20  〈16〉の小箱に入っていたのは金の冠

〈12月16日〉


 連日の魔女の家の往復で、疲れていたのは栗毛の馬だった。

 居心地のよいうまやをあてがわれているが、先月にくらべ、走行距離が鬼である。長すぎる。

 若馬のときから王子には世話になっているが、今日は一言、言っておこうと思った。

あなたはどこに行くのかクゥォー ウァーディス ドミネ

「魔女の家だ」

 騎乗している王子は答えた。


毎日、その日の贈りものがあるオムニス ハベト スア ドーナ ディエース

「あぁ、アドベントカレンダーも、あと残り9日だ」


我は憎み、そして愛するオーディー エト アモー

「どうした、駿馬クリームブリュレよ」


『キツいんじゃ、この生活』

 基本、格言的性格の駿馬しゅんばも、これ以上に己の気持ちを表す言葉を見つけることができなかった。

『魔女に城に来いと言うたれ。王子が言えぬのなら、わたしが言う。その場合は、馬に言うてもろうとるで、あの王子。やはり、見劣りするのぉ、兄にくらべるとと、きっつい陰口たたかれるであろうよ』


駿馬クリームブリュレよ。お前の言い方が、いちばんきっつい……」

 王子も魔女の家と城の往復は、大変ではあった。だが、よい気晴らしにもなっていた。しかし、駿馬に、これ以上、負担をかけるのも気が引けた。


(魔女と交渉してみよう)

 最近の魔女は、ちょっとやさしい。王子がワカメを戻し過ぎたあたりから、なんだかダメな人ね、あなたったら。そんなところ、ちょっとかわいい、みたいな視線も感じる。

(頼めば、アドベントカレンダーといっしょに城へ来てくれるかもしれない)



 火の精霊サラマンデルが王子が来るのを察知するのだろう。今日も、魔女は王子が扉を叩く前に鍵を開けてくれた。

「お帰りなさい。ご飯にしますか。お風呂にしますか。アドベントカレンダーにしますか」


「アドベントカレンダーにする」

 そう、王子は言うと暖炉の上の藁色わらいろの小箱の中から、〈16〉の小箱を手に取った。振り向くと、ちょうどよく魔女の頭があって、今から自分がする決断に、いささか腹ただしく、魔女をからかうように、その頭に小箱をのせた。

「お前が開けろ。残りのアドベントカレンダーも、お前が開けていい」

「……開けていい? わたしの、わたしのためのアドベントカレンダーを、わたしが?」

 魔女は小箱を頭にのせたまま、腕組みをして左足の靴の足先で、こつこつ床を蹴った。おっかない顔になっていた。王子は言い方を変えた。

「……開けてください。だから、残りのアドベントカレンダーの期間は、城に来てください。どうせ、〈24〉の小箱は城にあるんだしな、ですっ」


「検討しなくもない」

 魔女は頭に小箱をのせたまま、考えていた。実は、王子の栗毛の馬が、来るたびに恨めしそうに、こっちを見ているのには気づいていた。動物から負の感情を向けられるのは、心にこたえる。 

「こういうときは天の声に従ったが、いちばんだ。小箱に聞いてみよう」

「魔女は神を信じないんじゃなかったか」

「魔女が信じるのは、すべてをひっくるめて万物に宿るものだ。よいものを小箱から出してくれ。それによっては、城へ行こう」


(小箱よ。魔女のよろこぶものを出してくれ)

 甘いものか、うまいもの。高価なものか、めずらしいもの。男の幻影も、このさい許す。王子は祈った。

(魔女が、わたしとともに城へ来てくれますように)

 王子が魔女の頭の小箱を取ろうとしたら、ふたを取る前に、ぽんと小箱は、はじけ飛んだ。


『オヤマアアラサテ!』

 暖炉の火の精霊サラマンデルが爆笑した。

「あ。ごめん。これは、はずした」

 王子も魔女の頭上を見て、すまなそうな顔をした。


ミテ見てマジョ魔女

 火の精霊サラマンデルが、ぱちんぱちんぱちん高速で何やら文言を唱えると、魔女の前に、紅蓮ぐれんの炎に縁取られた全身鏡が出現した。


 鏡に映った魔女の頭には、ちょこんと紙の金の冠がのっていた。

「……微妙びみょうだ。微妙に狭量きょうりょうだ」

 魔女は、鏡の中の紙の金の冠を黒髪にのせた自分を、こわばった顔でみつめた。にもかかわらず、鏡の中の自分は、うれしそうに一回転した。

めつ!」

 魔女は左手の手刀で、紅蓮ぐれんの炎の鏡を一刀両断。鏡は、瞬時に燃え尽きた。

「これで城へ行ったら、異国の姫がお出ましになったと、国をあげて歓待してくれるとでも?」

 魔女は皮肉を込めたつもりだった。それなのに、「そのつもりだ」と、王子は、その両手で、魔女の手を取った。






〈参考サイト〉山下太郎のラテン語入門

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