とりあえず、魔女は長袖の白いシュミューズのまま、ひざまである白いズロースを履いて、あとはシーツでも被っていようと、あてがわれた部屋に逃げるように戻って来た。そして、青ざめた。

「ないっ!」

 寝台の足元の長櫃ながびつの上に置いておいた布包みがない。

 アドベントカレンダーの、藁色わらいろの18個の小箱の入った布包みが跡形もなく消えていた。


「わたしのアドベントカレンダーを、知らない⁉」

 ドレスの直しを抱えて来た女官に、魔女は問い正した。この女官の仕業かとも疑っていた。

「申し訳ありません。わたしは、お仕立て部屋に行っておりまして」

 女官は、本当に知らないようだ。

 

「こんなことをするのは」

 魔女は、くちびるをんだ。

「第2王子でしょうね。おそらく」

 女官のほうが先に言った。

「第2王子の側近が、この部屋の周りを、ウロウロしておりました。恋人さまの警護かと思っていましたけど、その、アドベントカレンダーとやらを持ち出す機会をうかがっていたのですね。今、側近は、いなくなっていますもの」

「なんてぇやつだ」

 魔女は、ふつふつと怒りが湧いてきた。

「取り返して来る」


「そうですか。では、お直ししたドレスをお召しなさいませ」

 ずいっと、女官は、10代の少女の可憐かれんさを際立たせるドレスを、魔女に押し付けた。

「いや。わたしのキャラとちがうので、これは」

 魔女は、ドレスを女官に押し返した。

「お胸のブカブカも、お直しして参りましたのよ」

 女官も、また同じ力でドレスを押し返した。

「いや、それ、標準体型より胸ないねって言ってるし……」

「このドレスを着ていただけないことには、この部屋から出ることは叶いませんことよ」

「自分の趣味じゃないドレスを着ないと出られない部屋なんですか」

「これぞと見込んだ少女に着飾らせて、王子のハートを射貫くのを趣味にしている、しがない下僕げぼくでございます」

「御期待には沿えないと思う。王子の目的はアドベントカレンダーだし」

「あきらめたら、そこで終了ですよ?」

「いや、あきらめて?」


 だが、5分後にあきらめたのは、魔女のほうだった。



 そして魔女は、城の本館へと急いだ。別棟から本館へは回廊を伝って行けばよい。

 急ぎ足で進む魔女の頭上で、薔薇色ばらいろのリボンがゆれた。ドレスにも、いくつ、リボンがついているのだろうか。数えたくもなかった。

 途中、見回りの兵士に行き当たったときは、あえて隠れないで、ゆっくり歩いた。隠れたほうが、挙動不審者になる。女官に、第2王子の居室の大体の位置は聞いておいた。今の時間は、王家の人々は晩餐ばんさんのため広間へ集まるから、警備の兵士も手薄かもしれないと。

「よし、ここだ」

 魔女はノックもせずに、王子の部屋に突撃した。

 だが、魔女は自覚のない方向音痴だった。

 ドアを開けた途端、「やっと、オレのものになる決心がついたか」と、いきなり誰かに抱きしめられた。


 うぉぉぉぉ。

 魔女はパニックを起こした。

 向こうもパニックを起こした。

 突き飛ばしも、突き飛ばされもしなかったが、二人とも、床に尻もちをついた。

 先に冷静になったのは、向こうだ。

「ママ! どうして、ここにいるの⁉」

 瞳も髪色も、琥珀こはくのような透明感のある青年が目を丸くして、魔女をみつめていた。

「……オレ、王子が来たとカンちがいしちゃって」

 琥珀こはくの青年は魔女に怪我けががないか、ぱぱっと確認すると、魔女の両腕を抱えるように立たせてくれた。

「ママ。大丈夫?」

 会ったこともない青年に、ママ、ママ、連発されて魔女は、さらにパニックにおちいった。

(産んだ? どっかで産んだ?)


 魔女のパニックを見てとったのだろう、青年は魔女の頭を薔薇色ばらいろのリボンごと、いい子いい子しながら、「あ、そうか。ママ、オレとは、はじめましてだもんな。ママの創ったブリリアントBラヴァーズL・アドベントカレンダーの〈6〉だよ。つまり、ママの6番めの息子だよ」と言うではないか。


「まさか」

 魔女は絶句した。

 この青年は、第1王子に献上したアドベントカレンダーの見せる幻影なのか。

 第1王子は今日、午前中にでも、アドベントカレンダーの〈6〉を開けたのだろう。だとすると。

「だとすると、ここ第2王子の部屋じゃないじゃーん」


「そうだ。第2王子の部屋は真向いだ。お前って救いようのないバカだな」

 琥珀色こはくいろの青年は髪をかき上げ、しかめ面で、はぁと、ため息をついた。たしかに魔女が、そういう仕様にした。

「そこまで言う~?」

 魔女は弱弱しく抗議した。

「じゃ、なんで、この状況? ママ、部屋、まちがえたんだろ」

 青年は自分の苛立ちをどうしようもできなかったのか、壁をった。

(おいおい、人ん

 魔女は、自分の設定ながら感心した。

「で。ママの目的は何だ?」

 青年は、ちょっと上向き加減に顔をあげ、視線だけ落としてきて、いかにも迷惑そうに聞いた。

「あなたは関係ないことよ」

 魔女は青年を突っぱね、扉から出ようとした。でも、青年は去ろうとする魔女の腕をつかんで引き寄せた。

「ダメだ。行かせない」

「さよなら。わたしは第2王子からアドベントカレンダーを取り返すわ」

 魔女は琥珀こはくの青年の手を、自分の腕からがした。

「勝手にしろ」

 青年は怒った声で、魔女に背を向けた。



 そして、今度こそ、魔女は第2王子の部屋に侵入した。

 思った通りだった。探していた布包みは、応接セットのテーブルの上に置いてあった。

 魔女は布包みをひっつかむと、部屋を駆け出した。あとは来た道を逆戻りすれば、城の外に出られるはずだ。

 魔女が自覚なき方向音痴でなければ。

「おいっ、そこの女子! 止まれっ」

 さすがに見回りの兵士も、布包みを抱えて回廊を駆けて行く、薔薇色ばらいろリボンの少女を見咎みとがめた。


 ぱからぱからぱから。

 そこへ駆けてきたのは、馬に乗ったこはく珀の青年だった。

「乗れっ」

 青年は軽く魔女の腰をさらって自分の前に、すとんと乗せた。

「なぜ」

 「お前には、オレがいないとダメなんだよ!」


 二人は障壁を乗り越えて、ただひたすら、森へと走った。

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