6  〈5〉の小箱に入っていたのは厩

〈12月5日〉


 深夜に日付が変わっても、暖炉の前に転がった寝袋の王子は起きる気配がなかった。

「……」

 魔女は、そろりと暖炉に近づいた。

(王子が眠っている隙に、〈5〉の小箱を開けてしまえ)

 薄暗い中、暖炉の上の小箱の山へ手を伸ばす。だが、手に取ったのは、〈6〉の小箱だった。

(あっれー?)

 首をひねる。


「抜け駆けしようとしても無駄だ」

 魔女の背中で声がした。

 寝袋から出た王子が、藁色わらいろの〈5〉の小箱を持って、にやついていた。魔女の行動を読んで、〈5〉の小箱を手元に置いて寝ていたのだ。


「よく頭がまわること!」

 魔女は顔をひきつらせた。

「王子にとって、価値のあるものが入っているとは限らないですよ」

 悔しくて、憎まれ口をたたいてしまった。


「また、ニンジンが出るとでも?」

「だからっ。ニンジンは土の魔力を体現したものだっつーの! うまい、うまいって野菜スゥプ、食べたでしょっ」

「あぁ、かつて食べたことがない素朴な料理だった」

「とにかくっ。今日の小箱は、わたしに開けさせてくださいってば!」

「だめだ! お前が開けると、しょぼいものが出そうな気がする。普段、しょぼいことしか考えてないだろう」


 きぃぃと、魔女は歯がみする。「働いたことがない子供に言われたくないです!  冬の間にわらで編むゴザのこととか。 春に採る山菜のこととか。 氷室ひむろに貯蔵する氷の検品とか。大事なことばかりです!」

些末さまつだ!」

「わたしのっ、アドベントカレンダーです!」

 魔女は、王子の周りでジタバタした。

「お前は大人げないな。見た目、自分と同じくらいにも見えるが、けっこう年、いってんだろ」

 時に、子供は残酷だ。

「魔女は大人にならないんですっ。永遠の女子ですっ」

「自分で女子と言うか。引くぞ。引き潮より引くぞ」


フタリ二人アケテ開けてハイカガデッカ』

 聞くに堪えなくなったのか、火の精霊サラマンデルが、ぱちんと間に入った。

『ソレカラソトノオウマサンサムク寒くナイデッカ』


「そうですね」「そうだな」

 魔女も王子も、少し冷静になった。

 

 そして、向かい合って、〈5〉の箱を、ふたりで支え持った。身長差で若干じゃっかん、魔女が万歳気味だ。

「開けますよ」

 魔女が、右の人刺し指(魔女用語)で小箱の側面をはじいた。小箱は、ぶるぶるっとふるえたかと思うと、水蒸気のごとく四散した。

「……はずれか?」

 王子が眉をひそめる。

「そんなはずは」

 魔女はうろたえた。不発か。

(うわ。他のアドベントカレンダーも、そうだったら、どうしよう。不良品で回収か)


 そのとき、外で、ひひーんと馬のいななきがした。

「あぁ、我が駿馬クリームブリュレよ」

 外の白樺の木につないだままの馬を思いだした王子は、魔女の家の扉を開き、闇夜に出て行った。

 魔女はカンテラを灯して追いかけた。


 すると、馬の姿は見えず、代わりにりっぱなうまやが見えた。

「こんなうまや、あったか」

「いえ、なかったです」

 ふたりがうまやの中を覗くと、栗毛の馬が御満悦で、飼料をんでいた。


 魔女は、はっと思い当たった。

「このうまやは、5番めの小箱に入っていたにちがいありません」

うまやがか」

 王子は感心した。

「これは、あたり、だ」


「そうですね。お馬さんはよろこんでいるし。よかったです」

「魔女の家より、りっぱじゃないか」

「ですね」

 魔女は苦笑いした。

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