19  〈15〉の小箱に入っていたものは差し替えられた

〈12月15日〉


 王子は昨日の疲れが残ったまま、暖炉の前の寝袋で目覚めた。

 ワカメのつかみ取りとワカメスゥプ試食会に駆り出された王子は疲れ果て、夕飯もそこそこに暖炉の前の寝袋で眠ったのだ。

 台所では鼻歌まじりで、魔女が朝食の支度をしていた。熱は、もう完全に下がっている。

「ワカメスコーンを焼いてみました」

 魔女が焼き上げた黄金色のスコーンは、おいしいスコーンに必須条件の、側面にオオカミの口と呼ばれる割れ目ができていた。

「意外だ。城のスコーンと同じくらい、うまそうだ」

「へへ、スコーンは師匠に教え込まれました」


「あぁ、ワカメを入れ過ぎていなければ」

 王子が一口かじったスコーンから、びろーんとワカメが出てきた。王子の口の端にたれ下がった。

「これ、アドベントカレンダーから出てきたら驚くなぁ」


「王子のアドベントカレンダーには、入れていいってことですか」

「いや、入れない。ワカメは入れない」

 王子は全力で拒否した。

「海産物屋さんの商品も、来年は入れたいと考え中なんですけど」

「奇をてらうなよ。普通にしておけ。だいたいが魔女の普通は、人にとっては突拍子もないんだ」

「なるほどー。私は人の暮らしを学ぶ必要がありそうです。普通の人の暮らしって、どんなのですか」


「そうだなぁ」

 王子は考えた。

「小さな家に古い暖炉があって、庭には真っ赤な薔薇ばらと白いパンジーが咲いているんだ。居間にはブルーの絨毯が敷いてあって、安楽椅子で、きれいな人が、生まれる子供のためにレースを編んでいるんだよ」

『イヤソレモウソウ妄想デッセ』

 火の精霊サラマンデルがパチンバシン、ツッコんできた。


「定時で帰れるように努力する」

 王子は、栗毛の馬で城へ戻って行った。


 それを見送った火の精霊サラマンデルは、『オウジ王子サンダイジョウブ大丈夫デッカ』と、つぶやいた。

『ホボマイニチ毎日シロモリオウフク往復。キツインデナイカ。ネドコ寝床モズットネブクロ寝袋ダシ』

「そう?」

ヒトッテケッコウ結構モロイ脆いンデッセ。タマニハイタワッテ労わってアゲント』

「そうか」

 魔女は、ちょっと考えた。



 夕方、王子が馬に乗って帰ってくる気配は、火の精霊サラマンデルが察知したから、魔女は王子が扉を叩く前に、「お帰りなさい」と、扉を開けた。

「ん、あぁ」

 扉を叩こうとした、王子の右手がさまよった。


「ごはんにしますか。お風呂にしますか」

 魔女は、王子の脱いだ銀狐ぎんぎつねのロングコートを受け取った。

「それともアドベントカレンダーにしますか」


「……アドベントカレンダーにする」

 王子は眉をしかめた。自分が来ると迷惑そうな顔をしていた魔女が、どうした風の吹き回しかと。

「また、熱が出たか?」

「平熱ですよ」

 魔女は、銀狐ぎんぎつねのロングコートを安楽椅子の背にかけてから、暖炉の上の9個の藁色わらいろの小箱の山から、〈15〉の小箱を手に取った。(〈24〉の小箱は王子に持って行かれたままだ)そして、両手を万歳加減に、王子に小箱を差し出してきた。

「……」

 王子は黙って小箱を受け取り、箱のふたを開けた。中には二つ折りの水色の紙切れが入っていて、すわ、詩かと身構えたが、チケットだった。金色の文字が浮かんでいる。

『お疲れさまです! 肩たたき券』


「……」

 王子は、その水色のチケットを見て、魔女の顔をうかがった。

「これ、仕込んでないか」

「たしかに、わたしが創りましたアドベントカレンダーの小箱です」

「差し替えてないか、と聞いてるんだ」

 王子の言葉に魔女はドキリとした。たしかに、今日、王子が出かけているうちに、〈15〉の小箱を開けて、中身を王子向きにと入れ替えた。


「このアドベントカレンダーは、自分のためのアドベントカレンダーだと、お前は言った。なら、なぜ肩たたき券が出る? 独居どっきょのお前には、肩たたき券が出ても、たたいてくれる者などいない。独居どっきょのお前に肩たたき券が出てくるか?」

 独居どっきょ独居どっきょと繰り返されて、なんだよと魔女は思いつつ、この王子、バカ王子でなかったとあせった。だが、何食わぬ顔をした。

「素直に受け取っては、いかがですか。ここのところ王子が、この家に入り浸っているから、同居の者がいると小箱が判断したのでは。それか、王子寄りに小箱も判断したんですよ。ごはんにしましょう。今日は道之駅ミッチノエッキの定期便が届いたから、新鮮な牛乳と野菜が手に入ったのです」

 魔女は丸テーブルに、深めの鉢に盛ったミルク色の具だくさんのスゥプを置いた。 


「で、〈15〉の小箱には、本当は何が入っていたんだ」

 食事中も、王子は追及の手をゆるめなかった。

「焼き菓子か、琥珀糖こはくとうか、木の実の蜂蜜漬けか? どれであっても、とっくに、その腹に収めたのだろう?」


「ごめんなさいっ。おっしゃるとおりですっ」

 丸テーブルの木の椅子に腰かけたまま、魔女は勢いよく頭を下げた。


 〈15〉の小箱の中身を肩たたき券に差し替えようと、昼間、魔女ひとりで開けた。弓矢をつがえた天使の柄の、おとなの勝負下着ランジェリーが出てきたとは言えなかった。

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