18  〈14〉の小箱に入っていたのは金ダライ

〈12月14日〉


 少し、ぼうっとすると思ったら魔女は微熱を出していた。

「雪野原を走ったりするからだ。寝ていろ」

 暖炉前の寝袋で夜を明かした王子は、塩漬け肉と豆のスゥプの朝ごはんをすませてから、栗毛の馬で城へ戻って行った。

「〈14〉の小箱は帰ってから開ける。ひとりで開けるなよ。おとなしく寝ておけ」

 魔女に言い含めるのは忘れない。


「丈夫なのが取り柄なのになぁ」

 魔女は薬湯やくとうを飲んで、暖炉の前の安楽椅子で、うつらうつらすることにした。



 驚いたのは、まだ日が高いうちに王子が戻って来たことだ。

「わたしだ。開けろ。火の精霊サラマンデル

 王子が告げると魔女が安楽椅子から身を起こす前に、火の精霊サラマンデル鎖錠くさりじょうごと、かちゃんと開錠してしまった。

目視もくしで、たしかめずに開けてはだめだよ。火の精霊サラマンデル

 魔女がとがめると、『イヤモウジョウケンハンシャ条件反射デ』火の精霊サラマンデルはバツが悪そうに、ぱちぱち小さく弾けた。


「それでいいんだ。この王国に住んでいる以上、わたしの命令に従うのだ」

 王子は、ずかずかと居間に立ち入った。

「王子、みそっかすの第2王子なんでしょう。指示する立場にないでしょう」

 魔女が言い返すと、王子も言い返した。

「父上も兄上も、こんな辺鄙へんぴな領地に興味はない。たぶん、私に押し付けて来る。遅かれ早かれ、わたしが、この一帯の領主だ。おい、起きるなよ」

 魔女は安楽椅子から起き上がって、台所へ行こうとしていた。

「熱、あっても、おなかは空きますし」


「だから半休を取って帰って来たんだ」

 王子は銀狐ぎんぎつねのロングコートと、そろいの毛皮の帽子と金の冠を脱いで、安楽椅子に置いた。そして白いシャツの腕をまくった。

「病人食を作ってやる。あいにく、わたしは宮中料理しか知らないがね」


「ど、同棲どうせいカップルの片割れが体調崩して看病するイベント発生ですかっ」

 魔女は悶絶した。

トシノサ年の差カライイマス言いますカイゴ介護デハ』

 火の精霊サラマンデルが、口をすべらせた。

「黙れ! 火の精霊サラマンデル! 王子、そいつに太い薪2本食わしたって」


 王子は言われたとおり、暖炉に薪を突っ込んだ。

 そして、いちばん大きな鍋でスゥプを作ることにした。


 はっきり言って、王子は料理をしたことはない。

 だが、この魔女の家に来て、魔女のやり方を見ているうちに、『できるんじゃないか?』という気持ちになった。

「スゥプは湯で煮ればいいのか」

「あぁ、スゥプには何入れても大丈夫。そのあたりにある食材、使っていいですよ」

 魔女は、ふあぁと欠伸あくびをした。熱のせいだろうか、もう、ひと眠りしたい。

 安楽椅子に行くと、王子の銀狐ぎんぎつねのロングコートを拝借した。安楽椅子に足置きをひっつけると、魔女の小柄な身体からだには十分、寝台になる。

 そうして、どのくらいまどろんだだろう。


「魔女! 起きてくれ!」

 王子の悲痛な声で目が覚めた。

「スゥプがっ」

 王子はあわてていて魔女に、すがりつかんばかりだった。


「え……何?」

 王子に手をつかまれて、魔女は台所に連れて行かれた。かまどに、いちばん大きなる吊るし鍋が下げられていて――。

 魔女も最初、何か起こったか、わからなかった。寝起きだし、頭が働いていなかった。

 悪魔が来りて、笛を吹いたのかと思った。

 どうにか踏みとどまって、大きな鍋を指さした。

「何、入れたら、こうなる?」


 大きな鍋から、ごぼごぼと何か黒い溶岩のようなものが噴き出し続けていた。

 辺りに漂う匂いで、魔女は大体の予想をつけた。

「ワカメだ……」

 いその香りだった。なんでワカメが。

「ワカメなんて、うちあったかな」

環境に配慮した再利用可能なバッグエコアミーカリユーザブルサクルムに入ってた、この」

 王子は左手にエコバック、右手に麻の小袋を差し出した。

「え、もしかして」

 魔女の脳内で、道之駅ミッチノエッキの海産物屋のおじさんの声が再生された。

 ――うちの新商品だから、新商品だから、だから。


「黒くて、乾燥していて、ほんの一握りだったのに⁉」

 王子はパニくっていた。

「あれが、こんなにふえるのか⁉」


「王子、乾燥ワカメ、知らなかったんですね……」

 それにしても従来商品より千倍くらい戻ってないか。

「ありったけの鍋、出して。ワカメ、拾って」

 魔女は王子と床にこぼれ落ちたワカメを拾う。その間にも、ごぼっごぼっと、かまどの吊るし鍋から、ワカメがわいてくる。


「こっ、こんなときこそ、アドベントカレンダーだ!」

 王子はひらめいた。

「アドベントカレンダーの小箱を開ければっ!」


「そうですねっ」

 また、救難信号花火が出るかもしれない。いや、待て、家の中で、それ出たら、屋根、抜けるんじゃ。「外で開けて――」と、魔女が言う前に、もう、王子は暖炉の上の藁色わらいろの〈14〉の小箱をつかんで開けていた。

 ぐわわぁぁん。

 派手な音をたてて、金ダライが王子の頭に落ちてきた。


「どっから⁉」

 王子は金ダライが直撃した頭を抱えて、その場にしゃがみこんだ。



 その金ダライも、すぐにワカメでいっぱいになった。お手上げだ。魔女は救援を要請することにした。

「王子、道之駅ミッチノエッキに行って、取りまとめ役にヘルプ頼んで来て」

「取りまとめ役?」

「今の時期だったら、トナカイの角のかぶり物した男の人」

「なんて言ったら? 頼み方がわからない」

「ワカメ戻し過ぎましたって。助けてくださいって」

「恥ずかしい……」

「恥ずかしい言ってる場合じゃない。ワカメ、戻しちゃったら食べないと。わたしらだけでは、この量は消費できない。でも、食べ物を粗末にしたらアカン」

 なんでか、魔女は西のほうの方言になっていた。

 王子は栗毛の馬で道之駅ミッチノエッキを目指した。


 しばらくしたら、取りまとめ役と、スティラおばさんと、海産物屋のおじさんを連れて、王子は帰って来た。

「おじさんの新商品のワカメ、戻り過ぎだよ」魔女の素直な感想に、海産物屋は、「ウンダリア・ピンナティフィダ《ワカメ》・インファニティ無限大だよ。従来の商品の数万倍の戻り(誇大広告)」自慢げに、かかかと笑った。


「戻したものねぇ。なんか魔女の磁場も働いてない?」台所の惨状を見たスティラおばさんが、手づかみで桶にワカメを回収していく。「こりゃ、あたしたちだけじゃ、食べ切れない」

「あ! 訳ありワカメのつかみ取りって、道之駅ミッチノエッキで客寄せしたらどうだろう」

 魔女の頭は冴えてきた。

「いいね! ワカメスゥプの試食販売もしよう」

 海産物屋が、身を乗り出す。

「そうと決まりゃあ、やるぞ!」

 取りまとめ役は、きびきびと差配をはじめた。

「魔女さまのうまや、お借りしていいか。テーブルと椅子、持ち込んで。簡易式のかまど、しつらえて、道之駅ミッチノエッキの出張所にしてええか」


「使ってください!」

 魔女は快諾した。王子はあわてた。

うまやには、わたしの馬がいる! あの子は意外と臆病おくびょうなんだ」


「じゃ、お前さんも来なさい。座っていれば」

 スティラおばさんが、ぐいと王子の腕をつかんだ。

「それに、この人、イケメンだよっ。客寄せにはちょうどいいよっ」


「イケメンだなっ」「イケメンだっ」

 取りまとめ役も、海産物屋も同意した。


「魔女! こいつらをどうにかしろ!」

 王子の懇願に魔女は、薄い笑みを口元に浮かべるだけだった。

「わたし、辺鄙へんぴな森の魔女は、領民に指示する立場にございません」

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