17  〈13〉の小箱に入っていたのはハートのクッキー

「大好きですっ」

 雪原の中心で魔女は愛を叫んだ。

 マロの表情は白粉おしろいのせいで、よくわからない。

 それでも、ふっと、やわらかく笑ったような気がする。

魔女姫まじょひめ――、それは誰の言葉だろうね?」


「ちょっと、待ったーっ!」

 雪を蹴散らせて栗毛の馬で追いかけて来たのは、王子である。


「えっ。王子もマロさまに告白をっ」

 魔女は目を丸くした。

「なんでだ?」

 ほぼ転がり落ちるように馬から降りた王子は、ずぼずぼと新雪に足を取られながら、やってきた。

「ひとりが告白した際の、『ちょっと、待ったー!』は、そういうお約束です」

 

 王子は魔女のそばに来て、牛車ぎっしゃのマロに向かい直った。

白粉おしろい男、こいつは酸欠のせいで思考能力が、いつにもまして低下している。まともに取り合わないでくれ」

「いや、むしろ、冬の朝の冷たい空気で、くっきりはっきりしゃっきりしてますけどっ」

 魔女は、むぅと口をとがらせた。

「いや、誰かに身体からだを乗っ取られたとしか思えない異常行動だ。お前、本当に50メートル、3秒で走るんだな」

「私の中の魔女の血がですね」


「とにかく、そういうことだから」

 王子は銀狐ぎんぎつねのロングコートをひるがえすと、魔女の首根っこをつかみ、ずるずると新雪の上を引きずって行った。


「そのうち、また会おうぞ」

 マロは、ゆったりと袖を振った。

「またねー」「またねー、ゆる魔女姫まじょひめさま」

 黒衣くろごたちも、二人を見送った。



 それから、魔女の家に戻ってから、王子の小言が止まらなかった。

「まったく、ちょっと、わたしが来なかったぐらいで、男を連れ込むとは、お前は」

「雪で往生していたからです。人助けです」

「それで酸欠とは、お笑い草だ」

「この家、隙間だらけだから完全に酸欠にならないと、師匠が言ってましたもん」

「言っていて悲しくならないか」

『アノー』

 火の精霊サラマンデルは、もはや慣れた間合いで入って来た。

『アドベントカレンダーアケタラ開けたらイカガッスカ』

「そうだ」「そうだよ」

 王子と魔女は、そうすることにした。


 二人で向かい合って、藁色わらいろの〈13〉の小箱を掲げる。魔女のほうが背が低いから、ちょっと万歳加減になる。魔女が人刺し指(魔女用語)で弾くと、ぽんと小箱が開いた。

 薄紅色に着色した、大きめのハートのクッキーが、王子の手のひらに乗っていた。

「こういう定番がいいな」

 王子は、すぐにクッキーを一口かじったから、「あー!」と魔女は不服の声をあげた。「半分こですよねっ!」

「なんだ。欲しいのか」

 王子は、かじったクッキーを魔女の口に差し出した。

 魔女は、やっぱりまだ酸欠だったらしい。ぱくりと、かじっていないハートの片側に食いついた。

 王子も、いつのまにか酸欠におちいっていたのだろうか。

 また一口かじってから、魔女の口元にクッキーを差し出した。

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