13  〈10〉の小箱に入っていたのはポエム

「救難信号を打ち上げたのは、そなたか」

 花火があがった、ほどなくのこと、こんな森の中にそぐわない異国仕立ての牛車ぎっしゃが、魔女の前に現れた。

 牛車ぎっしゃ前簾まえすだれをあげ、「そなたか」と聞いてきた男子は、顔に白粉おしろいを塗り、自前の眉はって、本来の位置より上に新たな楕円だえんの眉を描いていた。垣間見えた歯は黒く染められていて、着ている衣は見慣れぬものだ。どこか東の島国に、そういう民族が住んでいると、魔女は師匠から聞いたことがあった。 


「親切な通りすがりの旅の方。このいましめめを解いてもらえないでしょうか」

 魔女は、鉄製の手錠をはめられた両手を差し出した。

「おや。どこかの好きものが未成年と、じっくりたのししもうとしたら逃げられたというところか」

 白粉おしろい歯黒はぐろ男子は、にぃと笑った。想像力が豊かな人だ。

われは、この国の降誕祭に招かれた国賓こくひんじゃ。日が昇る国の術師、マロと申す。助けてしんぜよう」

 脇に控えているのは家来だろうか、黒装束を着込み、黒頭巾で顔の面まで隠したている。その黒衣くろごが差し出した大刀たちを、マロと名乗った男は右の手に取ると、きぃんと魔女の手錠の鉄製の鎖だけを断ち切った。

「ほれ、御覧ごろうじろ。この切れ味! 清潔なオールステンレス製! サビに強く、隙間がないため汚れもたまらない。実に衛生的!」

 すかさず、そばの黒衣くろごが合いの手を入れてきた。

「でも、お高いんでしょう?」

「きっかり、九千九百九十九9,999円じゃ!」

 おぉと、数人いた黒衣くろごが感嘆の声をあげた。


「どうじゃ」と、マロは魔女に大刀たちを差し出した。

「買います」、魔女は答えた。


「では、今だけの購入特典で、そなたの家まで送ってしんぜよう」

 マロは、いい人だった。牛車ぎっしゃに魔女を同乗させた。

「ふふ。襲いはせぬよ」

 悪い冗談まで言う。

 しかし、魔女は気がついてしまった。

「この乗り物、遅くありませんか?」

 牛車ぎっしゃの袖の物見の窓から外が見える。牛車ぎっしゃは街道を進んでいるのだが、さっき、歩いている子供に追い抜かされた。

「この分だと、わたしの家には、いつ頃、着く予定ですか」

明後日あさってか、明々後日しあさってかの」

 しれっとマロに言われて、魔女は牛車ぎっしゃの中で、のけぞった。体勢を立て直し、「……ちょっと今日中に家に帰りたくてですね」、申し訳ないが牛車ぎっしゃを降りたいという魔女に、「よきにはからえ」と、マロは勝手を許してくれた。


 そこから魔女の家までは、そう遠くはなかった。

 やっと家が見えてきたら、ぱからぱから、見覚えのある栗毛の馬が駆けてきた。

「どこへ行っていた! 家にいないから探したぞ!」

 王子だった。


「買い物に……」

 魔女は、なぜか泣きそうになった。ぐっと、がまんする。

「その顔は。アドベントカレンダーを、ひとりで開けたな。何が入ってた」

「救難信号花火です」

 まず、アドベントカレンダーの中身なんだ。魔女は決壊した。

「救難……。いや、こんなところで泣くなよ」


 泣きたくもなる。

 10代の可憐かれんさを際立たせるドレスは、森の中を駆けたせいで泥だらけだし、ところどころ破けてもいた。頭の薔薇色ばらいろのリボンはどこかで落としてしまった。

 そう言えば、お昼を食べていない。疲れた。


「とにかく家へ入ろう」

 王子は魔女の肩を支えて、家へ戻った。

火の精霊サラマンデル、扉を開けてくれ。魔女も、いっしょだ」

『ワカリヤシタ』

 家の中から火の精霊サラマンデルの声がして、扉の鍵が開いた。


「魔女は疲れているようだ」

アンラクイス安楽椅子スワラセテ』

 王子は、火の精霊サラマンデルの言う通りに、魔女を安楽椅子に座らせた。

ダイドコロ台所ツルシナベ吊るし鍋ワイテイル沸いているカラテキトウ適当クンデ汲んでアツカッタラミズガメ水瓶ミズデ|ウメテテキオン適温ニシテマジョ魔女サマノアシヲマズヌグッテ拭ってヤッテクデ』

「まじ指示長いし、わからん」

モンク文句ウナ』

「台所の吊るし鍋にお湯」

 王子は適当な両手鍋に、手足をぬぐう用の湯を入れてきて、安楽椅子の魔女の足元に置いた。魔女は安堵感あんどかんからか、急速に眠気に襲われていた。

「靴と靴下を脱がすぞ」

 王子は、魔女のドレスのスカートをめくって、ニーハイソックスに手をかけた。

オウジ王子エッチHトチガイマスカ』

「いや、どうしろって。なら火の精霊サラマンデル、お前、やれよ」

『ハッ』

 火の精霊サラマンデルが気合いを入れた。

 魔女のニーハイソックスが炎に包まれた。

「燃やす⁉」

 王子は、あわてて自分の銀狐のロングコートで炎をはたいた。

『ニーハイソックスモヤス燃やすホノオッス』

「心臓に悪いぞ、おい」

マジョ魔女サマハソレコソアドベントカレンダーノセイサク制作ハタラキドオシ働き通しダッタノデス。ホンライ本来ナラフユヤスミ冬休みタイチョウ体調トトノエル整えるトコロヲダレカサンノセイデシンシン心身ヤスマルコトナクゲンカイ限界キタ来たオモワレマス』

「魔女は見た目より年寄りだったな。休ませねばならぬのだな」

 ばちゃん。

 魔女が両手鍋の中のお湯に足を突っ込んで、王子にお湯を盛大に飛ばした。

「人を年寄り扱いすなっ! 出てけっ」


「元気じゃないか」

 王子は、顔にかかった湯をぬぐった。

「じゃあ、帰るよ」

 王子は、すっと立ち上がった。

「食材が不足していると言っていたから、ハムを持って来たんだが。城の温室で栽培した、やわらかなレタスもだ。パンとバターもあるんだ。卵は女官にゆでてもらったから、すぐに食べることができる。そうだ。女官からは、洗たく済みの魔女の服も頼まれて来たが、持ち帰るとするか」

「え……」

 魔女の態度が軟化した。

「残念だ。帰るよ」

「帰らないでっ、いいっ」

 魔女は、さっきの罵声ばせいはどこへやら、王子の銀狐ぎんぎつねのロングコートの端をつかんだ。   

 年の暮れにハムを贈ってもらえるような大御所の魔女になることを、夢見たときもあったのだ。


「アドベントカレンダーは、わたしが開けてもいいのかな?」

 王子は、ゆっくりと魔女の顔を覗き込んだ。



〈12月10日〉

 

 王子は暖炉の前で仮眠を取りながら、日付が変わるのを待っていた。

 ハムサンドと卵、温めた蜂蜜入りの白葡萄酒を添えて、たらふく食って満足した魔女は、「おやすみなさい」と、寝室に上がって行った。

 王子の手には藁色わらいろの〈10〉の小箱がある。

 「開けてもいいよ」と、魔女は王子に言ったのだ。

 食料を調達してくれたことへの、魔女なりの礼だった。


 それで、王子は小箱を開けることにした。

 〈10〉の小箱を開けると、小さく折りたたまれた紙片が出て来た。

 紙片には小さな丸っこい文字が、びっしりと書かれていた。


  ね 追い風が吹いてる

  わたし あなたといると 50メートルを3秒で走れるの

  自分で切り過ぎた わたしの前髪

  あなただけが かわいいって言ってくれた


  ね 突然の夕立

  雷は放電現象 雷鳴は1秒間に340メートル進むの

  風に飛ばされた あなたのカサ

  今 どこを飛んでいるのかな

 

  ね 低い雲を見上げて

  2000メートルの上空から届く 白い手紙

  もうすぐ会えるねって

  わたしの大切な人


  あなたは わたしの大切な人



「……ポエムか」

 王子は、わなないた。

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