一、他人の生業に口を出さない。〜硝子のランプシェード〜
青い空。
広い海。
火山列島、カーアイ島。
季節は夏。
町外れの森にある、工房「
そこは
あれ?
南十字星から、森の皇国神殿の地下へと移す、シオンの引っ越しの荷物をまとめているところ。
アトラスとポーラは、見慣れない真っ白な木箱を見つけた。開けると中には白くて薄手の包み紙。めくると、中にきらりと光るものを見つけた。
お宝?
ポーラは、わくわくした。
工房の大きな作業台に乗せて、中身を取り出してみると、
それは
これ、わたしだ!
かっ、かわいい!
もしかして、プレゼント?
アトラスの目がキラーンと光った。そしてにっこりした。
「昔の作品だな。きっと、忘れたんだろ。ホークの頃のじゃないか?
「もしかして、私が大きくなったら、プレゼントしようと思ってた、とか?」
うふふふー。
そういうの知ってる!二十歳のお祝い、それから、けっこんしきでプレゼントするんだよ。
父から娘へ。えへへー。
昔のポーラなら、尻尾をぶんぶん振っていたに違いなかった。今はアトラスのガワは、人間の二十四歳。ポーラのガワは、人間の十四才歳だ。
だから、二人で手を取り合って、ぴょんぴょんした。2つ結びのポーラの髪が、ぴょこんぴょこんした。それから、ぎゅうむっとした。
そして、片付けもそこそこに箱を居間へ持っていき、カーテンを引いて、炎を灯した。まだ暗くならないから、リフォームついでに窓へ鎧戸の呪いをかけた。がらがら。ぴしゃん。それで、いい感じに部屋も暗くなった。
それから、アトラスが呪い紙で蝋燭を出してくれた。ぼうっと火がついた。ポーラとアトラスの顔が暖かく光った。
部屋いっぱいに、明かりが揺れた。
ゆらゆら。濃紫と白銀と。きれい。わあ、きれい。温かい気持ちでいっぱいになった。胸が震えた。ずどん。
うん。
「
シオンはステンドグラスが作れるのだ。南十字星の玄関扉にある、小さなそれもそうだ。だからガラスのランプシェードが作れても、別に不思議じゃなかった。美しい繋ぎ目。胸を打つ色合い。もしかしたら昔、本気で生業にしようとして、作ったのかもしれないと思った。
なぜか、アトラスがでれでれした。
ポーラだってほくほくした。
◇
そして、今まさに竜医院の仕事を終えてやってきたシオンに、ポーラは声をかけようとした。
鎧戸を開けたアトラスが、ぎょっとして、後ろから口を塞いでむぎゅっと止めた。
が、間に合わなかった。
南十字星の店主。元契約主の竜医師シオンは、居間のドアを開けて、
すごーーく、困った顔をした。
あ、あれ?
ポーラはきょとんとした。
アトラスは、はーっとため息を付いた。
さすがのポーラも、気づかなかったか。
あいつが人に見せないってことは、そもそも見せる気がないってことなんだよ。
人前に出すな、そう言われるだろう。
ま、バレないうちに、手に入れときゃ良かったんだけどな。
え?
もしかして、納得いかない作品?
でも、それなら後生大事にとっておくわけがなかった。
◆◆◆
シオンは、すごくすごーーく怖いところがある。
◆◆◆
みんな知ってる。
本人は、
シオンは気に入らない作品があると、書斎を出たすぐ裏手のイモ畑で、それはもう、荒れに荒れた。
一緒に住んでたんだもの。知らないわけがない。シオンの声ってすっごい爆音なんだよ!!うああー!とか、うがあー!とか。家が揺れちゃうくらいに、うるさいの。だって中身は竜だもの。
そして、気に入らない作品をめちゃくちゃに壊す!!恐ろしい眼光をして、夜中に踵で踏み抜く。ずがん、ずがんって。そして、悲しげな顔が、だんだん恍惚としてきて、嬉しそうに牙を舐める。
がっしゃん、がっしゃん、どかん、どかん。
でもそれから、がくんとうなだれて、また悲しそうな顔をして、がっしゃんの音も、かしゃん、かしゃん、になって。汗びっしょりでめそめそ泣いて。それから、血塗れになっちゃう。金色の呪詛の炎で燃やし尽くすんだよね。
ひどいときは瞳がブラックホールのように真っ黒になって、金と銀とメッキの箔が、ぐるぐる渦を巻いて。そして闇の回廊を、血まみれの手で、乱暴に引っ張り出して、こじ開けて。
何日も何日も帰ってこなかった。
本人も、記憶があったりなかったりするみたいだった。
いくつかの箇所は又聞き。みんなの話を総合すると、こんな感じだった。
◆◆◆
◇
シオンは腕を組んで、項垂れてうーーんと言った。それから、片手で口元を覆って天を仰いだ。それから、ナナメに首を振った。
悩んでるときの、いつもの癖。
それから。
「駄目、だ。」
「人に、見せるものじゃない。」
アトラスは、やっぱりな、という顔をした。
ポーラは、ええ?!となった。
そして、生業について多くを語りたがらないシオンに代わり、代弁してやった。
「ポーラ。」
ぽんと、ポーラの肩を叩くアトラス。
「火山列島には、ガラス職人はたくさん居るんだ。」
そして、シオンを見つめて言った。
「揉めたくない。そうだろ?」
シオンは、くうっ、と力強く頷いた。
シオンは、
う。
うわ。
うわあ。
とんでもない、自惚れ屋さん!!
遠慮してるってことだ。
自分がド天才だから!ひえっ。
それから、
「あっただろ、鈴。」
「それで、がまんして。」
と言った。
あっ!!
今はしまってある、竜鎧の白銀の鈴。あれって、ガラス細工なんだ!へえ。
懐かしい音を思い出す。シャリン。
いつだって、とびきり優しかった。
彼は、文様を大切にしているからだ。
そして、文様が定まらない小さな子どもにも、最大限の敬意を持って接しているのだ。
今も、昔も。
白い懐かしさが胸の奥から込み上がってきて、ポーラは、思わず胸の前で片手をぎゅっと握った。
◇
一、他人の生業に、口を出さない。
それはシオンが船団を出てから、学んだことの一つ。
◇
「気まぐれに作ったガラスの風鈴。ホンのお試しだった。完全なる、
友だちのところで、道具を借りたんだ。体験教室。長い鉄の棒。ふうっと吹く。まあるく広がる。それから赤い
「すごくすごく、よく出来た。友だちも褒めてくれた。
それで、正直に伝えたんだ。
友人の設備。友人の仕入れた素材。そうだろ?
友人は、真っ赤になってた。」
「
「それから、『そんな子が居たらいいなあ!まだ、ぜんぜん会えないんだよ!』って、打ち明けた。
彼女は、きょとんとした後、大笑いした。楽しかったよ。」
「ランプシェードもその頃作った。彼女の工房を借りたんだ。
「そんな日々が続いて。」
「ある日彼女はぷっつり、居なくなってしまった。」
家族を置いて。
修行だと言って。
小さな子どもも居た。
でも、居なくなってしまった。
俺は、職人の
はーっ、とため息を付いた。
彼女には、合わせる顔がない。
他人に敬意を払うこと。
例えば、手術跡。そこには過去の意匠があり、彼らの文様がある。先ずはそちらの意に沿う。尊重するべきなんだ。相互理解。チームワーク。なぜなら俺の綻びかけたそれを、他の誰かが見つけて修繕してくれることだってあるからだ。
経験則。
シオンは、目を強く瞑った。
「俺は、夢中だったんだ。まだ見ぬ景色を俺に見せてくれる、俺自身の手仕事にだ。」
島の女神。友だちの白竜。親友のアトラス。
「ヘンだろ?ポーラはともかく、アトラスなんて、なんで、竜にしたんだろう?あの頃の俺は、アトラスが竜になったなんて、知らなかったはずなのに。」
「不思議だよな。」
シオンが真っ赤になった。
あっ、ミル姉のこと考えてる。
――島の女神。今は、会えたけどな。そう言いたげだった。両手で顔を覆った。
あーあ。
アトラスが、生暖かい目でこっちを見ていた。
そして、シオンが昔話に夢中になってる間に、彼はランプシェードを素早く箱へ収めていた。
そして親指をグッドの形に立てた。
ナイス!
そうだよね!どうせ、また、忘れちゃうか失くすか壊しちゃうんだから。
また私たちが、預かってあげよう!
南十字星はこれからもシオンのお家、だから、ほぼ同じ、だよね。
リフォームが終わって、奥に部屋ができたら、
二人でこっそり点灯しよう。
「シオル、覚えてないか?」
「お前がまだ、こーんなに小さくてさ。でっかい籠に入れてさ。ときどき庭に出して。近くに島の寺子屋があってさ。みんなお前に芋や豆をくれて…。先生たちがお前を、預かってくれてさ…。」
うーん、覚えてるような、覚えてないような?
卵から孵化したころって、記憶がぼんやりしてるんだよね。
いつか、訪問してもいいかもしれない。
シオンの昔話は、しばらく続いていた。
◇
□■□
【第四幕】1章
●◯一、他人の生業に口を出さない。〜硝子のランプシェード〜 より。
https://kakuyomu.jp/works/16818093088763454808/episodes/16818093089450272586
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