16  〈12〉の小箱に入っていたのは思い出

 魔女は目を覚ました。 

 寝台から半身を起こすと、階下へ繋がる階段から、師匠が顔だけ出しているのが見えた。

「師匠、声、かけてくださいよ。黙って、そっから首だけ出すの、生首みたいでびっくりするから――」

 言いかけて魔女は、それは自分が、よく師匠から言われていたことだと気がついた。

「起きるかい? この家は隙間だらけだから、完全に酸欠にはならない」

 あれ? と思うと、もう師匠は、階段のところからいなくなっていた。階下へ降りたのだろうか。魔女も急いで下へ降りた。

 キッチンの東向きの小窓が、だいだい色の光に染まっている。雪はやんだのだろうか。

 人の気配に振り向くと、マロが暖炉の前に立っていた。なぜだか、白粉おしろい歯黒はぐろが取り払われて、素顔のようだった。なめらかな長い黒髪を肩のところでまとめたマロは涼やかな目で、「やっとアドベントカレンダーの季節に来ることができた」と、魔女に微笑んだ。

 魔女は、なぜだか、心の中が幸福で満たされていた。

 マロは魔女に両のたもとを広げ、おいでと声を出さずに言った。魔女は一足飛びにマロの胸に飛び込んだ。魔女を抱きしめたまま、マロは右手に乗せた藁色わらいろの空の小箱を見せた。「待てなくて開けてしまった」

「いいよ。マロなら」

 魔女は、なんだか自分の中から別の誰かが答えているような、そんな気分だったが、それがとても、しあわせな心地なのだ。マロの首に手をまわして、そのまま魔女は――。



〈12月13日〉


「目を覚ませ! 魔女!」

 ぐらんぐらん揺さぶられて、魔女は目覚めた。

『ソンナニユスッテ揺すってハイカン』

 火の精霊サラマンデルの声もした。

サンケツジョウタイ酸欠状態ニナットッタデ』


 魔女は気がつくと、暖炉の前の絨毯じゅうたんに横たわっていた。正確には、右ひざをたてた王子に抱えられていた。

「まったく! 雪で来れなかったから、今日、朝いちで来てみれば。お前は、ここでぶっ倒れてるし……。アドベントカレンダーを開けたのか?」

「えぇと。昨日は、まだ開けてない……」

 昨日、自分はどうしたのだろう。

 黒衣くろごたちと、バタバタしていて。

「〈12〉の小箱は、暖炉の上にはないぞ」

 暖炉の上には、〈13〉から〈23〉の小箱しかなかった。


『ソレガデンナ』

 言いづらそうに火の精霊が、もにょもにょした。

マロマロドノ殿アケタ開けたンデハナイカト』

「マロ?」

 王子が怪訝に聞き返した。

『ワシモナンカネムッチャッテ眠っちゃってオキタラ起きたらモウマロマロドノ殿クロゴ黒衣チッコイノモオランカッタ』


「これは何だ」

 王子が暖炉の上にあった、ひろげた扇子に気がついた。

「文字が書いてあるが」

 

「見せてください」

 魔女は、扇子に書かれた文字を読んだ。それには、『勝手ながら、〈12〉のアドベントカレンダーはわれが開けた。懐かしい人に会えた』と、流れるような筆文字で書かれていた。

「達筆すぎて読めん」

 眉をしかめる王子に、魔女は、「〈12〉の小箱はマロさまが開けました」と説明した。魔女も読めないはずだが、身体からだの中の魔女の血が読んだみたいだ。

「だからマロって誰だ」

「おそらく、師匠の、ずっと昔の知り合い」

「魔女、顔が赤いぞ」

「たぶん、私の中の魔女の血がですね」

 ますます、魔女の頬は薔薇色ばらいろに染まった。

「ちょっと行ってきます!」

 魔女は外へ駆け出した。


 牛車ぎっしゃわだちが雪の上に続いていた。

 街道は除雪してある。朝方、出立したなら、まだそう遠くには行っていないはず。

 魔女が数分、駆けただけで、マロの牛車に追いついた。

「遅すぎるんですよ。マロさまの牛車」


 牛車の前簾まえすだれが開いて、マロが姿を現した。

魔女姫まじょひめわれのことが恋しゅうて追いかけて来たか」


「この気持ちは、わたしのものじゃないです。だけど」

 魔女は叫んだ。

「好きです! マロさま!」

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