10  〈7〉の小箱に入っていたのは琥珀の青年

 「どぅどぅ」

 森の端で、琥珀こはくの青年は馬を止めた。追っ手をまいた核心はあった。

「夜、森を突っ切るのは危険だ」


「そだね」

 同乗している魔女も同感だ。

「ここで、日が変わるのを待とう」

(おそらく、日が変わって、アドベントカレンダーの〈7〉の小箱を開けさえできれば)

 今までの例から見れば自分にとって、必要なものが具現する。


 冷たい風が吹いてきて、魔女は、ぶるりと震えた。逃げるのに必死で気がつかなかった。12月ディケムの夜なのだ。

(寒い)


 琥珀こはくの青年といえば白いシャツ姿で、平気な顔をしている。寒さを感じていないようだ。アドベントカレンダーの幻影だからか。

「寒いのか。こっちに来いよ」

 青年は、魔女を抱きしめた。

「寒いのか。こっちに来いよ」

 青年は、連れて来た馬も抱きしめた。このぶんだと、またうまやが出てくるかもしれない。

「ママ。眠るなよ。眠ったら死ぬぞ」

 青年は、そうも言った。

「そのあたりは大丈夫かな。魔女だし」

 確信はなかったが、魔女は息子を安心させるためにも、そう言った。


「――ママは無事に助かる。助かって、またアドベントカレンダーを、たくさん創るんだ。彼らを育てて、成長を見届けて、年を取って、老婦人になって、温かいベッドで死ぬ。今夜、こんなところで、こんなふうに死ぬんじゃない。いいね? ママのアドベントカレンダーは、オレの人生で最高の贈り物だった。ママ、感謝してる。感謝しきれないよ。約束してくれ。オレのために。絶対に生き残ると。何があってもあきらめないと。望みを捨てないで――」

 青年は魔女の耳元で、ささやいた。

 有名な活劇の見せ場のセリフの丸パクリだ。

 そして、だんだんと青年の気配が薄くなっていき、日が変わる前に消えてしまった。



〈12月7日〉


(名前も聞いていなかった……)

 魔女は鼻水をすすった。

 布包みの中から藁色わらいろの〈7〉の小箱を出し、しゃくりあげながら小箱を開けた。


「――約束して。守ってくれるね? あきらめないで、ママ。あれ?」

 魔女の目の前に、琥珀色こはくいろの青年が立っていた。

 さっき消えたはずのアドベントカレンダーの幻影が。

「ジャック!」

 魔女は思わず叫んでしまった。


「おはよう? ママ?」

 青年は寝ぼけている。

「ジャックって誰?」


「あなたの名前だよ」

 魔女は、何のひねりもない自分の名づけに照れた。

「もっと考えたほうがいいよね」


 ジャックは琥珀色こはくいろの目を細めた。

「いいよ。その名で呼んでくれ。お前のくちびるから、こぼれる言葉は甘い」

 魔女は、おでこに、ちゅっとキスされた。

「さて、こうしてはいられない。家に戻ろう」


「夜の森は危険だよ」

 魔女は、ジャックを止めた。すると、魔女をのぞきこんだジャックの目が、闇の中で金色に光った。

「忘れたのか。オレの正体は夜の王だ。闇に生きるものはオレの足元に、みな、ひれ伏す――」

「おぉう」

 魔女は、しごく納得した。アドベントカレンダーが、魔女が必要とするものを出したにちがいない。

 

 夜明け前に二人は、魔女の家に帰り着くことができた。



 それで、魔女は寝不足だ。

 ジャックは夜の王というだけあって、朝に弱かった。2階の寝台で休ませている。

『オハヤイオカエリデ』

 暖炉で、ぱちんと火の精霊サラマンデルぜた。


「まぁ、とんでもない目にあったさ」

『ソノカッコウ恰好レバサッスル』

 魔女は頭上に薔薇色ぼらいろのリボンを結び、10代の少女の可憐かれんさを際立たせるドレスを、まだ着ていた。着のみ着のまま、逃げて来たのだ。

「着替えがない……」

 魔女は顔をしかめた。

タブン多分ツギノアドベントカレンダーデルンジャネ』

「それを祈ろう」


『ソノマエニ』

 火の精霊サラマンデルは予言した。いや、断言か。

オウジ王子ルヨ』


 どんどんどん。

 魔女の家の扉を叩く者がいる。

「開けろ! 寝グセ魔女!」


(ちがうっつーに)

 魔女は、鎖錠くさりじょうをかけたまま、薄く扉を開いた。

 ものすごく、お怒りの王子が、そこにいた。

「なんで帰った!」

「……無理やり来させて、あげくに、わたしのアドベントカレンダー、盗んでおいて、その言い草ですか」

 これには、王子も言葉を詰まらせた。

「……あれは、わたしの側近が気を利かせ過ぎてしまっただけだ。夜、わたしの寝所へお前は来るだろうから、いろいろ盛り上がったところで、アドベントカレンダーをいっしょに開けるだろうと」

「いっしょに開けるっていうのも、妥協だきょうして妥協して妥協しての産物じゃなかったですか」

「そうだった。すまない」

 王子は素直に謝って来た。

「だから、今日のアドベントカレンダーは、いっしょに開けよう」


「もう開けました」

「えっ、何が出た」

 気になるのは、そこなのだな。

「ジャックです」

「ジャック? 豆の木、登っていくやつか」

「ちがうジャックです」

「とにかく、扉を開けろ」

「いやです。とっととお帰りを」

 魔女は、がんとして拒絶した。


「――寝グセの魔女、そんなことを言っていいのか」

 王子から、ひんやりした風が吹いてきた。

「その様子だと気がついていないな。アドベントカレンダーの小箱、全部、そろっていたか」


 魔女は青ざめた。

 安楽椅子に置きっぱなしだった布包みを急いで開いた。

(ないっ。最終日の小箱がないっ)


 肩を怒らせて、魔女は扉の所へ戻った。

 王子は、薄ら笑いを浮かべて待っていた。

「たしかめたか」

「〈24〉の小箱がありません」

「そうか。逃げる途中で森にでも落としたのか?」

 王子の口の端が笑っている。

「……城にあるんでしょ。それとも、今、持っているんですか」

「さあね。入れてくれたら教えてやろう」


 魔女は、しぶしぶ王子を家の中へ入れるしかなかった。

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