12 〈9〉の小箱に入っていたのは救難信号花火
「本当に勘弁してくれよ。年末は忙しいんだぞ」
朝になると、王子は大急ぎで魔女の家を出て行った。と、思ったら、安楽椅子の上に、王子が金の冠を忘れている。
「待って、待って。忘れ物」
魔女は、
「あぁ。それ、忘れたら大変だったね」
王子は
「……し、新婚さんですか」
魔女は、一瞬、鼻血が出そうになった。
暖炉前の安楽椅子に戻ると、暖炉の
『オ
「――消されたいか」
魔女は太い薪をつかむと、ぐりぐりと暖炉の火に押し込んだ。
今日は12月8日。夜明け前に〈8〉の小箱は開けたから、王子が来るとしても明日だろう。
それにしても、アドベントカレンダーの〈24〉の小箱を、王子に箱質(魔女用語)に取られたのは、つくづく不覚だった。
〈12月9日〉
魔女は、そこそこな寝起きであった。
(今日は
王子が来ることなど無視する。
(だいたい、時間を言わないで来るなんて、迷惑千万なんだよっ)
王子のせいで、食料の貯蔵が目に見えて減ってしまった。
「ちょうど、お馬さんもいるし」
城から連れて来た馬が、まだ
魔女は馬に乗ったことがないが、いにしえの魔女は
「あんれ。どこの
魔女が
(しまった)
魔女は青ざめた。10代の少女の可憐さを際立たせるドレスを着たままだった。
「降誕の月ですからなぁ」
取りまとめ役の男は、のんびりと笑った。
「そうそう。だからっ」
魔女は、ぶんぶん、相づちを打つ。取りまとめ役の男は、鹿の角の
「魔女さまのスパイスは、まだ納品の時期ではありませんが?」
取りまとめ役の男は、この時期、魔女が現れたことに違和感を感じたようだ。
「例年なら、冬休みでは?」
「だったんだけどねぇ。食料が底をつきそうで補充に来た」
「月末の、わしらの納品が待てなかったんですね」
「そゆこと」
魔女は生活必需品、および食料の調達を、この
「わ! 魔女さま⁉」
台車に商品を並べていた、白いボンネットをかぶった、おばさんが魔女を二度見した。
「降誕の月の仮装ですから」
これで通す。
「へぇ」
おばさんは納得した。
「昨日も、アドベントカレンダーに入っていたクッキーって、ここのですよねって、訪ねて来た客がいてね。魔女さまの宣伝効果は抜群でさ」
実は、魔女のアドベントカレンダーには、この
「そりゃ、よかった。スティラおばさんの焼き菓子は、本当においしいから」
それを、となりで聞いていた海産物屋が、ぼやいた。
「いいなぁ。なんで、うちの商品はアドベントカレンダーに入れてくれないんだい」
「おじさんのところの商品はねぇ。検討中だよ」
魔女は、当たり障りのない返答をした。
アドベントカレンダーに干物やなんかは、ちょっと無理かなと思うのだ。でも、無理という言葉は、魔女はできるだけ使わないようにしている。
「これ、新商品だから検討してよ」
おじさんは、麻の小袋に入れた何かを魔女に渡してきた。
「わかった」
魔女は麻の小袋を受け取ると、持参した
「おい」
魔女が、ぶしつけに呼び止められたのは、そのときだ。
「あそこの馬は、お前の馬か」
「そうで――」
すけど。魔女が言い終わる前に、「捕縛」と、手錠をかけられた。
「えっ。何で」
魔女が目を白黒させると役人に、「おとなしくお縄につけ」と、すごまれた。
「王家所有の馬が盗まれたと通達があってな。あの馬は、腹に王家の紋章の焼き印があった。申し開きは刑務所で聞こう」
「はい……」と、魔女は、しおらしく、お縄を頂戴しておいて、
本当は逃げないほうがよかったのだ。
しかし、魔女の血が。かつて魔女狩りで命を落とした者たちの記憶が魔女の中で
(ハァハァハァ)
ひとしきり街道から外れたところを走って、魔女は森の中の陽だまりで息をついた。事をやっかいにしてしまった自覚はあった。
両手は鉄製の鎖のついた手錠で拘束されたまま。右腕に
〈9〉の小箱だ。魔女は、出先で開けようと持ち出していたのだ。
(今、開ければ、おそらく、何か助けになるものが出るはず)
両手の拘束がもどかしい。魔女は小箱に両手を振り下ろした。とたん。
ひぅるるるるるっ。
白煙をあげて花火が空高くあがった。
「おや、誰か助けを求めておる~」
その救難信号を認めた男子がいた。
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