21  〈17〉の小箱に入っていたものは袖の下になる

〈12月17日〉


ルス留守ハマカセトキ』

 火の精霊サラマンデルは、頼りになる。


 城へ向かう魔女は、アドベントカレンダーの残り7個の箱をエコバックに入れた。(〈24〉の小箱は王子に持ち去られたまま)

 昼頃、イルミネーションに彩られたキラキラ馬車が魔女の家に到着した。王子が迎えを寄こしたのだ。

 御者台にいる者に見覚えがある。伝令役だった男だ。しかし、今日の衣装は赤の上下。あと騎馬の兵士が2名ついてきたが、それも鎖帷子くさりかたびらの下は赤の上下。

「時期的にですな」

「そうですね」

 魔女は適当に相づちを打った。己の恰好にツッコまれたくなかったのもある。頭には紙の金の冠をのせて、洗たくした10代の可憐さを引き立てるドレスを着込んでいた。破れた箇所は簡単にテープで留めていた。上から、黒いフード付きのローブを羽織れば、目立たない。

 結局、城で押し付けられたドレスが、いちばん魔女の身体からだにフィットして、肩も凝らなかった。恐るべし、権力につちかわれた技術。


 街道を快調に馬車は進んだ。途中でマロさまの牛車ぎっしゃを見かけた。追い抜いた。

(マイペースだな)

 それでも、降誕日には城に着くんだろう。


 馬車は、この間のように城への最短距離は取らないようだ。城下へ入ると、みちはわざと曲がり角を作っていて難儀だ。

「前と同じみちではないようですが?」

 魔女は御者台のうしろの小窓から、馬の手綱を握る伝令役だった男に話しかけた。

「本日は正門から入場せよとの、王子からの御達しであります」


(ぎえ)

 魔女は、カエルを素足で踏んづけた顔になった。

 

 ――国をあげて歓待してくれるとでも。

 ――そのつもりだ。


 王子との、昨日のやり取りを思い出した。

(あれ、冗談じゃなかったんだ)


 城の正門をくぐり、王城に近づいた。馬車の速度が落とされ、馬車寄せで止まり、 馬車の扉が外から開かれた。

 魔女の目に入ったのは、侍従二人。馬車のステップの続きに、おしゃべり椅子の左右を支え持って、その台形の座面に魔女を座らせるべく待機していた。

 問答無用の構えである。

 魔女は、前回のように両手が手いっぱいになっているわけではない。しかし、おそらく、この侍従の今日のお給金は、おしゃべり椅子を支え持つことで出る。彼らの仕事を奪ってはならない。魔女は、くるりと身体からだを反転させ、おしゃべり椅子に腰を降ろした。これ、定着してしまったのだろうか。前回は、わー、高い位置から人のハゲもよく見えるーと浮かれたが、これ、ずっととなると……。魔女は、仕えられることに慣れていない。

(魔女は自分の縄張り以外の地面に足をつけない、とかなんとか)

 後付けの理由を、頭の中で考えた。 


「おや。クセっ毛の黒髪魔女どのではありませんか」

 魔女の椅子の一行が回廊を進んでいると、見覚えのある白ひげの男に出くわした。

 いったん、魔女の椅子は床に降ろされる。魔女も、ぴょこんと椅子から降りて、エコバックを片手に礼をした。

「こんにちはです。宰相さま」

「――そういえば、魔女さまのお住まいは、魔女ギルドにボッチノ森と登録してありましたかな」

「はい、そうです」

「おひとり暮らしとか」

「はい、そうです」

 宰相は、急に魔女の身辺を伺いだした。その意図は何だろう。魔女は、ぴりんと警戒した。

「しばらくは城に滞在されるがよいでしょう。先日、王室所有の馬を盗み出した不届き者がおりましてな。指名手配しております。ボッチノ森にて馬は見つかったものの、犯人は逃走しましてな。森に、潜伏している可能性があります。第2王子の許へ身を寄せられるのが安心です」

 宰相の目は笑っていなかった。


(えぇと、その犯人て、わたしだって言ってないか、この目は)

 馬をかっぱらってきたのは、アドベントカレンダーの産物たる、幻影のジャックだ。それは、もう立証できないし。息子の罪は母の罪かもしれない。


「その荷物は何ですかな」

 宰相の視線は、魔女のエコバックに移った。

「不審物ではございません。アドベントカレンダーの小箱です」

「……改めさせていただきたい」


 またかい。魔女は、めんどうくさかったが、回廊には人目があった。さっさとすますのがよい。それと、ふと邪心がわいた。〈17〉の小箱を選んで、宰相に渡すことにする。

「どうぞ、おたしかめください。魔女向きのアドベントカレンダーなので、ヒキガエルなどが出る可能性もありますけど」

 

 回廊のギャラリーから、ひっと悲鳴が上がった。一定数、魔女をおそれている者たちは、今もっているのだ。

 宰相は、ひるまなかった。「では」と、小箱のふたに手をかけた。

 ぽんと軽い破裂音がして、宰相の手のひらには、六面柱の水晶がのっていた。


「おや。きれいなものが出てきた」

 魔女は心底、驚いた。


「これは……」

 宰相の顔が見る見る上気して、水晶をたがめすがめつ、興奮が収まらなくなっている。

「地上の星?」


「石好きの間では、そう呼ばれていますね。六面柱の中で雪が降るように結晶が舞っているでしょう」

 魔女の言う通り、水晶がゆらされるたび、中で、ちかちかと輝きながら、細かな結晶が舞った。

(わたしが仕込んだのは、そんな上等品の水晶じゃなかったはずだけどな)

 魔女は首を傾げた。これも、小箱の判断らしい。


「よい物を見せてもらった」

 宰相は魔女に水晶を差し出した。両手に大切そうに持っている様子は、あきらかに名残惜しそうだった。魔女は言ってみた。

「お気に召したのなら、お納めください」


「え、いや」

 宰相は、はっとした。

「わたしは荷物改めのために小箱を開けたわけで、断じて」

 中身を自身のふところに入れようと思ったわけではないと。


「わたしが開けても、地上の星は出なかったでしょう。魔女のアドベントカレンダーは、そういうものです。ですから、どうぞ。それから」

 魔女は静かな声で続けた。

「ボッチノ森に逃げ込んだ馬泥棒は、この寒さでは、もちませんよ。森には、オオカミやクマもいます。夜の王が、その者を裁くことでしょう」

 そうして、宰相の目の奥を覗き込んだ。


「そうですな」

 宰相も、魔女の目の奥底を見た。

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