11  〈8〉の小箱に入っていたのは命名本

 すっかり午後になってから、しどけない恰好でジャックが起きてきた。

 王子は安楽椅子に腰かけていたが、ジャックを二度見した。

「息子のジャックです」

 とりあえず、魔女は紹介した。


「オレは、お前とママとの結婚は認めないからな」

 ジャックは、王子に向かって吐き捨てた。思春期らしい。

「お前のような経験の浅そうな若造わかぞうが、ママの性欲を満たせるはずがない」

 おーい。成人だった。


「そんなこと、やってみなければわからないだろ」

 王子も、同じ競技場(魔女用語)に上がるな。


「いがみ合うんなら、うまやに行ってもらいますよ。二人とも」

 魔女は、黄色札イエローカードを出した。アドベントカレンダーの小箱から出て来たうまやは、魔女の家より広いのだ。

「それより、夕飯の支度が三人分! 貯蔵していた食料が、一気になくなってしまう」

 現実的な問題に、魔女は頭を抱えた。


ウーバイーツ宇引八引伊引川デイーンジャナイ?』

 暖炉の火の精霊サラマンデルが、ぱちんと爆ぜた。

宇引八引伊引川うーばーいーつ? 頼んだことないんだよね」

 魔女は新しいものにうとい。

乳母うば?」

 王子は城下の生活にうとい。

「知らないのか? オンラインフード注文、配達プラットフォームだ。ウェブブラウザやモバイルアプリケーションを使って、対応している飲食店に出前を注文できるんだ」

 なぜか昨日、今日、生まれたジャックが詳しい。


「便利だな」「ねぇ」

 王子と魔女は感心した。

 だが、ジャックがしらべたところ、森の魔女の家は配達可能範囲でないことがわかった。

僻地へきちだとは思っていた」「どうせ僻地へきちですよ」

 王子と魔女は、がっかりした。


「まぁ、お前の作る料理が、贅沢ぜいたくな城の料理に飽きた腹には、ちょうどよいから」

 王子は安楽椅子に座り直した。

「でしょーね」

 魔女は苦笑いで、壁のペグにかけていたエプロンを手に取った。

「はぁ。今日も、ママの適当料理か」

 ジャックは投げやりに木の椅子に座り、丸テーブルに、ひじをつく。

「いや、ジャック。あんた、わたしの料理、食べたことないでしょう」

 魔女に三白眼さんぱくがんとがめられて、ジャックは、さらんと琥珀色こはくいろの髪をかきあげた。

「オレ、お前のことなら、わかるんだ」


「じゃっくぅぅぅぅぅ~」

 魔女は包丁を持ったまま、もだえ、ダイコンをこっぱみじんに、みじん切りにしてしまった。


 夕食のメニューは、いつもと変わらない。

 野菜のみじん切り具だくさんスゥプと、ブリーチーズのタルト、それと、温めて蜂蜜をたらした白葡萄酒だ。

「白葡萄酒をあたためるだと」

 王子は眉をしかめた。

あたためて飲むなら赤葡萄酒って人が多いですが、わたしの師匠の出身は白葡萄酒の産地でして。レモンやオレンジ、シナモンなんかも入れますよ」

 まず身体からだを暖めようと、早速、魔女は温めた白葡萄酒を飲んだ。

「ママ、タルト、もうひとつ食べてもいいか」

 ジャックが照れくさそうに、空の皿を差し出してくる。

「もちろん、たくさん食べてね」

 ジャックは白葡萄酒も、かぱかぱ飲んでしまって、椅子に座ったまま、舟をこぎ出した。

 魔女はジャックの腕を取って、安楽椅子へ運ぼうとした。見かねたのか、王子が手伝ってくれた。

「こんな大きな息子がいたとは、さすが魔女だな」

 ジャックの世話を焼く魔女に、王子は、ふんと鼻を鳴らした。


 魔女の目の前、安楽椅子のジャックの輪郭がぼやけはじめている。

「ママ。約束だぞ――」

 日付が変わる前に、ジャックは消えた。



〈12月8日〉


 しゃくりあげる魔女に、王子は「興をがれた」と、日付が変わってもアドベントカレンダーの小箱を開けなかった。

 明け方、魔女が目を覚ますと安楽椅子に座っていて、王子の銀狐ぎんぎつねのロングコートが肩にかけてあった。王子は足元の寝袋で眠っていた。


(……)

 魔女は、ぼぅっとしていたが、「よし」と気合を入れて起き上がる。

 アドベントカレンダーはというと、布包みにくるまれたまま、暖炉の上に置いてある。魔女は置いた覚えがないから、王子が置いたのだろう。

 布包みの上には、藁色わらいろの〈8〉の小箱があった。

(王子、開けなかったんだ)


「ねぇ、起きないと、わたし、開けちゃいますよ」

 寝袋の王子に一応、小さな声をかけた。起きる気配がない。

「では、開けまーす」

 藁色わらいろの小箱は主の意志を感じてか、勝手に、ぽんと開いた。

 どすん。

 鈍い音がして、寝袋の王子の鼻先に落ちて来たのは、分厚い黒色のハードカバーの本だった。

 タイトルが金文字で印字してある。


『はじめてママ&パパの赤ちゃん命名辞典  王国ギルド監修』


「危ないじゃないかっ」

 王子は飛び上がった。寝たふりをしていた。

 それから、本を手に取った。

「こりゃまた、はずした」

 やはり魔女にアドベントカレンダーの小箱を開けさせるべきではなかった。


「はずれとかないですっ」

 魔女は王子から本を奪い去ったが、その重さに、よろめいた。

「お、おも。足に落としたら、これ、骨、折れるやつ」


「気をつけろ。ママが怪我けがをしたら、ジャックが悲しむ」

 それから、改めて王子は魔女の恰好かっこうを、しげしげと眺めた。

薔薇色ばらいろのリボンが存外、似合うな。魔女にも衣装(王子用語)じゃないか」


 カッと魔女は赤面した。

「わたしの服っ」

 城に置いたままだ。たしか、女官は洗たくすると言っていた。


「逃げたりするからだ。第1王子の居室および、第2王子の居室への侵入、王室所有の馬を強奪、おそらく城下では信号無視、いくつ罪を重ねた?」

「お、王子がアドベントカレンダーを盗ませたりするからじゃないですかっ」

「側近が気を利かせすぎたと言ったろ」

「元はと言えばっ」

 魔女は王子の人差し指で、額を弾かれた。

「王子と、僻地へきちの森の魔女、どっちの言うことを裁判官は信じるかな」

「うぐぐぐ」

「リボン、ほどけかけてるぞ」

 王子は、ていねいに魔女の頭上の薔薇色ばらいろのリボンを結び直した。






※宇引八引伊引川 『恋する方言変換』サイトの万葉仮名風に変換で出て来たもの

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