前。時間ぎりぎりに、俺たちは招待席へと滑り込んだ。セーフ!ミルダは席に座り、ふーっと胸に手を当てた。そして俺の袖を引っ張り、にこっとした。彼女の瞳はいつもよりも潤んでいた。だから、俺はどきっとした。
――遅刻寸前。
普段の彼女じゃ、ほんとにあり得ない。
そして、舞台にぱっと華やかなスポットライトが当たり、音楽が鳴った。司会の声が入った。見目麗しい女と、キラキラの燕尾服の男が二人。
会場のボルテージが、バンと一気に上がった。
閃光が走った。
また俺の知らない、
白い水たまりが、俺の背中に迫ってる感覚がした。深い怒りと悲しみが見て取れた。…何故!?きっと、さっき食べてしまったチョコレートのせいだ。きっとそうだ。俺は再び首をナナメに振った。メッキが飛び散った。直感の回廊は開かない。くっ。
◇
彼らは、箱の中にドレスの女性を招き入れ、扉を締めた。
そして二人の手品師の男が、あらゆる方向から細身の剣を突き刺したのだ。五本、六本、もっともっとだ。
げげっ!!天の竜事件の後だぞ!!よくやるなあ!!会場を見回すと、居た。モーラとヒミズ、それに船団の女たち。それはそれはにこにこしていた。
そして、箱と手品師の両方が、スタッフの手でキラキラの幕で隠された。
ほんの数秒。それから、ドラムロール。ドコドコドコドコ……、、じゃじゃあーん!!
剣を刺された箱のドレスの女性はスタッフに手を添えられて、涼しい顔で優雅に出てきてしなやかに両手を挙げた。
そして、剣を突き刺していたほうの手品師の男二人は、二人まとめて
あはははは!!帳尻合わせ。
◇
それから会場のお客様から、一人選んで舞台にあげるという。赤い薔薇の花が飛び、すとんと辿り着いた先は…、
ポーラ?!?!
十四才だが大人びた格好だったから、見ようによっては二十くらいに見えなくもなかった。しかしなんで、あいつがここに居るんだ?!あっ、カジノか?!アトラスも居るのか!?会場を見回したが、あいつの姿は見当たらなかった。そして男に手を引かれ、舞台に通されるポーラ。
なにがどうなってそうなったのかなんて、俺にもさっぱりわからない。
――俺は、即座に下唇を噛み切った。左手の親指もだ。瞳にはブラックホールとプラチナが輝いたはずだ。そして、瞳と身体を燃やした。
それから、己の身に、呪いと呪詛の古いものと新しいもの素早く施す。
久しぶりにこの姿を晒した。出さざるを得なかった。
なぜなら。
会場のポーラへの期待を超えなきゃいけなかったからだ。
この会場が求める
――もとい、
それは、美しき高飛車な天女だ。紫水晶のイブニングドレス。胸元にはカーアイ島のレースがあしらわれている。そして素早くポーラと入れ替わるため会場の客席を器用にするりと滑り抜けた。そして、ずりっと
会場が、サアーーっと急激に白けるのがわかった。だからすぐに、意地悪な姉の顔をして、ポーラを、どんと座席へ突き返した。すまない!後で説明するからなっ。
そして、二日目の月のような笑顔で、ニッコリとするのだ。
私を舞台へ招きなさい。
細い指先を広げ、胸に手を当て、その手を手品師へ彼らに両手を広げてみせる。すべて捧げるといわんばかりに。それから月下美人と果実の香りを放った。それは悠久の時を生き、カーアイの子どもたちを守る闇の女神だ。もちろん彼女は俺の卑小な力など及ぶべくもない、比べ物にならない存在だ。しかしあやかりたかった。そして咄嗟だった。紫水晶の瞳でじいっと見つめた。逆らえるはずがない。俺は女の声は出せない。だが、十分だ。今の俺はすべての文様と結びついた、天才道化師なのだ。
なぜそんなことをしたのか?
だって、この招待はリベンジマッチなのだ。そしてポーラが呼ばれた。不自然なアトラスの不在。俺がいかなきゃ、ミルダが行っただろう。わかるだろうか?そういうことなんだよ。
ゆっくーり。じっくーり。俺は
――うん。だよなあ。
怒ることなんて出来ない。笑顔で居るしかない。首に縄を巻かれ、両腕に巻かれ、後ろ手に縛られる。痛くはない。品があって美しかった。あっちもプロだからな。
しかし、その
結び目を確認させるためだ。
ポーラにこれをやらせるわけにはいかないんだよなあ…。あいつは俺の娘だからだ。
そして二人の紳士たちに、両サイド抱きかかえられた。それでもニコニコしているしかない。だらーんとして、困惑し恥ずかしげな顔をしておいた。あー、もう、やめてえ、そんな顔だ。
あっちはコッチに、恥をかかせるのが目的だからな。人を呪わば穴二つ。
モーラやヒミズは心配そうにこっちを見てる。反面それはそれは嬉しそうな女の集団だっているのだ。そう。第二船団にだって、いろんなやつがいるってこと、だ。
俺は受け止める。また呪詛を背負った少女が訪ねてきたら面倒だからな。恩寵持ちの宿命だっ!!
あっ!!
会場の入口付近にぎょっとした顔のアトラスが見える。
マズイーー!!
じゃ、邪魔すんなよな!!
変な汗が出たが、近づいたミルダが制した。そして二人は、するりとポーラのそばへと移動した。さすがは、俺の一番の
そこからはまあ、予定調和だ。キラキラの幕で覆われて、ドコドコドコ…、じゃん!!あっという間に縄がほどかれた。ぱらり。おしまい!!
俺たちには、惜しみない拍手と、手品師たちの熱い握手が贈られた。会場は彼らに促されてもう一度拍手で包まれた。
そして、さり際に、スタッフが記念品をくれた。赤と白のポーチが2つ。ははは。俺は、ポーチは使わないんだよな。あとでポーラとミルダにやろう。
◇
そうしてアトラスとミルダは、ほぼ徹夜でカジノに通い、大勝利を収めたとのことだった。
俺とポーラは客室で、それはそれはぐっすり眠った。ポーラとアトラスは、南十字星のゲストルームで肉をごちそうしたお礼に、船のパーティへ招かれていたのだった。モーラに許可してもらえたし、ゲストルームは八人は泊まれそうな大部屋だったから、四人で寝ることにしたのだった。
娘だというのに、ポーラと同じ寝床で寝るのは初めてだった。
回廊の向こうでも、時折言われると思う。竜対策と言えば、酒。そして眠りに誘ってからの、ぷすり。
そう。
俺は、たった一個の酒入りのチョコレートで、それはそれは、激しい睡眠欲に襲われていた。だから部屋に戻るなり、風呂も歯磨きも、呪いや呪詛をを解くことすらすーーっかり忘れて、
◇
カーアイの空の雲は消え、ただ二日目の月が美しく輝いていた。
南十字星も、美しく輝いていた。
◇
□■□
▶【第四幕】3章
◯●カジノ船団のマジックショー より。
https://kakuyomu.jp/works/16818093088763454808/episodes/16818093089399318361
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