5  〈4〉の小箱に入っていたのは かぐわしい仙果

〈12月4日〉


 魔女は寝覚めが悪かった。

 

「今日のところは帰る。明日からは絶対に、わたしが来るまでアドベントカレンダーを開けてはならない」

 そう言い残して昨日、王子は栗毛の馬で帰って行った。

 だから、〈4〉の小箱は暖炉の上、藁色わらいろの小箱の山の頂上に置かれたままだ。


 王族にたてついたら、あとが怖い。

(自分のための、アドベントカレンダーなのにぃ)


 魔女は自分で創っておいて何が、どの箱に入っているのかは、実は知らない仕様なのだ。

 先に小箱に中身を詰めていき、無作為に入れ替える。そのあとに硝子ガラスのペンを金色のインクにひたして、〈1〉から〈24〉まで数字を書いた。

 第1王子用のアドベントカレンダーだけは、完全に別枠で創った。よい子が手にしたアドベントカレンダーから、「オレの、つがいになれ」と、半裸の青年の幻影が出たら、犯罪だから。

 それと、魔女の創るアドベントカレンダーの意義なのだが、開ける人によって中身が変わる。開ける人の気持ちを汲み取る力が働くのだ。

 だからこそ、自分のアドベントカレンダーは自分で開けたいのだけど。



 夕刻、王子が魔女の家にやって来た。

「開けろ。わたしだ」

「……」

 魔女は黙って、扉を開けた。


「小箱は開けてないだろうな」

 来るなり、王子は暖炉の上をたしかめた。藁色わらいろの〈4〉の小箱は、そこにある。

「よし」

 王子は、〈4〉の小箱を手に取るとふたを開けた。

 すると、王子の右手には、みずみずしい仙果せんかがのっていた。とうてい、この冬の季節に手に入るはずのない、輸送不可能な異国の果実だ。

「なるほど」

 仙果は、やわらかな産毛をまとった朝焼けの色をしている。小振りで、先端が少しとがっている。

「このまま食べていいのか?」

 王子は、食べる気満々だ。

 魔女は、がっくりきていた。

(わたしが、いちばん食べたかったやつ!)

「薄皮はいて、そのまま、かぶりつけばよろしいかと」

「ナイフとフォークを」

 王子は所望した。


(これだから育ちのよいおぼっちゃんは)

 魔女はキレそうだった。

 とりあえず、少しガタつく丸テーブルまで王子を案内し、木の椅子に座らせた。その前に銀狐ぎんぎつねのコートは脱いでもらって、安楽椅子の背にかけた。

 それから、王子の首に麻のキッチンタオルを巻いた。

 テーブルには皿と、フォークと、食事用のナイフは魔女の家にはなかったから、ペティナイフを置いた。

 王子は座ったまま、ぴくりとも動かない。

かないんですか」魔女が聞くと、王子は、なんで? という顔をした。

「城では、〈果物を切る専用召使い〉の仕事だが」

「あいにく、ここにはおりません」

「それでは家庭科の実践とするか」

 するんと、王子は仙果せんかをペティナイフでいた。

「なんですか、できるんじゃないですか」

 今の王族男子は、家庭科を学ぶのか。魔女の幼い頃より、隔世の感がある。

 王子は、仙果の皮をきながら、結局、大口開けて仙果にむしゃぶりついた。最後は惜しそうに、果実の種をしゃぶっていた。

「うまかった」


 魔女は、その間、じっとり王子を眺めていた。

(こっちに、一切れ食べないかも言わないんだ)

 だが、子供のように手と口の周りをべたべたにして満足そうにしている王子に、何も言えなくなった。

(まぁ、子供なんだし)

 ただ、それから、安楽椅子に腰かけた王子が、「ちょっと仮眠する」と言ったので、「はぁ?」となった。

「真夜中、日付が変わったら、〈5〉の小箱を開ける」

「えぇ?」

「5日になれば、開けていいわけだろう?」

「えぇ?」

「城には朝、帰る。寝袋は用意はしてきた」

「御用意しっかりしてますね。じゃない!」

 魔女は、わめいたが、「さすがに夜、森を抜けるのは危険だ。夜が明けたら城へ戻る」ゆえに、朝まで暖炉の前で仮眠して城へ戻ると王子は主張した。


「いや、王子。あなた、御自由過ぎるでしょ。城の人たちも、よく野放しにしとくもんだ!」

 魔女は開いた口がふさがらなかった。

「オレは、兄上にくらべて不出来だから――。みな、期待していない」

 ふいに、王子の青い目が寂しさをたたえた。


(え……。これ、きゅんとするやつ)

 魔女も、たいがいである。

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