8  〈6〉の小箱に入っていたのはヌガー

「わたしの!」

 白いひげの男が、アドベントカレンダーを開けてしまう! 魔女は飛び上がった。

 そのときだ。

 金色の髪の王子が風のように駆けて来て、白いひげの男を止めた。

「わたしの、アドベントカレンダーだ。宰相さいしょうどの」

 白いひげの男の右腕をつかんで下げさせ、〈6〉の小箱を取り返した。

「不審物ではない。わたしが保証しよう」


「ほう。〈クセっ毛の黒髪魔女〉どのは、第2王子のお客人でしたか」

 白いひげの男は目を細めた。

「そういうことだ。通させてくれ」

「わかりました。失礼いたしました」

 おおげさな礼をして、白いひげの男は回廊を立ち去って行った。


「危ない、危ない。アドベントカレンダーを開けられてしまうところだった」

 王子は青い目に安堵あんどの色を浮かべた。そして、いきなり、〈6〉の小箱を開けた。もちろん、魔女は止める間もない。

「あっ、あ~」

 魔女のか細い悲鳴が尾を引く中、王子は銀紙の包み紙を開けて、「ヌガーか」と、くだいた木の実入りの白い焼き菓子を、自分の口に放り込んだ。

「……素朴な味だな。洗練されていない」

「王子のお口に合わなくて! わるうございましたね!」

 魔女が楽しみにしていたヌガーだ。めちゃくちゃ、腹立つ。


「――〈クセっ毛の黒髪魔女〉というのか、お前」

 口の中に残ったヌガーの余韻を堪能しながら王子は、にやついた。

「寝グセじゃなくて」



(クソ王子ぃ)

 カッカと火のように熱くなった魔女は、城の別館に案内されていた。

 貴婦人向けの一室らしく、家具調度品が薔薇柄ばらがら、花柄、薔薇色、花色。天使を描いた意味ありげな絵が、壁に飾ってあった。愛らし過ぎて少々、居心地が悪い。


「クセっ毛の黒髪魔女さまのお世話を申しつかりました」

 あきらかに魔女より髪のつやがよく、爪のきれいな女官が、うやうやしく魔女にかしずいた。

「旅のお疲れを落とされるのに、全身美容などいかがでしょう」


 いや、2時間ばかし、馬車に揺られただけ、と、魔女は返そうとして、部屋にあった金縁の大きな鏡に自分が映し出されているのを見てしまった。

 叩けばほこりが出る黒いコートを着た女子が、そこにいた。そういえば、今日、まだ、顔も洗っていなかった。

 女官は、あなた、薄汚れていますよ、と、いうことを都言葉で、「全身美容をいかが」と言ったのだ。

「そうします」


 魔女は冬休みだ。

 ラグジュアリーホテルに休暇に来たと思えばいい。

 価値観のちがいに目をつぶれば、おそらく、ご飯はおいしい、調度は高級品、日常の雑事からは解放。


(これでアドベントカレンダーを、王子が開けさえしなければ)

 そこは妥協だきょうだ。王族の怒りを買って、仕事がしにくくなるのは困る。アドベントカレンダーに固執している王子は、来年、よい客になるはず。

(そのときに製作費をふんだくってやる)

 魔女は決めた。


 「それでは、お召し物は脱いで、こちらのカゴに。それから、こちらにお着替えください」

 うやうやしく女官が、薄い紙製のぴらぴらした胸当てと下履したばきを差し出してきた。全身美容とは、ほぼ素裸で行うものらしい。

「こちらに、横になってください」

 小さめの部屋に連れて行かれて、そこにある長テーブルのような寝台に横たわるようにと、女官は言うのだ。魔女は言われるままに、横になった。

「お身体からだをおきします」

 どこからか、わらわらと女官と同じスタイルの女どもが現れて、各自が持った湯気のあがる蒸しタオルで、魔女の素肌を覆った。魔女の顔も、鼻先を除いて蒸しタオルに覆われた。タオルからは、夏を思わせるハーブの香りがした。

 それから、蒸しタオルの上から女官たちの手が、魔女の腰、両脚、両腕を揉みしだき。

「はい。今度は、うつ伏せになってください」

 魔女は裏返され、また蒸しタオルに覆われ。魔女は、自分がブタの塊肉かたまりにくになって、下ごしらえされている想像をした。

 魔女が、また、仰向けになったときは女官は、ひとりになっていた。

「はい。では、お着替えをしましょう」

 

「わたしの服は」

 魔女が脱いだ服はカゴごと、なくなっていた。

「洗たくに出しました。代わりの服は、こちらに用意してございます」


 代わりの服を着せられた魔女は、「……ぐぬぉ」と、悶絶もんぜつした。鏡の中の自分は、10代の少女が着るようなボリュームのあるスカートのドレスをまとい、女官の手により、黒髪には薔薇色ばらいろのリボンが編みこまれていた。

 たしかに魔女の見た目は、曇りの日の沼のようによどんだ目の奥を見ない限りは少女にも処女にも見えたろうが、人間の年齢に換算すると、長寿のお祝いをする年齢なのに。

 その少女の可憐かれんさを際立たせる目的のドレスは、魔女にとって罰ゲーム級だった。

「よくお似合いです」

 女官は真顔だ。魔女の着たドレスの胸元をつまんで、補正してきた。

「特急でお直しいたしますから」

 女官にドレスを、さっと脱がされた。魔女は、その機を逃さず、「そういう内面の品性が引き立つドレスがよいのですが」と、女官が着ている、シンプルな紺色のドレスをめてみた。

「まぁ」

 女官は頬を上気させた。

「なんと今年のつつましい……」

 何か、ぽろりと聞き捨てならぬ言葉がこぼれた。

「!」

 目ん玉落ちそうなほど驚愕きょうがくした魔女に、女官は、わけ知り顔でほほえんで、「降誕こうたんの日をいっしょにお過ごしになるのは、永遠の恋人のあかしですわ」と、さらに。

 その前に、つったろ、女官。

 年代わりの恋人では、永遠ちゃうぞ。


 そんな目で見られていたとは!

 カンちがいもはなはだしい。

 まぁ、魔女は生涯現役ではあるから、いいけど!

 いや、あのバカ王子の目的は、アドベントカレンダーである。

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