カジノ船団のマジックショー 後編


 そして、キラキラした華やかなマジックショーの開演前。時間ぎりぎりに、俺たちは招待席へと滑り込んだ。セーフ!ミルダは席に座り、ふーっと胸に手を当てた。そして俺の袖を引っ張り、にこっとした。彼女の瞳はいつもよりも潤んでいた。だから、俺はどきっとした。


 ――遅刻寸前。


 普段の彼女じゃ、ほんとにあり得ない。

 そして、舞台にぱっと華やかなスポットライトが当たり、音楽が鳴った。司会の声が入った。見目麗しい女と、キラキラの燕尾服の男が二人。


 紳士・淑女の皆様レディース・エンド・ジェントルメン!!

 会場のボルテージが、バンと一気に上がった。

 閃光が走った。


 また俺の知らない、ミルダキリスの横顔がそこにあった。長い睫毛。頬が紅潮している。背筋が凍った。手を握るのが急激に怖くなった。

 お洒落ドレスアップ賭けギャンブル葡萄酒アルコール嗜好品チョコレート、そして魔法のような手品の舞台サプライズ

 白い水たまりが、俺の背中に迫ってる感覚がした。深い怒りと悲しみが見て取れた。…何故!?きっと、さっき食べてしまったチョコレートのせいだ。きっとそうだ。俺は再び首をナナメに振った。メッキが飛び散った。直感の回廊は開かない。くっ。



 彼らは、箱の中にドレスの女性を招き入れ、扉を締めた。

 そして二人の手品師の男が、あらゆる方向から細身の剣を突き刺したのだ。五本、六本、もっともっとだ。

 げげっ!!天の竜事件の後だぞ!!よくやるなあ!!会場を見回すと、居た。モーラとヒミズ、それに船団の女たち。それはそれはにこにこしていた。

 そして、箱と手品師の両方が、スタッフの手でキラキラの幕で隠された。

 ほんの数秒。それから、ドラムロール。ドコドコドコドコ……、、じゃじゃあーん!!


 剣を刺された箱のドレスの女性はスタッフに手を添えられて、涼しい顔で優雅に出てきてしなやかに両手を挙げた。

 そして、剣を突き刺していたほうの手品師の男二人は、二人まとめて捕縛ぐるぐるまきになっているのだった。

 あはははは!!帳尻合わせ。呪詛ざまあみろ、男ども。俺は、ぶっと吹き出した。彼らにとっては八つ当たりもいいところなのだが、それが生業ビジネスだ。彼らの瞳は、分厚いメッキが輝いている。もちろん傷ついたりなんかしていない。プロのお道化だ。ミルダも笑った。手品って面白いな!!彼らは舞台裏へとはけ、すぐに縄を抜けたのだろう。すたすたと会場へ戻ってきたのだった。会場は温かい拍手に包まれた。



 それから会場のお客様から、一人選んで舞台にあげるという。赤い薔薇の花が飛び、すとんと辿り着いた先は…、

ポーラ?!?!


 十四才だが大人びた格好だったから、見ようによっては二十くらいに見えなくもなかった。しかしなんで、あいつがここに居るんだ?!あっ、カジノか?!アトラスも居るのか!?会場を見回したが、あいつの姿は見当たらなかった。そして男に手を引かれ、舞台に通されるポーラ。


 なにがどうなってそうなったのかなんて、俺にもさっぱりわからない。


 直感インスピレーション!!


――俺は、即座に下唇を噛み切った。左手の親指もだ。瞳にはブラックホールとプラチナが輝いたはずだ。そして、瞳と身体を燃やした。

それから、己の身に、呪いと呪詛の古いものと新しいもの素早く施す。


 久しぶりにこの姿を晒した。出さざるを得なかった。 


 なぜなら。


 会場の

 この会場が求める理想の女トロフィーワイフ


 ――もとい、生贄デコイ


 それは、美しき高飛車な天女だ。紫水晶のイブニングドレス。胸元にはカーアイ島のレースがあしらわれている。そして素早くポーラと入れ替わるため会場の客席を器用にするりと滑り抜けた。そして、ずりっとアイツポーラのくまちゃん柄のお子様キャミソールを晒した。

 会場が、サアーーっと急激に白けるのがわかった。だからすぐに、意地悪な姉の顔をして、ポーラを、どんと座席へ突き返した。すまない!後で説明するからなっ。


 そして、二日目の月のような笑顔で、ニッコリとするのだ。


 私を舞台へ招きなさい。


 細い指先を広げ、胸に手を当て、その手を手品師へ彼らに両手を広げてみせる。すべて捧げるといわんばかりに。それから月下美人と果実の香りを放った。それは悠久の時を生き、カーアイの子どもたちを守る闇の女神だ。もちろん彼女は俺の卑小な力など及ぶべくもない、比べ物にならない存在だ。しかしあやかりたかった。そして咄嗟だった。紫水晶の瞳でじいっと見つめた。逆らえるはずがない。俺は女の声は出せない。だが、十分だ。今の俺はすべての文様と結びついた、天才道化師なのだ。


 なぜそんなことをしたのか?

だって、この招待はリベンジマッチなのだ。そしてポーラが呼ばれた。不自然なアトラスの不在。俺がいかなきゃ、ミルダが行っただろう。わかるだろうか?そういうことなんだよ。


 紫水晶アメジストの高飛車なカーアイ島の天女は、手品師に手を取られ舞台に上がった。そして会場の観客が見守る中、手品師は彼らに縄を見せつけた。俺にもだ。そして、優しく紳士的に。

 ゆっくーり。じっくーり。俺は捕縛ぐるぐるまきにされてゆくのだ。


 ――うん。だよなあ。


 怒ることなんて出来ない。笑顔で居るしかない。首に縄を巻かれ、両腕に巻かれ、後ろ手に縛られる。痛くはない。品があって美しかった。あっちもプロだからな。

 しかし、その捕縛ぐるぐるまき、正面も、横も、背面も、会場へ晒すように指示されるのだ。

 結び目を確認させるためだ。

 ポーラにこれをやらせるわけにはいかないんだよなあ…。あいつは俺の娘だからだ。


 そして二人の紳士たちに、両サイド抱きかかえられた。それでもニコニコしているしかない。だらーんとして、困惑し恥ずかしげな顔をしておいた。あー、もう、やめてえ、そんな顔だ。


 あっちはコッチに、恥をかかせるのが目的だからな。人を呪わば穴二つ。第二船団あいつらは勝手に穴に落ちたんだ。わけわからんっ!!

 モーラやヒミズは心配そうにこっちを見てる。反面それはそれは嬉しそうな女の集団だっているのだ。そう。第二船団にだって、いろんなやつがいるってこと、だ。

 俺は受け止める。また呪詛を背負った少女が訪ねてきたら面倒だからな。恩寵持ちの宿命だっ!!


 あっ!!

 会場の入口付近にぎょっとした顔のアトラスが見える。

 マズイーー!!

 じゃ、邪魔すんなよな!!

 変な汗が出たが、近づいたミルダが制した。そして二人は、するりとポーラのそばへと移動した。さすがは、俺の一番の理解者パートナーだ。


 そこからはまあ、予定調和だ。キラキラの幕で覆われて、ドコドコドコ…、じゃん!!あっという間に縄がほどかれた。ぱらり。おしまい!!

 俺たちには、惜しみない拍手と、手品師たちの熱い握手が贈られた。会場は彼らに促されてもう一度拍手で包まれた。

 そして、さり際に、スタッフが記念品をくれた。赤と白のポーチが2つ。ははは。俺は、ポーチは使わないんだよな。あとでポーラとミルダにやろう。



 そうしてアトラスとミルダは、ほぼ徹夜でカジノに通い、大勝利を収めたとのことだった。

 俺とポーラは客室で、それはそれはぐっすり眠った。ポーラとアトラスは、南十字星のゲストルームで肉をごちそうしたお礼に、船のパーティへ招かれていたのだった。モーラに許可してもらえたし、ゲストルームは八人は泊まれそうな大部屋だったから、四人で寝ることにしたのだった。

娘だというのに、ポーラと同じ寝床で寝るのは初めてだった。


 回廊の向こうでも、時折言われると思う。竜対策と言えば、酒。そして眠りに誘ってからの、ぷすり。

 そう。

 俺は、たった一個の酒入りのチョコレートで、それはそれは、激しい睡眠欲に襲われていた。だから部屋に戻るなり、風呂も歯磨きも、呪いや呪詛をを解くことすらすーーっかり忘れて、紫水晶アメジストの天女姿のまま、イブニングドレスで寝床にばたんと倒れた。そして、ぐうぐうと眠ってしまったのだった。



カーアイの空の雲は消え、ただ二日目の月が美しく輝いていた。

南十字星も、美しく輝いていた。



□■□


▶【第四幕】3章

◯●カジノ船団のマジックショー より。

https://kakuyomu.jp/works/16818093088763454808/episodes/16818093089399318361








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