9
とりあえず、魔女は長袖の白いシュミューズのまま、ひざまである白いズロースを履いて、あとはシーツでも被っていようと、あてがわれた部屋に逃げるように戻って来た。そして、青ざめた。
「ないっ!」
寝台の足元の
アドベントカレンダーの、
「わたしのアドベントカレンダーを、知らない⁉」
ドレスの直しを抱えて来た女官に、魔女は問い正した。この女官の仕業かとも疑っていた。
「申し訳ありません。わたしは、お仕立て部屋に行っておりまして」
女官は、本当に知らないようだ。
「こんなことをするのは」
魔女は、くちびるを
「第2王子でしょうね。おそらく」
女官のほうが先に言った。
「第2王子の側近が、この部屋の周りを、ウロウロしておりました。恋人さまの警護かと思っていましたけど、その、アドベントカレンダーとやらを持ち出す機会をうかがっていたのですね。今、側近は、いなくなっていますもの」
「なんてぇやつだ」
魔女は、ふつふつと怒りが湧いてきた。
「取り返して来る」
「そうですか。では、お直ししたドレスをお召しなさいませ」
ずいっと、女官は、10代の少女の
「いや。わたしのキャラとちがうので、これは」
魔女は、ドレスを女官に押し返した。
「お胸のブカブカも、お直しして参りましたのよ」
女官も、また同じ力でドレスを押し返した。
「いや、それ、標準体型より胸ないねって言ってるし……」
「このドレスを着ていただけないことには、この部屋から出ることは叶いませんことよ」
「自分の趣味じゃないドレスを着ないと出られない部屋なんですか」
「これぞと見込んだ少女に着飾らせて、王子のハートを射貫くのを趣味にしている、しがない
「御期待には沿えないと思う。王子の目的はアドベントカレンダーだし」
「あきらめたら、そこで終了ですよ?」
「いや、あきらめて?」
だが、5分後にあきらめたのは、魔女のほうだった。
そして魔女は、城の本館へと急いだ。別棟から本館へは回廊を伝って行けばよい。
急ぎ足で進む魔女の頭上で、
途中、見回りの兵士に行き当たったときは、あえて隠れないで、ゆっくり歩いた。隠れたほうが、挙動不審者になる。女官に、第2王子の居室の大体の位置は聞いておいた。今の時間は、王家の人々は
「よし、ここだ」
魔女はノックもせずに、王子の部屋に突撃した。
だが、魔女は自覚のない方向音痴だった。
ドアを開けた途端、「やっと、オレのものになる決心がついたか」と、いきなり誰かに抱きしめられた。
うぉぉぉぉ。
魔女はパニックを起こした。
向こうもパニックを起こした。
突き飛ばしも、突き飛ばされもしなかったが、二人とも、床に尻もちをついた。
先に冷静になったのは、向こうだ。
「ママ! どうして、ここにいるの⁉」
瞳も髪色も、
「……オレ、王子が来たとカンちがいしちゃって」
「ママ。大丈夫?」
会ったこともない青年に、ママ、ママ、連発されて魔女は、さらにパニックに
(産んだ? どっかで産んだ?)
魔女のパニックを見てとったのだろう、青年は魔女の頭を
「まさか」
魔女は絶句した。
この青年は、第1王子に献上したアドベントカレンダーの見せる幻影なのか。
第1王子は今日、午前中にでも、アドベントカレンダーの〈6〉を開けたのだろう。だとすると。
「だとすると、ここ第2王子の部屋じゃないじゃーん」
「そうだ。第2王子の部屋は真向いだ。お前って救いようのないバカだな」
「そこまで言う~?」
魔女は弱弱しく抗議した。
「じゃ、なんで、この状況? ママ、部屋、まちがえたんだろ」
青年は自分の苛立ちをどうしようもできなかったのか、壁を
(おいおい、人ん
魔女は、自分の設定ながら感心した。
「で。ママの目的は何だ?」
青年は、ちょっと上向き加減に顔をあげ、視線だけ落としてきて、いかにも迷惑そうに聞いた。
「あなたは関係ないことよ」
魔女は青年を突っぱね、扉から出ようとした。でも、青年は去ろうとする魔女の腕をつかんで引き寄せた。
「ダメだ。行かせない」
「さよなら。わたしは第2王子からアドベントカレンダーを取り返すわ」
魔女は
「勝手にしろ」
青年は怒った声で、魔女に背を向けた。
そして、今度こそ、魔女は第2王子の部屋に侵入した。
思った通りだった。探していた布包みは、応接セットのテーブルの上に置いてあった。
魔女は布包みをひっつかむと、部屋を駆け出した。あとは来た道を逆戻りすれば、城の外に出られるはずだ。
魔女が自覚なき方向音痴でなければ。
「おいっ、そこの女子! 止まれっ」
さすがに見回りの兵士も、布包みを抱えて回廊を駆けて行く、
ぱからぱからぱから。
そこへ駆けてきたのは、馬に乗った
「乗れっ」
青年は軽く魔女の腰をさらって自分の前に、すとんと乗せた。
「なぜ」
「お前には、オレがいないとダメなんだよ!」
二人は障壁を乗り越えて、ただひたすら、森へと走った。
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