15

〈12月12日〉


 夜半から大粒の雪が降りはじめた。夜、降る雪は積もる。

「今年は雪が降るのが早かったな」

 朝になると、魔女は一晩、水につけて塩をほどよく抜いた漬け肉と、おなじく一晩、水につけておいた豆といっしょに、かまどの吊るし鍋にかけて、とろとろと煮た。

 昨日のうちに、まきを多めに家の中に運び込み、窓の板戸を閉めておいた。家にこもる支度したくはできている。


『ピーキュルルル』

 火の精霊サラマンデルが天気予報を聞こうと、己の周波数を合わした。

『――にかけて冬型の気圧配置が強まり、強い寒気が流れ込むでしょう。平地でも雪が降り、大雪の恐れ。風も強く、猛吹雪や吹きだまりによる交通障害に警戒が必要です。山地でも雪が積もる所があるでしょう。峠越えの馬車は冬の装備を。暖かさが続いている海岸部も冬の寒さになりそうです』


 この天気では、今日も王子は来ない。

 もう昼過ぎに魔女は〈12〉の小箱を開ける気になっていた。


 そこへ、とんとんと扉を叩く者がいる。

 かそけき音だ。

「誰?」

 扉も開けず魔女が尋ねると、「旅の者です」と幼い声が返ってきた。

「雪に降られて、難儀しております。できれば一夜の宿をお願いしたく」

 魔女は扉の鎖錠くさりじょうをかけたまま、薄く扉を開けた。

 かさをかぶりバンドリ(稲藁ニンゴのみを使って作られた軽いみの)を着た黒衣くろごが立っていた。足元もわらで作った深沓ふかぐつである。

牛車ぎっしゃが雪で動かなくなりました」

 あのように、と、黒衣くろごが指す先に、見覚えのある牛車ぎっしゃが立ち往生していた。


「マロさま⁉ もしかして」

 魔女が呼びかけると、「その御声は、ゆるい黒髪の魔女姫まじょひめ」と牛車の前簾まえすだれがあがった。マロが扇越しに目を細めて、魔女を見た。

「奇遇じゃな」

「いや、あれから、やっと、ここまでかーい」

 外は寒い。

「そこのうまやへ、どうぞ。雪が止むまで、お泊りなさい」と、魔女は、アドベントカレンダーから出て来たうまやを指した。


 魔女としてはうまやを貸して、それで完結したと思っていた。

 だが、夕暮れ時に、とんとんと扉をたたかれた。

 あの黒衣くろごであろうかと、「なーに」と、警戒心なしに扉を開けたら、白粉おしろいお歯黒男子のマロだった。「お呼びでなーい」と、魔女は扉を閉めようとしたが、マロは扇子を扉にねじ込んできた。

「忍んで来た男を追い返すとは風情ふぜいがないぞ、魔女姫まじょひめ

「いや、ひとり暮らしの姫の家に入ろうとするのは犯罪」

われの国では、入らぬほうが失礼じゃ。盗賊も入らぬ、あばら家、猫もまたぐ粗末な飯、男もそそられぬ不細工よと、うわさが立ちましょうほどに」

「わたし、見た目より、けっこう年いってるんですよ」

 魔女は、男除けの伝家の宝刀を繰り出した。マロは小首を傾げた。

「人で言うと米寿べいじゅとかか? 好みの範囲ストライクゾーンじゃ」

「広い」

 魔女は米寿べいじゅが何たるかを知らなかったが、ニュアンスはわかった。

「むしろ下限は厳しめじゃ。熟れた女子おなごにしか興味はない」

「深い」

「お話しようぞ。長旅で退屈していた」

 マロは無邪気な仕草で扇子を、ひらりひらりさせた。

「いや、単純に牛に車、引かせるの、やめて、ちゃっちゃと進めばいいだけじゃ」

「――和三盆糖わさんぼんとうの干菓子をお持ちした」

 マロは錦織の巾着袋を、扉の隙間から魔女の鼻先に差し出した。


「はい、どうぞ」

 巾着袋を受け取った魔女は、扉を開けた。

女子おなごには甘い菓子じゃな」

 マロは満足げに、魔女の家に歩を進める。

 すると、そのあとから、きゃっきゃっと、黒衣くろごたちが当然のように入って来た。

「ゆる魔女姫まじょひめさま、ありがとうございます」

 黒衣ころごたちは横一列に整列して、かわいらしいお辞儀をした。背丈も声も、察するに子供。魔女は、さすがに出て行けと言えない。


『マタアンタコイ濃いツレコンデ連れ込んで

 火の精霊サラマンデルが、ぱちぱちと続けざまに爆ぜた。


「また食料の備蓄がなくなる!」

 魔女は青ざめた。

心配召しんぱいめされるな」

 ちゃっかり安楽椅子をせしめたマロが言った。

黒衣くろごたちは、空気中の二酸化炭素しか喰わぬ。ただし」

「えー、よかったー」

 魔女は安心したあまり、マロの続けた言葉を聞き逃した。


 ――夜は、酸素を喰うのだけどね。

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