4  〈3〉の小箱に入っていたのはニンジン

〈12月3日〉 

 

 魔女は寝起きが悪かった。

(昨日のあれ)

 王子のことを思い出していた。

(アドベントカレンダーを開けに来るって、本気なんだろうか)


 暖炉の火に細めのまきを足した。夜の内は熾火おきびだった火が、盛り返した。

 魔女は年中、暖炉の火を絶やさない。火の精霊サラマンデルと契約をしている。

 今の契約内容は、ひとり暮らしスマートプランだ。


キノウ昨日キタ来たアレナンダ』

 ぱちぱちと、暖炉の火が鳴った。火の精霊サラマンデルは、昨日の一部始終を見ていた。

「何だって思うよねぇ、ねぇ」

 魔女はネルの寝間着のまま、暖炉前の安楽椅子に、ひざをかかえて座った。

『モウアドベントカレンダーゼンブ全部アケ開けチャッタラ』

 彼の考える打開策は、いつも炎上的だ。

「それは、したくないよ。商品の品質管理を兼ねてるし。ひとつずつ開けるのが楽しみでしょ」

『マタクル来るッテオウジ王子キョウ今日モ?』

「いや、そんな暇人じゃないでしょう、王子は」

 魔女は安楽椅子から、もぞもぞ降りて、暖炉の上のアドベントカレンダーの小箱の山から〈3〉と金のインクで書いてあるわら色の小箱を選び取った。

 小箱はあるじの意志を感じ取ったように、ぽんと自らふたを開けた。

 そして、魔女の手には、夕焼けのようなニンジンがのっかっていた。香りのよい緑の葉もついている。

「りっぱな、ニンジンだ!」

 魔女は小躍りしながら、そのまま台所へ行って、今日の献立に取りかかった。

 チャイニーズキャベツとオニオンと豆。そして、このニンジン。あとは地下室の貯蔵庫からソーセージを取って来れば、おいしい野菜スゥプができる。



 そのときだ。

 どんどんと魔女の家の扉を叩く者がいた。

オウジ王子ジャナイスカ?』

 火の精霊サラマンデルが、ぱちんと不吉な予想をした。

 彼の予想は、だいたい当たる。そういう精霊だ。


「魔女、開けろ」

 魔女の家の扉の外から、もう覚えている声がした。

 王子って、暇なんかい。

 かちり、と魔女が扉の錠を外すと、ずんずんと王子は居間へ入って来た。


「開けてるじゃないか!」

 めざとく、床に転がった〈3〉の空箱を見つけて、王子は非難がましい声をあげた。

「来るって言ったろ!」


「いや、ほんとに来るって思いませんから……」

 魔女は口をとがらせた。

「何が出た?」

 気になるのは、そこなのだろう。

「ニンジンです」と、魔女が言った途端、王子は、あきらかに落胆の色を見せた。

「……アドベントカレンダーには、はずれの日があるのか」

「ニンジンは、この世界の魔法の具現ですよ!」

 魔女は目をいた。これだから人間は。

「ニンジンがか!」

 吐き捨てる王子に魔女は、たたみかけた。

「根菜は地の恵み。地の脈。土の不思議を内包した宇宙です!」


「そうかい」

 王子は、まだ説教したりない魔女を無視して、暖炉の上の小箱の山の頂上へ右手を伸ばした。

「それでは、わたしは〈4〉の箱を開けよう」


「明日のじゃないですか!」

 魔女は王子の右腕に食らいついた。身長の差があるので、ぶらさがった。

「1日ぐらいは誤差だ!」

 王子は魔女の戒めを解こうと、振り回した。

「開ける日込みの魔法なんです! もー」


「くっそぉ」

 王子は、王子にあるまじき悪態をついた。

「魔法って、めんどうだな」

 王子は、〈4〉の小箱を暖炉の上に戻した。


「そういう人は、普及品のアドベントカレンダーを買ってくださいよ! 街にいっぱい売ってたでしょ! それか、小袋24枚だか用意して、アソートキャンディ入れて、今から自分で作りなさいよ!」

 魔女は、言い過ぎたとは思わない。自分でやってみれば、簡単な作業じゃないこと、わかるだろう。


「特別製のが、いいんだ!」

 王子は、駄々っ子のようであった。


「まぁ、ねぇ。そうかも、ねぇ」

 一応、王子さまだからなぁ。魔女も、そこは大目に見ないと、このせちがらい世を渡って行けない。

「じゃあ、わたしの来年のアドベントカレンダー、真っ先に予約してくださいよ」

「そうする……」

 王子は、どかっと安楽椅子に座った。目線を下げて、暖炉の火を見つめた。

 ぱちん。ぱちん。火がぜた。これは、人間の目には見えないが、火の精霊サラマンデルが、指パッチンしている音だ。


 暖炉の火を見つめながら、王子は話した。

「兄上のアドベントカレンダーを見て、うらやましくなったんだ」

「『存分に、はっちゃけてください』という、お大尽だいじんの御注文だったので、やらせていただきましたが、王子さまも、あの路線をお望みですか」

「いや、清廉潔白せいれんけっぱくな自分には、み手をして近づいてくる商人なんていないからね。それに、あんな下品な内容を考えるような、下賤げせんな知り合いもいないからね」

「兄上が、うらやましかったんじゃないんですか」


 安楽椅子に座っているうちに、王子は落ち着いたようだ。

 改めて見ても、きれいな横顔だ。青年というより、まだ、少年の繊細さも残っている。魔女の中で何かが、きゅうと、心臓をしぼった。人間の年に換算すると、けっこうな歳の魔女にとって、しょせん、王子は小童こわっぱなのである。

「馬で駆けてきたんでしょ。おなか、空いていませんか」


 台所のかまどの吊り鍋の中から、香草スゥプの香りが漂っていた。ニンジンと野菜が、くつくつと、ちょうどよく煮えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る