22  〈18〉の小箱に入っていたのは腹巻き

「クセっ毛の黒髪魔女さま! お帰りなさいませっ」

 城の別館の客室には、女官が待ちかねていた。

 また、凝りもせず、前回と同じ家具調度品が薔薇柄ばらがら、花柄、薔薇色、花色、気を抜けば天使もいる部屋に通された。

 もっと地味な部屋がよいと要望を出すべきだったと、魔女は遅かりし後悔をした。だが、女官に会えたので、よしとする。

 

「あの、ありがとう」

 女官に会えたら、魔女は礼が言いたかった。

「わたしの元々の服を、洗たくついでに直してくれたでしょう。えりは首のところがり切れていたんだけど、あて布をして縫い直してくれましたよね?」

「そんな、造作もないこと」

 女官は品よく、ほほえんだ。


「それで直し方、教えてもらえませんか」

 魔女の言葉を聞いた女官はもだえた。

「今年の恋人さまは、どこまでつつましい!」

 魔女は女官に、がっと両手を掴まれた。

「わたし、魔女さまを応援しますから!」

 言うより早く女官の手は動いて、魔女の衣服をがしにかかった。

「今回のコンセプトはですね。男装の少女騎士です。女性であることを隠して、王子を陰に日向ひなたにお守りするのでございます。題して、薔薇色ばらいろリボンの騎士」

薔薇色ばらいろリボンは外さないんだ?」


「ルルルンルルルン、少女騎士になぁれ」

 女官が人刺し指(魔女用語)を立て、呪文を唱えた。すると、魔女のまわりの空気が薔薇色ばらいろを帯びて、渦巻きはじめた。魔女はたちまち、薔薇色ばらいろの衣の騎士の姿に変化へんげした。

 こんなことが普通の人間にできるはずはない。

「お前、何者だ」

 魔女は身構えた。

「女官も独身のまま勤め上げますと、魔法が使えるようになるのです。――冗談はさておき」

 女官が内緒ですよとでも言うように、目をしばたいた。

「わたし、魔女保護区育ちなんです」


 魔女保護区とは、魔女を迫害した時代の次に、保護という名のもとに魔女を矯正し活用しようとした時代の産物だ。魔女の血筋だと思われる女児を集めて育てる施設が、とある辺境の地にあった。

 魔女も赤ん坊のうちに引き取られ、成人するまで、そこで暮らした。女官もそうであったとは。

「わたしは魔女としての力は弱く、結局、人として生きることにしました」

「そうだったんだ」

 魔女は納得した。女官は、どこか年齢不詳のようなところがあった。魔女の血が少しでも入っているのなら、有り得ることだった。

「魔女保護区育ちであることは誰にも言わないできました。だけど、最近、なんだか、その頃のことが懐かしくて」


 魔女も、その頃のことを久しぶりに思いだした。

 高い塀に囲まれた魔女保護区。その向こうにも世界があるとも知らなかった子供の頃。3棟の寮に分かれて、女児たちは暮らしていたこと。

 

「寮を決めるのに、組み分け腹巻きって使ってた?」

「ええ。あの忌々しい組み分け腹巻きでしょう?」

 魔女と女官は、きゃーと奇声に近い笑い声をあげて、互いの両手を絡めた。

 二人の脳内には、黄土色の組み分け腹巻きの、『ひしゃくシンプロー寮ぉ』という、まのびした声が再生されていた。

 魔女のひしゃく、魔女のつえ、魔女のほうきというのが、寮の名だった。



〈12月18日〉


 昨日、ひとしきり昔のことを思い出して、魔女は、エコバックから藁色わらいろの〈18〉の小箱を出した。

(今日は、あれが出そうだ)

 魔女は予感があった。それで、女官にお願いした。

「いっしょに開けませんか」

 小箱を差し出す魔女に、「まぁ、わたしなどでよろしければ」女官は、へりくだり、でも、うれしそうだった。


「せーの」で、二人で開けた小箱には、やはり、黄土色の腹巻きが入っていた。

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